第144話 集いし者たち


 半ば呆然としている俺たちの下へと近付いてくる騎馬の集団。

 一糸乱れぬ彼らの動きを見て、俺の胸中に溢れんばかりの懐かしさがこみあげてくる。


「なんだ、あの者たちは?」


「待て待て。心配しないでいい。……あれは味方だ」


 リズとエミリアが警戒のため前へ進み出ようとするが、それを俺の代わりに征十郎が制止する。


「味方? ということは、もしかしてイレーヌが接触に向かった……」


「そうだ。ここは俺に任せてくれ。……あまり時間はないがそれくらいは大丈夫だろう」


 リズの確認するような言葉に、俺は前へ進み出ながら小さく頷く。

 一瞬だけ視線を押し寄せてくる生物災害の本隊に向け、俺は今しばらくの時間はあると判断。最前に立ち騎馬集団の到着を待つ。


「兄者、どうやらイレーヌは最上の結果をもたらしてくれたようですね」


 傍らに立つ征十郎の言葉には、すでに何かを期待するような響きがあった。


「ああ、よくやってくれたものだよ。それと状況を知らせにハンナの手勢を向かわせたのも正解だったな」


 漆黒の武者鎧に身を包む騎馬の集団は、俺のすぐ近くまでやってくると二手に分かれる。

 槍だけではなく筒のようなものを馬の胴体に引っかけている騎馬たちは生物災害本隊を警戒するように西側へ布陣。残りが俺たちのほうへとやってくる。


不惜身命ふしゃくしんみょう六紋錢ろくもんせん。あの馬印は……」


 征十郎が小さく呻く。

 その先頭を走る騎馬武者の姿に俺は見覚えがあった。


「どうやら間に合ったようですな、雪叢ユキムラ殿!」


 記憶にあるままの野太い声が馬上から投げかけられる。


「やはり信重ノブシゲだったか! お前が来てくれたとは!」


 驚きを隠せず俺は声を上げる。

 八洲の侍を呼び寄せられるとは思っていたが、その中でもかなりの“当たり”を引いたと理解したからだ。


「ええ、我ら《黒流衆くろながれしゅう》五十騎、かつてのあるじからの命を受け馳せ参じました!」


 満面の笑みを浮かべて答えるのは眞田信重サナダ・ノブシゲ

 俺が天下原の戦に臨んだ際、関白派として共に戦った武将のひとりだ。


 勇猛で知られる黒の甲冑集団 《黒流衆》を率いる彼ら眞田一族は、嶽田タケダ騎馬軍の赤備えを相手にしてさえ一歩も退かなかった戦場伝説を持っている。

 その中でも武勇に優れ、多くの大将首を獲ってきたのが信重だ。


 兜があるため顔くらいしか見えないが、そこから覗くのは無精髭を生やした彫りの深い顔に力強い弧を描く眉。

 そして、くっきりとした目が戦いを前に炯々けいけいと輝いている。


「だからあるじではないと何度言わせるんだ」


「御身の受け継し血脈がなせるものです」


 べつに俺はこの男の主でもなんでもない。

 しかし、旧上條幕府の幕臣であった眞田家としてよくわからぬ忠義を持っており、向こうが一方的にこちらを主認定している感がある。


 とはいえ、勇猛果敢で鳴らした眞田の騎馬集団が駆けつけてくれたのはありがたい。


 視線を向けると、戦いを目前に抑えきれぬ覇気を放出する武者集団の中に輝きを放つイレーヌの金色の髪が見えた。

 どうやら、無事に渡りをつけてくれたらしい。


 しかし、ひとつ疑問が発生する。


「おぬしらが来てくれたのは嬉しいが、八洲からここまではどうやって……」


「ええ、八洲からでは間に合いません」


 信重はあっさりと認めた。


 彼自身が言うように、イレーヌがこちらを発ってからの時間を考えると八洲まで行き、そして騎馬を連れて戻ってくることなど到底不可能だ。


「というと、まさか……」


「御想像の通りでしょうな。御身が八洲を離れたと聞いた際、西軍に味方した眞田サナダ一族ごと八洲から出て来てやりましたわ! 我らを潰すことができなかった大御所殿の苦い顔が目に浮かぶようです、はははははは!」


