第147話 漆黒の死神たち


 戦場いくさばに生まれた奇妙な静寂を切り裂き、ふたりの猛者が愛馬を駆って互いの距離を詰めていく。

 地面を叩く馬蹄の音を皮切りに、続いて刃同士がぶつかり合う金属の甲高い悲鳴が鳴り響いた。


 そして、それを見届けた魔物たちの群れに変化が起こる。


 自分たちが、濃紺の具足に身を包む悪鬼のごとく荒ぶる武者の相手をしないで済むと確信したか、残る魔物たちが今までの恨みを晴らさんとばかりに後方に控えていた騎馬武者たちに向けて移動を開始したのだ。


「ちっ……。人間の生息域に近付いて、とうとう我慢できなくなりおったか。……来るぞ! 総員、迎撃態勢!」


 戦いを始めたユキムラたちの後方で、騎馬武者の隊を預かる信重が忌々しげに口元を歪める。


 その視線には、猛者たちの一騎打ちを理解できず己の勝手な意思で動き出した魔物たちへの苛立ちが浮かんでいた。

 もっとも、その感情に比肩するほどに、主人と仰ぐユキムラの戦いを見ていられないことへの怒りもまた存在しているようだった。


「いいか、者ども! 歯を食いしばれよ! あんな連中に吹き飛ばされた莫迦は七日間煮炊き役だぞ!」


「「「応!!」」」


 信重の放つ怒声じみた指示を受け、魔物たちの突撃に備える騎馬武者たち。

 持ち替えた槍を振るい、下卑た雄叫びを上げて突き進んでくる魔物たちの突進を受け止める。

 通常ならば、この時点で騎兵も少なからぬ数が弾き飛ばされているはずだった。


 だが、未曽有の戦場いくさばを潜り抜けてきた精鋭たちは、なんとその場に踏み留まった状態で魔物の突撃を完全に阻止していた。


 彼らの駆る鎧馬がいばは、その身に宿した膨大な魔力によって生み出す装甲で質量を増しただけでなく、さらには自身と戦友を守るための魔法障壁すら扱うことができる。


 魔物の中には四足歩行によって全質量を載せて突撃した個体も存在していたが、それでも鎧馬の守りを抜くことはできなかった。


「よし、上等だ! まずは軽く相手をしてやれ!」


 ただのひとりも落伍者が出なかったことを見て、満足気にほくそ笑む信重は檄を飛ばす。


 奇襲を受けながらも、騎馬武者たちは呼応するように慣れた手つきで槍の一撃を繰り出していく。

 そして、彼らが跨る鎧馬がいばたちも、相棒の思惑を汲み取ったかのようにすかさず障壁を解除。


 湧き上がる悲鳴。


 自ら逃げ場をなくしてしまったことで前列にいた魔物は、まさしく格好の標的となった。

 獲物へと飛び掛かったところに、伸ばされた槍に貫かれて絶命した個体も多い。

 あるいは、槍を掻い潜るように間合いに入ろうとしたところで翻った刀によって切り裂かれ、浅からぬ傷を負って地面でのたうち回りながら苦鳴を上げていた。


 だが、それでも魔物たちの表情には先ほどまで浮かんでいた畏怖の感情は見られなかった。

 そこにあるのは、目の前の騎馬武者たちを数の優位で蹂躙しようとする獰猛で野性的な本能のそれだけ。

 いかに数があろうとも、彼らにはユキムラのような大規模な破壊を可能とする戦力がないと判断したのだろう。


 実際のところ、魔物たちは一枚岩の勢力ではなかった。

 より厳密に言えば、突如として甦った邪竜の近くにいては殺されるのではとの恐怖から西方に向けて“移住”を始めただけであって、別に奈落騎士アビスデュラハンの配下として動いているわけではない。

