第146話 八洲式歓迎委員会


 銃砲隊の与えた影響は大きく、視線の先にある魔物の群れの侵攻速度は目に見えて低下していた。


「見ての通りだ。敵は浮足立っている。攻めるは今ぞ!」


「「「応!!」」」


 発破をかけるべく俺が拳を突き上げて声を張ると、後方から呼応するように雄叫びが上がる。


 戦における兵の士気というものは、農民を畑の雑草程度に考えていることも多いこの大陸ではあまり重要視されていないが、存外馬鹿にできたものではない。

 人間の手足が脳の意図に反してバラバラに動いてしまえばまともな行動がとれないように、集団戦においても末端の兵の足並みが乱れるだけで、数の優位すら容易に覆し、彼我の戦力差を意外なほどに縮めてくれるのだ。


 前提条件として語るのは対人間の戦だが、現在俺たちが対峙している高位の魔物は知性も高く、先ほどから連中が見せている動きからも、人間を相手にする場合と大きな違いがないとわかる。

 獣の動きを読むのは気配や殺気などが頼りとなるが、一定以上の知性ある者が相手となれば将来起こすであろう行動には一定の予測ができる。


 ならば、あとはいつもと同じようないくさができる。


「信重、悪いが先に突っ込ませてもらうぞ。後ろは任せても構わないか?」


「一騎駆けで狙うは大将首ですか。変わりませぬなぁ、雪叢殿は」


 低い声で呆れたように笑う信重。

 だが、付き合いが長いだけにこの男は俺の意図をきちんと理解していた。


 さすがにこれだけの大規模戦ともなれば、率いる兵たちがいるため俺個人が自由気ままに動くことは許されない。

 俺はそう簡単に死ぬつもりはないが、さすがに能力を完全に把握しているわけでもない兵たちに同じような動きを強いることは将としては有り得ないやり方だろう。


 しかし、戦は生き物だ。

 全員でチマチマと動いていては勝てるものも勝てなくなる。


 ならば、適任の者に任せ、俺は俺で別に動いた方がより効果的な戦果を期待できるはずだ。

 加えて、俺よりも彼ら兵たちを知る指揮官ノブシゲがいるならなおさらそれを選ばない手はない。


「一騎駆けは戦の華。そうだろう?」


「ええ、そして、またそれで軍団を割るつもりですね。わかります」


「いや、今回は“軍団溶かし”だ」


「……はは、それは容赦ないことだ。ですが、御身から頼られたとなれば是非もなし。ここは我らにお任せあれ」


 甲冑の上からどんと胸を叩く信重。

 以心伝心とばかりに進めることができる戦いに、やはり俺は懐かしさを覚えずにはいられない。


 ……まぁ、そんな感傷に浸るのも後回しだ。


「然らば、お先に」


 短く告げて嵐風あらかぜを操り、天下原の鬱憤を晴らさんとばかりに疾駆を開始。


 手を添えたるは《斬波定宗きれはさだむね》の柄。

 鎧馬がいばの造りだした具足を纏ったことで、俺の使える“オーラ”――――魔力量は嵐風のものと合わさってかなり増えている。


 ならば出し惜しみはしない。

 “気”を定宗へと注ぎ込み、揺れる馬上で刃が描く軌跡を見極めた瞬間、俺は鞘から刀身を滑らせるように抜き放つ。


「居合――――《色即断空》」


 煌めく白刃から生まれ、空を真一文字にはしる不可視の刃。

 それが前列にいた魔物たちの身体を容赦なく切り裂き、ある者は首を刎ねられ、またある者は胴体を上下に分かたれた。

 何かが己の身に起こったところまでは理解できただろうが、その時にはすでに身体の主要部を切断され死んでいた。

 噴き上がる鮮血と地面に転がる身体の部品。

 地面に倒れた魔物の貌には、自分が死んだことに気付いていないものも見受けられた。


 謎の一斉攻撃に続く事態を受け、魔物たちから混乱の悲鳴と怒号が上がる。


「手の内を明かすほど親切じゃないものでね」


 聞こえはしないとわかっていながら、俺は小さく嘯いて見せる。


 後続の魔物たちは、先遣隊が殲滅されてしまったため俺の刃に宿る異能の存在を知らなかった。

 魔法障壁のひとつでも張れるのなら生存性は高まっただろうが、銃砲隊による礫の射撃が終了したと判断したことでまだまだ数の優位で潰せると思い違いを起こしたのだ。


 まぁ、仮に生き残っていた者がいたとしても、“言語”という共通の意思疎通手段を有していないがために、敵の脅威を上から下まで遍く伝えることはできなかったのだが。


「押し通る! 嵐風、飛べ!」


 混乱をまたとない好機として嵐風が地を強く蹴って飛び、露わになった中衛を越えて敵の真っ只中へと侵入。

 

