第149話 獣のように


 嵐風あらかぜの力強い前進と共に、立ちはだかる敵――――奈落騎士アビスデュラハンとの距離が詰められていく。


 俺たちの戦いが始まると同時に、周囲を取り巻いていた魔物たちがハイスクルの街へと向けて動き出すのを視界の隅で確認していたが、そんなもので互いの視線が逸らされることはない。


 ――――まぁ、他の連中は俺が動かずとも信重たちがなんとかしてくれるだろう。


 我ながら無責任なことだと口の端が自然と歪んでいくのを感じるが、それでも今は目の前の敵に集中していたかった。


 戦場の片隅で、双方の馬が加速。

 その際、敢えて誘いの姿勢を作って見せると、漆黒の騎士は先んじようと躊躇なく剣を掲げた。

 人間ひとり分に匹敵でするであろう巨大質量――――闇を纏うような大剣が規格外の膂力を以って高速で振り下ろされる。


 小細工などなにもない、真正面からの剣閃が虚空を舞う。


 落下してくる一撃を《三ヶ月宗親みかづきむねちか》で受け止めるが、強烈な衝撃と共に重々しい金属音が鳴り響く。

 馬上で戦う意味があるのかと思うほどの超近距離で一瞬だけ視線が交差。


 強く鼻を鳴らした嵐風が後方へ飛び退すさると、黒馬も追撃はせず素直に後退していく。


 しかし、一定の距離を空けたと同時に地面を蹴ってふたたび急接近。

 大気を裂きながら袈裟懸けに強襲してくる大剣を迎撃すべく、俺は刃の向きを変えて横薙ぎの一撃を送り込む。

 金属の悲鳴が上がり、火花を散らす。


 だが、騎士の攻撃はそこで終わらない。


「ヌン――――!」


 間髪容れず黒馬ごと旋回した大剣の一撃が唸りを上げて強襲。

 この間合いでは回避不能と判断し、その場で踏みとどまる。

 

