第161話 幕間~その頃の勇者たち④~
暗闇を漂う中で声が聞こえる。
――――平穏を乱せし者を討ち滅ぼせ……。
「……誰だ?」
――――天命に逆らい、世を乱さんとする慮外者を討つことこそが勇者の持つ真の定め……。
「答えろ! ――――はっ!」
叫び声を上げて目覚めれば、見開かれた少年の栗色の瞳に飛び込んできたのは薄暗い世界と、その中で
自分が眠っていて天井を見上げていたことに気が付くよりも先に、反射的ともいえる意識のまま少年――――
「ぐっ……!」
そこで足に走る鈍い痛み。
苦鳴を漏らして上半身には薄衣が着せられていたが、下半身には下着のみ。そして、掛けてあった布団の隙間からは左大腿部を覆う包帯が覗いていた。
包帯の表面に滲む血はなかったが、その代わりにおびただしい数の
本来であれば眼下の異様な光景を見てすぐにでも反応を示そうなものであるが、眠っていた時間の分だけ少年の意識は現実に追いついていなかった。
心臓だけが跳ねている。
悪夢でもない謎の光景を見させられたストレスと不快感で乱れる心拍の中、開け放たれた窓から吹き込んでくる涼やかな風に身体を撫でられ、デュランの意識は徐々に覚醒していく。
「ここはどこなんだ……?」
自身で口にしながらもデュランはわかっていた。
清潔感のあるベッドに寝かされており、また人の生活する気配が漂っていることから街の中にいるのだと。
ベッドに横向きになって座り、足をそっと床へと下ろす。そのまま周囲を見回すが部屋の内部は実に殺風景だった。
置かれているものも最低限以下で、ベッドの他にはタンスと椅子にテーブルがあるくらいものだ。
外を見れば夕闇がすぐそばまで迫っており、人々が家路へと急ぐ姿がぽつりぽつりと見える。
昼間は行き交う人々で賑わっていたであろう
「たしか、俺はサイクロプスと戦っていて……うっ!」
最後の記憶を思い出そうとしたところで頭痛が走った。
しかし、その痛みをきっかけとして記憶が蘇ってくる。ふたたび視線をさまよわせると立てかけられた
「そうだ、聖剣の一撃を叩きこんで……」
記憶の復元と共に心臓の鼓動が速まっていく。最後に見た光景は聖剣から放たれた
そこで扉が開かれた。
花を挿した瓶を持った少女が入ってきた瞬間、目覚めていたデュランの姿を見とがめて危うく花瓶を落としかける。
「……デュラン!? 気が付いたの!?」
「アリ、エル……」
叫び同然の問いかけ答えつつも、デュランは目の前へと駆け寄ってきた青髪の少女が誰であるかを認識するのに時間を要した。
予想外の事態に気が動転していたアリエルにはそれには気付かず、花瓶をテーブルへ置くと足早に部屋の外へと出ていく。
「水よ」
すぐに戻ってきたアリエルはデュランへ水の入った陶杯を手渡した。
「あの戦いは、どう、なった……。いや、俺は……どれだけ、意識を失っていた……?」
意識がはっきりしてみれば喉の動きが鈍く、声も掠れていて出にくくなっていることに気が付き手に持った水を口へ運ぶ。
「勝ったわ。あなたの放った聖剣の一撃でね。でも、ひと月近く眠っていたわ……」
「そんなにも時間を使ってしまったのか」
起き上がろうとするが足に力が入らずよろめいた。アリエルが慌てて手を伸ばす。
「いくらなんでも無茶よ! まだ目覚めたばかりなのよ!?」
間近でアリエルが声を張る。
だが、従者のそのような言葉で止まることはできない。
魔族の脅威から世界を救う使命を帯び、唯一無二の聖剣 《ゼクシリオン》を担い立ち塞がる敵を討つ。
そのためだけに大陸の――――いや、《聖剣の勇者》を擁するサントリア王国の歴史の中で連綿と受け継がれてきた人類の決戦的存在へとなるべく育てられたのだから。
「俺に……休んでいるヒマはない……」
完治していない傷への痛みがデュランの秀麗な顔を歪ませる。
アリエルが手を伸ばそうとするが少年は手を掲げてそれを拒否した。
明らかに強がっているのがわかった。
だが、それを口に出せばデュランはより無茶をしようとするだろう。
「一刻も早く、魔王を倒す……」
まともに動けないはずのデュランを衝き動かしているのは“勇者の呪い”だった。
魔王討伐がなされれば、一躍“世界を救った勇者”として故郷に凱旋もできる。
そうなれば一族の地位も安泰だ。『平時では役に立たない勇者を他国に
功績から考えればけち臭いと思わなくもないが、勇者などという貴族でもない“ある種の異物”に国政へと関わるきっかけを与えてしまいたくないのだ。
当然と言えば当然だ。魔王を倒したということはそれだけの力を持っている証でもある。
反乱など起こされれば阻止できるかどうかもわからない上に、魔王を倒した勇者を民衆は支持する可能性すらあった。そんな危険物を貴族として扱うことができようはずもない。
――――それでも俺は魔王を倒すしか生きる道がない。
これこそが、血筋以外に政治的な力を持たない勇者が我が身を守るため刻みつけた呪いだった。
「待って。まずは身体を治すのが先よ。わかってる? あなた、足を切断されたのよ!?」
最後の記憶がデュランの脳内に蘇った。サイクロプスの一撃が自身を襲った瞬間を。
「これはその傷だったのか。くそ、あの程度の魔物にやられるとは……」
痛みとは別のモノによってデュランの表情がさらに歪む。
そんな勇者を宥めるアリエルはすでに軽い絶望感に包まれていた。
――――もしかして、自分ひとりでこの勇者が暴走しないようにコントロールしなきゃいけないの?
勝手に突っ走って再起不能寸前の大怪我を負って昏睡状態になって……とデュランが同行者たちにかけた迷惑と心配は言葉では言い表せないほどのものだ。にもかかわらずこの調子で反省の欠片もなければ怒りのひとつやふたつこみ上げてくる。
だが、それでも「皆のおかげで助かったのよ?」などとは間違っても口にはできなかった。
「ルクレツィアとジリアンはどうしたんだ?」
はじめて気が付いたとばかりに他のメンバーに言及するデュラン。
「……あのふたりは今出かけているわ。サントリアへの支援を求めたり、色々することがあったから。しばらくは戻らないと思うわ」
咄嗟に振られたにもかかわらず見事に誤魔化せた自分をアリエルは褒めてあげたいくらいだった。
「そうなのか……。ジリアンはいいとして、治癒魔法の術者がいなくてどうするんだ……。それにこれでは先にも進めないぞ……」
今は自分のことしか見えていないのか、デュランは険しい表情のまま悪態をついた。
完全に負の連鎖へと陥っている。
しかも、自分自身が強くならなければいけない状況に焦りつつも、どこかで従順な仲間に甘えている。
「やっぱり、あれからずっとよくない感じね……」
デュランを見つめるアリエルの口から漏れた小さな声は、幸運にも少年の耳には届かなかった。
たったひとりだ。
たったひとりの侍がいなくなっただけで、勇者の魔王討伐は暗礁に乗り上げかけている。
三人の中で比較的デュラン寄りとの自覚があるアリエルでさえ、ユキムラなしに魔王討伐は不可能ではないかと思い始めていた。
今の彼女にできるのは、ルクレツィアの説得がうまくいってくれることを祈るだけだった。
しかし、アリエルは知らない。
定められたと思われていた運命は、すでに大きく道を外れて動きはじめていることを。
そして、部屋の隅に置かれた
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