 鎧を纏い超重量となった嵐風が数体の緑鬼将ゴブリン・ジェネラルを容赦なく踏み潰しながら着地。

 同時にその身体から強烈な衝撃波が放射状に発生。群がろうとしていた魔物たちを吹き飛ばす。


 周囲数メルテンから敵が駆逐された時には、俺はすでに《斬波定宗》は鞘に収め、新たに《三日月宗親みかづきむねちか》を抜いていた。


 刀身へとふたたび魔力を流し込みながら、優美な弧を描く太刀自体を頭上高くへと掲げる。

 それへと呼応するように、《三日月宗親》ははばきが黄金の輝きを発し、次いで秘められし力の解放を前に刀身が白銀の煌めきを強める。


 荒涼たる戦場で輝くは真昼に現れし幻の月。


「雪叢殿が大技を使われる! 総員、距離を取れっ!」


 後方でこちらの動きを察した信重が警戒の怒声を上げる。


「発動――――月燐・星落とし」


 白の輝きは光の奔流となって空高く舞い上がり、周囲を覆っていた雲を円状に散らし、隠れていた青空を覗かせる。


 そして、青空を背景に光が拡散。


「舞い降りよ、燃える星々」


 掲げていた《三日月宗親》の刀身を振り下すと、大地の力へと身を委ねるかのように光の群れが地上へと降り注ぐ。


 それを本能的に脅威と判断したのか、周囲の魔物たちから火炎や氷塊、毒の息吹などが一斉に俺へと目がけて放たれる――――が、押し寄せる攻撃ごと光の流星は魔物たちを飲み込んでいく。


 魔物か地面へ触れると同時に、秘められた魔力が解放。

 高密度の破壊の嵐となって荒れ狂い、すべてのものを焼き尽くさんとする。


 広範囲を攻撃できる技の使用によって大規模な粉塵が巻き上がるが、その中を進んでこちらに接近しようとする気配は感じられない。 


 しばらくして視界が元に戻ると俺の周囲五メルテンを除き、直径にして五十メルテン近い地面が隕石が落ちたようなすり鉢状の穴となっていた。


 周囲では、破壊の奔流に飲み込まれなかった魔物たちがこちらを遠巻きにしている。

 その多くからは、殺気を含みつつも、まるで自分たちの存在を否定するような者が現れたような目――――畏怖の視線が向けられていた。


「これくらいで狼狽えるな。八洲じゃ生き残れんぞ」


 今まではなかなか条件を満たすことがなかったため使えなかったが、周囲の破壊を気にせず、また敵に大規模攻撃を受け止められるだけの猛者がいなければ俺にもこれくらいのことはできる。


 むしろ、八洲の名立たる武将にはこれくらいやってのける者は何人もいた。

 例えば、橘堂雪たちばなどうせつの魔法攻撃を刀を振るうことすらなくすべて無効化バニッシュしてしまう刀 《雷斬らいきり》は魔法を得意とした法術武者の部隊をなす術もなく壊滅させた。

 より危険な者でいえば、尾前長舩鉦光びぜんおさふねかねみつ作の 《武俣鉦光たけのまたかねみつ》を媒介として、召喚した百メルテン近い軍神 《毘沙門天》を伴って戦場いくさばを暴れ回れる上椙憲心うえすぎけんしんがいた。

