2-9
「おれは夏帆好きです」
なんという恐ろしいタイミングでの告白だろう。
しかし、好きだと言われてなにも返事をしないわけにもいかないだろう。常識ある人間として。
「ありがとうございます。そこは素直にお礼言っときます」
お礼を言ったのは、決して嬉しかったからではない。人としての礼儀だ。
運ばれてきたホッケをつつく。確かにおいしい。少し塩が利きすぎている気もするが、居酒屋で出すならこれくらいがちょうどいいのかもしれない。箸が進む。すぐ無くなりそうだ。もう一皿くらいなら頼んでもいいかもしれない。余してもきっと齋藤さんが処理してくれる。
「別に私、ガチのレズってわけじゃないですよ。かわいい女の子が大好きなだけで」
「うん。分かる。おれもかわいい女の子大好き」
こいつ、ほんっとに正直者。曲がりなりにも告白を受けた女性が、その直後に「かわいい女の子大好き」などと言われてどう思うか想像していないのか。
結局顔かよ。
私じゃなくてもいいんだろ。
他の女にも同じこと言ってるんだろ。
チャラい。
これだから男という生き物は信用ならないのだ。下らない男を近寄らせないために、私は女の子好きを吹聴している。
しかし私は大人の対応をする。顔色一つ変えず、当たり障りなく会話を続ける能力くらい持っている。
「私だってちゃんと男の人好きになったことでありますよ」
「え? そうなの?」
「人生で一度だけ。高校のころ、他のクラスの男子を好きになったことがあります」
こいつと違ってイケメンで、さりげなく気遣いのできるスマートな人だった。思い出補正もあるかもしれないが、目の前にいる下の中野郎よりずっと良かった。絶対。
「夏帆めっちゃかわいいし、高校の時とかモテまくったでしょ」
「いえ全然。これっぽっちも」
「うそぉ」
「本当です。だから大学入って男どもがほいほい寄ってくるからびっくりしました。変な虫ばっかり。ばっさばっさと切り捨ててます。あなたを筆頭に」
「それは知ってる。おれもう全身傷だらけ。腕とか千切れそう」
これだけ斬りまくってもまだ言い寄ってくるのは齋藤さんが初めてだ。
「私のどこがそんなにいいんですか」
「まず顔がいい」
死ね。やっぱり顔じゃんかよ。
「やっぱり男は信用ならない」
私は吐き捨てたが、齋藤さんは私のそういう受け答えを予想していたかのように、けろりとして続けた。
「顔って大事だぞ。第一印象の一つでさ、ここが最低ラインクリアしないと、次の段階、つまり性格がとか趣味が合うとかってとこに進まないだろ」
「だとしたら、あなたは私の最低ラインクリアできそうもないので、八つ裂きにしていいですか?」
「人ってほら、外見より内面だから」
矛盾してますよ。それにこいつ、内面も相当だ。
「歴代変な虫の中にまともな人いなかったの? 全部斬ってきたわけ?」
「私、今まで彼氏いたことないです」
彼の口は半開き。ぱちぱちと瞬きしていた。
「マジで?」
「全部斬ってきましたからね」
「すげぇ。刀で切り捨てるというより、もはや芝刈り機」
こうして私は『芝刈り機』の二つ名を手に入れた。私のこれまでを的確に、そして端的に表していて、大変気に気に入った。
「どうして男がそんなに嫌い?」
「まぁ……色々あったんですよ」
あえて含みを持たせてみた。
「そっか。すまん」
彼はそれ以上は聞いてくることはなかった。
高校の時は、本当に誰からも言い寄られることはなかった。大学に入ってからは、年相応に身なりをきちんとした。そうしたら、ホイホイ寄ってくるようになった。
男ってなによ。見た目が全てなのか。
もう一つ。私のことを好きだって言った男を振ったら、二週間後には他の女といた。断じて、その男に未練があるわけではない。ただ、好きだと告白した舌の根が乾かない内にすぐ他の女に走る、そんなことができる男という生き物に絶大なる不信感がある。
そう。私はレズではない。女の子好きを自称しているいわゆるファッションレズだ。そして、最強の男性不信で高性能芝刈り機である。
「男なんて大っ嫌いだ」
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