第145話 戦を変え得るモノ


 嵐風あらかぜを操り、降り続いた雨によってぬかるんだ地面を駆けていく。

 背後には信重配下の騎馬集団が続き、馬蹄が地面を叩く音が幾重にも重なる。


 具足の隙間から入り込む風に、煤と血、それと死の臭いがほのかに混ざっていた。


 これこそがまさに戦場いくさばの“匂い”だった。


「……信重の配下だけかと思ったが、見慣れぬ者が混ざっているな」


「はは、よく兵を見ておられますな。あの者たちは砕牙サイガ衆にござる」


 俺の横合いを走る信重に問うと、彼はやや驚いたように答える。


「砕牙……? たしか傭兵集団だったな。だが、何年も前に潰されたのではなかったか?」


 以前にも触れた気がするが、彼らはかつて八洲が群雄割拠の世であった時世、凄腕の傭兵集団として鳴らした者たちだ。


 一部寺社勢力との繋がりもなくはなかったが、あくまでも基本は傭兵として様々な勢力の戦に加担し、その勝利を陰に日向に手助けしてきた歴戦の兵である。

 しかし、いかに武勇で名を馳せようとも所詮は地方の武力集団でしかなく、最後は巨大な勢力に喧嘩を売る形となり圧倒的な数の前に滅ぼされてしまった。


「左様にございまする。まぁ、蛇の道は蛇と申しますか……。やはり滅ぶがままにしておくことを惜しむ者がいたようでしてな……」


 やや答えにくそうな様子の信重。

 彼は俺が砕牙攻めに参加していたことを知っているからこそだろう。


「勘違いはするな。今さら含むものはない。まぁ、なんとなく想像もつく。あの人が死んだあと、関白に夜刀神と早々に水面下での覇権争いを始めていたからな。誰もが自分の力を高めようと必死だった」