 高速の一撃を《三ヶ月宗親みかづきむねちか》で受け止めると、先ほどよりも重い激突音が発生。

 それでも止まらない大剣を前に、俺の背筋を悪寒が駆け抜ける。


 これほどまでに速度と質量が乗った攻撃は、俺と嵐風でも防ぎ切れない。

 押し負ける前に刃の角度を変化させる。


 それと同時に、こちらの体勢の動きを察知した嵐風が後方へ重心を移動させて俺を援護。

 刃同士が擦れる火花を散らして強引に大剣の軌道を逸らす。


 この大剣との打ち合いに正面から付き合うのは危険だ。


 そう判断した俺は、すぐさま後方へと流れた《三ヶ月宗親》を前方へ向けて旋回。

 刃の軌跡を無理矢理に変化させながら、逆袈裟懸けに空を滑らせる。


 しかし、これだけでは描く剣閃も読みやすく、大剣の腹で容易く受け止められてしまう。


 そこで相手の予測の裏側を衝くべく、俺は途中合流した左腕で柄頭を掴みつつ、内側へと引き込んで一気に軌道を修正。

 俺の一撃を受け止めようと胸の前で交差した奈落騎士の腕――――左手首を狙うが、闇の中に浮かぶ騎士の目に動揺は見られなかった。


 翻りながら伸びた腕。そこに装着された篭手の厚い装甲に刃が弾かれる。 


 甘く見ていたわけじゃないが、そう上手くはいってくれないか……。


 不発となった策に面頬の下で唇が歪む。

 目の前の騎士が持つ読みと反応速度に俺は驚愕を覚えるしかなかった。


 同時に、“オーラ”を乗せていないとはいえ、《三ヶ月宗親》の刃を弾いたことにも。


 相手に手傷を負わせられないまま、両者が間合いを保って横方向へと移動していく。 

 そして、三度目の激突。

 全力で打ち込まれた刃同士が拮抗し、軋り声を上げる。


「人間ガ正面カラ我ガ剣ヲコレホドマデニ受ケ止メテノケルトハ。シカモ、ソノヨウナ細キ剣デ。実ニ見事ダ」


「お前こそ、魔物にしては剣の扱いが上手い」


 次の激突までの間を繋ぐように、双方から相手の技量への賛辞が送られる。


 無論、その片割れである俺の言葉にも虚飾はない。

 人間とは異なる生態を持つ魔物に、剣術といった体系化された技術が存在するかは不明だ。


 だが、現実に目の前の奈落騎士アビスデュラハンは有していた。

 過去に《剣聖》へと師事し、それ以降も研鑽を続けてきた俺の剣を防ぐだけの“技”を。


「世界ハ広イモノダナ。意図セズシテ黒キ森ヲ出タガ、ソノ甲斐モアッタ」


 こちらを挑発するかのように、大剣を軽々と振り回しながら語る奈落騎士。

 それに正面から乗るほど俺も短気ではない。


「同感だ。つまらんけだものの寄せ集めかが攻めて来たかと思ったが、存外楽しめている」


 俺も《三ヶ月宗親》を八双に構える。


 傍から見れば間違いなく奇妙な光景に映ったことであろう。


 だが、ひとたび刃が舞えば、技量と運が呆気なく生死を分ける。

 相手ともう二度と言葉を交わすこともできなくなるのだ。


 未だ湿り気を帯びたかすかな風が、両者の間をそっと吹き抜けた。


 それを合図として、どちらからともなく距離を詰め始める。


 やや離れたところで騎士の大剣が急旋回。

 ギリギリのところで身体を屈めて回避しつつ、俺は刃を真上に振り上げる。


 大剣の支点となる鍔部分を狙い隙を作り出そうとするが、咄嗟に速度を調整した動きによって刀身へと導かれ不発。


 刃を交えながら、俺は不思議な感覚を覚えていた。

 この時間をもっと楽しんでいたいような、さらなる刃の高みに至れるような――――そんな感覚を。


 幾度目かの激突を経て、漆黒の騎士が後方へと大きく下がる。


 剣先を地面へ向けて戦意を霧散させた奈落騎士アビスデュラハンを前に、嵐風も警戒は解かぬものの下手に動くのは危険と判断してその場に停止。


「馬上デハナク、地ニ足ヲツケ手合ワセヲ願イタイ」


 漆黒の騎士から予期せぬ提案が向けられた。


「……首抱騎馬兵デュラハンの優位を自ら捨てるつもりか?」


「我ハ少々特別――――ト言ウベキカハワカラヌガ、少ナクトモ騎馬ノ形態デナケレバ戦エヌ者ドモトハ違ウ」


 一般的に知られる首抱騎馬兵のことを言っているのだろう。


 首抱騎馬兵などと呼ばれてはいるが、より厳密にいえば騎馬兵ではなく、馬と鎧の双方が魔力によって具現化され意志を持った魔法生物に近い存在であるらしい。

 それゆえ、通常の首抱騎馬兵は馬から降りて行動することはできず、またそちらを仕留められても消滅してしまう弱点の多い魔物なのだ。


 しかし、徒歩かちの冒険者にとっては厄介な存在であることに変わりはない。

 高速で突撃してくる騎兵を相手にするに等しく、馬上から繰り出される長い間合いの攻撃で一方的に狩られる危険性がある。

 それだけでなく、単純に数百キログラメルにもおよぶ大質量での高速突進を喰らうだけで重傷は避けられない。

 中位魔物とされる首抱騎馬兵デュラハンだが、高位魔法使いの冒険者でもいない限りはいたずらに犠牲者を出さないためにも騎馬兵の出動が要請される。


「あれでも相当に厄介な相手らしいが」


「ヤモシレヌ。ダガ、オヌシニハ関係ナカロウ」


 鎧を擦らせて奇妙な笑声を上げる奈落騎士。


「まぁ、否定はしない」


 俺の言葉を受け、黒馬から降りた奈落騎士の身体から魔力が放射される。


 身を包む騎士鎧の一部が青い魔那の粒子へと分解されていき、今までのフルプレートを思わせる形態から明らかな軽装へと変化していく。

 余計な重量を捨てたことにより、近接戦闘に特化した形になったのだと理解。


 そして、分解された魔力は傍らに控える黒馬へと流れていく。


「そうか、この大陸にも鎧馬がいばに似た生物が存在したか……」


 主の側で微動だにしない黒馬を見つめる。

 ただこちらを見据えているのは、主の勝利を確信しているからか。


 いずれにせよ絶大なる信頼がなければ起こり得ない光景であった。


「ソノヨウニ呼バレテイルトハ知ラヌガ、コヤツは我ガ半身モ同然――――唯一ノ存在ダ。ダガ、オヌシノ愛馬モ実ニ良キ馬ノヨウダ」


 騎士からの賛辞を受け、嵐風は短く鼻を鳴らす。

 首を小刻みに上下させていることから、どうも面映ゆさを感じているらしい。


 ……もうすこし堂々としていてほしいところだが、今は何も言うまい。


徒歩かちでと申すのであれば、俺もそれで楽しませてもらおう」


 嵐風の首筋をそっと撫でて、俺は馬上から地面に降りる。

 そして、嵐風の生み出した鎧を魔力へ還元。


 最後に、陣羽織がふわりと肩に舞い降りて、いつもの位置におさまった。


「コチラヲ舐メテイル――――ワケデハナイヨウダナ」


「場に合わせただけだ。あくまで具足よろいは、先触れもなく大勢で押しかけてきた無粋な連中を出迎えるためのものだ。一対一なら、より速く、より鋭い剣にてお相手をしよう」


 生物災害の群れへの嫌味を交えつつも、俺は《三日月宗親》を下段に構える。


「是非モナシ」


 騎士が告げ、それを皮切りに互いが前進。大地を滑るように距離を詰める。


 双方が身軽になった身体を見せつけんと高速で疾駆。放たれた渾身の一撃が飛翔する。

 激突の甲高い音を響かせて、刃が拮抗。


 その中で騎士が動いた。

 刃が封じられた状態で奈落騎士の足が振り抜かれる。

 

 高速の奇襲となったそれを俺も右足を放って迎撃。

 脚力で勝とうとは思わないため、その力を身体全体で受け止め後方へ飛ぶ。


 ほぼ間を置かず漆黒の大剣が落下。

 寸前まで俺がいた大地を叩き割るように切り裂いていた。


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