 ちなみに、上椙のおっさんには正直何度か殺されかけている。


 だが――――


「まぁ、ちょっとばかり派手にやりすぎたかもな」


 後で大変なことになりそうだなと小さく言葉を漏らすと、真下の嵐風が咎めるように鼻を鳴らす。


 雰囲気から察するに「まだ終わっていない。気を抜くな」ということらしい。


 俺には目もくれず嵐風が見据える視線の先で、魔物たちの列が突如として割れた。


「ほぅ……」


 恐れおののいている魔物たちの間を抜けるように進んでくるのは一騎の騎馬兵の姿。

 静寂が漂う空気の中、馬蹄が地面を叩く音が響き渡る。


 嵐風と同じほどの黒馬――――だが、漆黒に金の紋様が入った鎧を纏い、両目には鬼火のごとき緑の燐光が揺らめいている。

 そして、巨馬に跨るは馬と同じく漆黒の全身鎧フルプレートに身を包んだ騎士。

 背中にはこれまた黒々と輝く巨大な剣を背負っている。


「こいつは大物が釣れたようだな……」


 その騎士の最大の特徴――――首から上には闇が蠢くのみで存在せず、本来あるべき頭部は己の左腕に抱きかかえられていた。


 首抱騎馬兵デュラハンと呼ばれる首を抱えた騎馬型の魔物だ。

 しかし、中位魔物として知られる首抱騎馬兵とは姿形がまるで異なっている。


 これだけの距離を置いているにもかかわらず、放たれる鬼気と禍々しさが尋常ではない。

 まるで名立たる武将と相対した時のように、具足の下の皮膚が粟立っていく。


 嵐風も押し寄せる圧力を前に威嚇するように鼻を鳴らす。 


「あそこまで飛べるか、嵐風」


 問いかけると同時に、嵐風は軽く足を屈め、そのまま一挙に身を空中へと躍らせる。

 返事をしてからでもよかったんだがと俺が内心で苦笑を浮かべる中、嵐風は魔物たちの密集する場所にできた道へと着地。


 両脇に居並ぶ魔物たちから濃密な殺気が放射されるが、俺も嵐風も恐れるに足る存在ではないため意に介すことはない。

 そのような態度が癇に障ったのか向けられる殺気はますます高まっていくが、異形の首抱騎馬兵デュラハンを前にしているためか襲い掛かってくる魔物は一匹としていない。


「――――フム、面白キツワモノガ現レタヨウダ」


 金属が軋むような声が放たれた。

 首無し騎士の抱える頭が喋ったのだ。


「おぬしが、この集団の頭領か」


「特ニソノヨウナ序列ハ存在シテイナイガ、ソウ解釈シテモラッテ構ワナイ。折角得ラレシ戦イノ機会ダ。貴殿トノ一騎打チヲ所望シタイ」


 そう言うや否や右手だけで背中の大剣を軽々と抜き放つ漆黒の騎士。


「それは是非もない。最初から首が取れているのは面白くないが、身体を断ち切られても動き回れるかは見物だな」


 《三ヶ月宗親》を肩へ担ぎ、俺は挑発するように言葉を向ける。


「大言ヲ吐ク。マァ、コレハ只ノ飾リニ過ギンヨ。オヌシガ、ソノヨウナ鎧ヲ身ニ着ケルト変ワラヌモノダ」


 騎士の鎧が揺れ、金属同士が擦れる甲高い音が規則的リズミカルに鳴り響く。

 笑い声を上げたのだ。


「いずれにせよ、落とさないように注意する必要がありそうだな。言っておくが、片手だからと手加減はできぬぞ」


「ソノ心配ハ無用。我ガ種族――――奈落騎士アビスデュラハンハ在野ノ者トハ違ウ」


 言葉と共に頭部が闇を放つ首へと載せられ、そのまま固定された。

 そして、面頬めんぼうの目が覗く部分に赤の炯炯けいけいとした輝きが宿る。


 視線と視線が空中で交差。

 込められた圧力が周囲へと広がり、それに当てられた魔物たちが騒ぎ始める。


 だが、俺も奈落騎士も相手を見据えたまま目線を逸らすことはない。


 刃の向こう側にいる愛すべき強者の姿を眼に焼き付けんと欲するかのように。


「コレデ良カロウ。デハ、参ル」


「ああ――――来い」


 両者の距離が近付き始めた。続いて、歩みが疾駆へと変わっていく。


「「往くぞ(往クゾ)!!」」


 ついに、戦いが始まった。



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