 語りながら、天下統一を目前にして家臣の謀反によりこの世を去った男の顔が思い出される。

 そこからの記憶はあまり愉快なものではないが、覇王を欠いたことで野心を抱えた者たちが動き出した。

 もっとも、戦力の再編は天下原あまがはらの戦には間に合わなかったようだが。


「はっ。まさにまさに」


「……おおかた、代四郎ヨシロウ殿あたりだろう?」


 佐界サカイで商いをしている男の顔が脳裏に浮かんでいた。

 昔から変わったものを好む数寄狂いの男だ。


「ええ、利久リキュウ殿が上手いことやってくれました。雪叢殿に会うことがあればよろしく頼むとも」


「まったく……。食えない親爺だ、あの男は」


 茶の湯に傾倒しつつも莫大な財を成した商人だが、それだけだけに留まらずあの男は機を読むのが上手い。

 信重や砕牙の連中を八洲から送り出したのにも関わっていると見ていいだろう。


「雪叢殿、そろそろ接敵しまする」


 信重の言葉に俺は首を傾げる。

 押し寄せる魔物たちとの距離は近付いているが、衝突するのは俺の感覚ではまだ先だった。

 弓を射るにしてももうすこし距離を詰めるべきだ。


「遠距離戦を挑むのか? ――――そうか、連中が持っているモノを使うのだな。あれは筒か?」


 金属の筒が木で作られた保持具のようなものに据えられ、周囲にもなにやら金属でできた部品らしきものが取り付けられている。

 槍でもなく魔導杖まどうじょうでもない。実に不思議な見た目をしていた。


 武器の類であれば、ひと目見るだけでおおよそどのいうに使うかわかりそうなものだが、似たようなものさえも俺は知らない。


「ふふ、まずはご覧ください。――――“銃砲隊”、前へ!」


 信重が片手を掲げて指示を出す。

 それを受け、銃砲隊と呼ばれた集団が筒を携えて最前列へと進み出て行く。


「まだだ。まだ引きつけよ!」


 両足で器用に馬を操りながら、銃砲隊と呼ばれた者たちは筒を両手で水平に持ち魔物たちへと向ける。

 そして、隊を預かる武将からの指示に従うようにその時を待つ。


「――――放てっ!!」


 武将からの号令を受け、轟音と共に鉄の筒が一斉に火を噴いた。


 大きな音と火炎に瞬間的に俺の体内え心臓が軽く跳ねた。


 目にも見えぬ速度で放たれたそれは、押し寄せる魔物たちを貫き、断末魔の悲鳴を上げさせ存在そのものを灰へと還しながら地面へと沈めていく。

 この世界では超高位の魔導師のみが可能とするはずの圧倒的な力だった。


 いや、それ以上かもしれない。


 発射により大量の煙が発生し銃砲隊の視界を塞いでいるが、彼らに慌てた様子は見られない。


「反撃が来るぞ! 車懸かり急げ!」


 武将の号令を受けて砕牙衆は馬を操り、真正面ではなく側面へと移動しながら、緩やかな円を描くようにこちらへと合流するように戻ってくる。

 これは先ほど俺が装甲炎蜥蜴アーマード・サラマンダーを相手に行った目くらましと似たようなやり方だが、騎馬という機動力を利用しているためその効果はずっと高い。


 遠距離攻撃を可能とする一部の魔物たちからの反撃が飛んでくるが、すでにその場所に兵はいなかった。


 やはり幾多の戦いを潜り抜けてきたつわものだけのことはある。

 本来は短所であったものを長所に置き換えてしまうやり方は見事と言うしかない。


「次筒、装填!」


 ふたたび上がる号令。

 馬上という悪環境にもかかわらず、それを感じさせない慣れた手つきで銃砲騎兵は鉄の筒を器用に交換していく。


 なるほど。筒にはあらかじめなんらかの用意を施しておき、それを交換することで連続した発射が可能というわけか。

 つまり、逆に言えば、あの一発を放つためにはそれなりの時間がかかるということにもなる。


「凄まじい威力だな。広範囲魔法の威力があの一発に収束されているのか?」


 それでも感嘆の言葉が口を衝いて出る。

 あれだけの馬術を見せるのだから砕牙衆は騎兵としても優秀なのだろう。


 だが、は問題にもならなくなっていた。

 驚くべきはあの筒の威力だ。今の一撃だけで通常の槍を持った騎兵が一度の突撃で挙げるであろう戦果を完全に上回っている。


「いささか原理は異なりますが、威力だけを見れば左様にござりまする」


「いずれにしてもとんでもない武器だ。それで、あれは誰が作った?」


 すでに脳内ではあれをどのように戦に使えばいいかを考え始めていた。


 あれは騎兵という環境で使いやすいように全長を調整しているに違いない。

 ならば徒歩かちの兵にはもっと長い筒を持たせることで長距離攻撃も可能になるはずだ。

 あとの問題はどの程度金がかかるかだな。


「我々と同じく八洲を出た国伴クニトモの鍛冶から渡されました。なにやらおもしろいものを作ったとか言いましてな……」


「国伴……。たしか鍛冶族ドワーフの一族だったか」


 八洲にも、過去に大陸から渡ってきた鍛冶族が少なからず暮らしていた。

 世界を見た今となっては驚くべきことなのだろうが、八洲では人族と鍛冶族が生活圏を共有している。

 この大陸を見ればよくわかることだが、一般的に余所から移住してきた異種族が原住種族と問題を起こすことなく交われる可能性はきわめて低い。


 しかし、八洲では事情が異なっていた。

 森人エルフなどは早々に山の民となってしまい交流自体が少ないため、これを成功例に含んでよいかは議論を要するかもしれない。


 だが、鍛冶族の場合は顕著だった。

 彼らが移住した頃に台頭を始めていた武士の武器需要と相まって、刀や槍の高品質な武器を生み出す種族として重宝され、各地で諸将の庇護下に置かれることとなった。

 これによって、八洲では鍛冶族が人族の中にあっても一定の勢力を築いているのである。


「ええ。魔法に頼らずつぶてを打ち出すカラクリでしてな。幕府に持ち込もうとしたところ、国を乱すと取り上げられかけ、それが切っ掛けで八洲を出たと」


 長槍を持たせれば、農民であっても操気術を持たない並みの武士までは討ち取ることを可能とする。

 数を揃えるだけの人間を立派な兵士に仕立て上げる戦法を覇王は編み出したが、コイツはそれ以上の結果を生み出しかねない。


 それは八洲であれば武士、大陸であれば騎士の役目を奪いかねないものだった。


「なるほどな。だが、あれでは大御所殿が危機感を覚えるのも無理はないことだ」


永秀ナガヒデ殿はかなり興味を示したらしいのですがね。おそらく大御所殿がご健在の内は極秘裏に研究を重ねるに留まることでしょう」


「そうか。まぁ、永秀のヤツは見る目があるからな」


 たぶん大丈夫だろう――――と内心で続ける。


「射撃用意!」


 ふたたび銃砲騎兵が前へ出て行く。


「放て!」


 轟音。

 魔法障壁すら貫通する礫の前に、魔物たちが大きく数を減らしていく。


「それにしても、あれはただの礫ではないな。なにを使っている?」


 人間が相手ならそれでもいいだろうが、あのような高位の魔物を討伐するには役者不足だ。


「そこに気付かれるとはさすがはユキムラ様。おっしゃる通り、あれには破邪石はじゃせきを使っております」


「……破邪石だと? よくもそんな昔のものを引っ張り出してきたな」


 信重の口より出た名を聞いて、俺はその手があったかと唸りそうになる。


 八洲は、古来より幾多の化生が当時の都であった古都に現れ猛威を振るってきた。

 そんな中、南海にあるという常世の国より戻りし高僧が伝えた破邪石の存在が対魔の戦いを大きく変えた。

 佛教に曰く、夜叉神の持つ金の弓を由来としたものらしいが、伝承はともかくとしてその効果は絶大だった。

 朝廷に現れ帝を病魔に蝕ませたと伝わる高位魔物のぬえを討ち滅ぼしたのも、この破邪石をやじりに使った破魔矢である。


 しかし、多くの魔の存在を屠ってきた破魔矢も高位魔物の多くが台頭を始めた武士によって討ち滅ぼされ、人間同士の戦いが主流となった今では使われなくなって久しい。


「ええ。これはその破魔矢に使われていたやじりの破邪石をつぶてに混ぜて作っています。よもやと思って陰陽師たちの協力を得て作り上げたものらしいですが、まさか魔物と戦うのにこれほどの効果があるとは思いませなんだ」


 信重はそう漏らすが、今はその発想にただただ感謝するしかない。

 かつては占星術に退魔など、朝廷で絶大なる権力を有していた陰陽師たちも今は大きく衰退していると聞く。

 彼らも自身の生きる場所を求めて大陸に渡っているのだろう。


「ですが、あれで斉射できるぶんはひととおり撃ち尽くしました」


 陣形を整えながら、銃砲騎兵たちは筒を馬具に装着させ槍や刀に持ち替える。

 見たところ、弓に比べれば命中率には優れていないようだが、それはまだ改善の余地がありそうだ。


「いや、上出来だ。これで戦の流れが変わる。行くぞ!」


 銃砲の思いがけない威力に怯んだ魔物の群れ。

 俺たちはそこへ目がけて突き進んでいく。


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