 上位個体と行動を共にしてこそいるが、自分の新たな住み処を得ることが最優先事項であるため、さっさとこの人間どもを倒して西に進められればそれでいいのだ。


 対峙する騎馬武者たちの勝負などもはやどうでもいい。

 魔物たちからはこの戦いに勝利することなどよりも、自身の欲求を優先して動こうとする意志が透けて見えた。


「……ちっ、バカか?」


 それまで槍で魔物たちの襲撃を凌いでいた騎馬武者から不意に声が上がった。

 兜の下には疲労や緊張の表情ではなく、呆れたようなものが浮かんでいる。


「……度し難いものだな。こいつら調子に乗っておるようだ」


「ああ、雪叢殿が憂いなく戦えるよう、


 魔物たちと斬り結んでいた武者たちから次々と肩の凝ったような声が上がる。

 いいかげん演技をするのにも飽きたとばかりに。


「フン、高位だなんだといっても所詮は畜生どもの仲間か……。では、教育してしんぜよう」


 瞬間、騎馬武者たちが身に纏う気配が膨張。

 高速で銀光を放つ槍の穂先が宙を旋回したかと思うと、その軌跡上にいた魔物たちの首が宙を舞った。


「まだだぞ。逆巻け――――穂群野火ほむらのび


 前列の五騎が空いている手を掲げると同時に魔法が発動。

 魔物たちとの間に炎の壁が突如として出現する。


 それは凄まじい勢いをもって空へ昇るように騎馬武者と魔物を分断する――――どころか、咄嗟のことに逃げ遅れた十数体の魔物を炎に飲み込み絶叫を上げさせていた。


 突然の反撃を受け、魔物の群れがにわかに騒がしくなる。


 火壁ファイアウォールと呼ばれる中位魔法はこの大陸にも存在している。

 事実、魔物たちも似たような魔法を使える存在もあり、詠唱が始まれば即座に警戒するだけの知性もあった。

 だが、これだけの短時間詠唱かつ膨大な炎を生み出せるものなど彼らは知らなかった。


「やれやれ。この程度で狼狽えるとはな……」


 そんな魔物たちの様子を見てつまらなそうに吐き捨てる信重。


 当然のことながら、鎧馬がいばを操る侍となれば《操気術》の修得は必須ともいえる。

 彼らは大将たるユキムラに前衛を突破させ、その後も周囲の魔物たちを引き付けるために


 そして、八洲の侍という戦闘民族を知らない魔物たちはそれに気が付けなかった。


「それ。ではこちらから往くぞ!」


 掛け声を皮切りに、緩く旋回を始めていた騎馬の向きが急転換。

 《操気術》の発動と共に瞬く間に最高速まで加速すると、炎の壁を飛び越えてその向こう側にいる魔物たちを急襲した。


 正面からの奇襲にも等しい槍突撃を喰らい、あるいは振り回される槍に殴られ、魔物たちがなすすべもなく吹き飛ばされていく。

 武器に秘められた異能を発動させるわけでもない。

 にもかかわらず、高速で旋回する槍の白刃が魔物たちを呆気なく討ち取っていくのだ。


「たかが騎馬の突撃受け止めて見せるとでも思ったか? 残念だったな、我らは侍だ! 大陸の血筋ばかりを重視する生温っちい騎兵と一緒にされては困る!」


 そこで信重は背負っていた大太刀を抜いて掲げる。

 ひと目で見る者に畏怖の感情を抱かせる巨大な刃だった。


 銘 《信国のぶくに》。これだけでは正確な作り手はわからないが、刃の長さ一伍二〇ミリテン、反り約七〇ミリテン。

 鍛えは板目肌で地沸えがつく、刃紋は広直刃に小乱れ交じりでところどころに二重刃表れている。

 佩表は棒樋に添樋が丸留めになり、その下に「熱田」の文字に蓮台の彫り。裏も棒樋に添樋、「八剣」の文字に蓮台が彫られ「信国」と銘がある。

 これだけの大太刀を作るのはいかに鍛冶族ドワーフであっても非常に難しいとされる。

 地鉄がよく整い、表裏の彫物も整い、姿は雄壮で実用に耐えうる数少ない大太刀だ。

 

「我らは修羅。鬼に会うては鬼を斬り、仏に会うては仏を斬る。我らと我らが主君の敵であるならば、何者であろうとただ斬り捨てるのみ」


 魔物たちに言葉が通じると思って口を開いているわけではない。

 ただ先陣を切って駆け抜けたユキムラと共に戦わんとする意思がそうさせていた。


「唸れ、信国。――――《国崩し》」


 “オーラ”を纏った大太刀が瀑布のごとく振り下ろされた瞬間、魔物たちの立つ地面が広範囲に渡って轟音を上げて爆ぜ割れた。


 地中で何かが爆発したように地面が掘り起こされ、その大地から生まれた波濤が魔物たちを飲み込んでいく。

 銃砲隊の放った破邪石の礫よりも大きな土塊が《信国》の力によって瞬時に硬質化。

 それが散弾のように宙を進み、射線上にいた魔物たちに向けて叩きつけられる。


 戦術規模の爆裂魔法を上回る速度で飛散した土塊の弾丸が魔物たちの肉体を破壊。

 致命傷レベルの損壊を受けて吹き飛んでいく。


 これだけの一撃を喰らえば、いかに高位魔物の肉体といえども容易く破壊されるのは必至だった。


「さぁ、勝つは我らぞ!」


 ユキムラに比肩する大技を繰り出した信重が見方を鼓舞するように叫ぶ。

 それと同時に、周囲の騎馬武者たちが待っていたとばかりに足並みの乱れた魔物たちへと殺到。


 振り抜かれる槍や刀が魔物の四肢を飛ばし、臓腑を抉り、鮮血を振り撒きながら地面へと沈めていく。


 すでに戦いの流れは変わりつつあった。


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