 やはり眞田家もまたあの戦によって居場所を失っていたのだ。


「そうか。積もる話もあるが、あいにくと再会を喜んでいる暇はない。……さっそくで悪いが、ひと働きしてもらいたい」


「戦の最中でしたな」


 昔を懐しむ色は消え、信重の瞳に鋭さが宿る。

 その視線は依然としてこちらへ向かってきている魔物の群れへと顔を向けられていた。


「ああ。敵の数が多くてな。援軍は大歓迎だ」


「はは、あれが“ちょっと”にござりまするか……。しかし、我らが間に合わなければどうされるおつもりだったので?」


「知れたこと。侍が敵を前に戦わずしてどうする」


 さすがにこれだけの兵力があっても、あの数の魔物を相手にするのは容易なことではない。

 そう考えると、たった5人ばかりで戦おうとしていたことがいかに狂気の沙汰であったかがよくわかる。


 だが、退くことのできない戦いというのは存在するのだ。

 それが理解できていたのか信重もそれ以上の言葉を返してはこなかった。


「今回ばかりは機動力が欲しい。なるべくでいい、強い馬を貸してはくれないか」


「おお、それはまこと重畳。こんなこともあろうかと、嵐風あらかぜのお世話もさせていただいておりました。誰ぞある! 嵐風をここに!」


 そこで俺はふたたび自分の耳を疑うこととなった。


「嵐風がいるのか……」


「ええ。いずれこうなるような気がしておりましたので」


 待ち焦がれるような思いが胸中に湧き上がりつつある中、鎧武者がふたりがかりで連れてきた体高だけでも二.五メルテンはある黒の巨馬を見て俺の口元が綻んでいく。


「なんて大きな馬なんだ……」


 後方でリズが驚きの声を上げていた。

 

 たしかにこの大陸の馬しか知らない人間が見れば、嵐風はとてつもなく巨大な馬に見えることだろう。


「……久しいな、嵐風」


 間近で放たれた言葉を受け、久し振りに会ったかつての相棒――――嵐風がこちらへ大きく身体を寄せてくる。

 自身を置いて去った不義理の主に対して荒風は敵意を向けるでもなく、ただ待ちわびていたとばかりに小さくいなないた。


「いきなりですまんが、またお前に戦場いくさばを駆けてもらいたい。いや、共に駆け抜けてくれるか?」


 問いかけに呼応するように嵐風は俺の目を見据え、鼻息を大きく吐き出す。


「ふふ、かたじけないことだ」


 頭を俺の顔のあたりまで下げた嵐風の白いたてがみをそっと撫でながら礼を口にする。


 馬と形容したが、嵐風は厳密にいえば嵐風は荷駄を引くような通常の馬ではない。

 八洲にのみ生息する鎧馬がいばと呼ばれる魔物の一種だ。


 通常の馬よりも二回り近く大きく、人に匹敵するほどの知能を有する彼らは、気性の荒さもあって手なずけることは容易ではない。

 しかし、ひとたび自身が真の主と認めた存在には魔力で構築した鎧を纏わせ、死を恐れることなく共に戦場を駆け抜けてくれる得難き戦友となる。

 ゆえに八洲の侍は鎧馬を求め、その唯一無二の相棒――――《装甲鬼兵そうこうきへい》となれることを最大の名誉としていた。


 嵐風の背中へ跨ると、途端にかつての感覚が甦ってくる。


 この空気、肌触りこそが戦場いくさばのものだ。


「嵐風! 戦いの時間だ。お前の力を貸してくれ! ――――纏鎧てんがい


 俺の叫びに呼応するかのように嵐風が前脚を掲げて大きく嘶いた。


 瞬間、嵐風の身体から湧き出た濃紺の魔力が身体を包むように渦を形成。

 周囲で螺旋状に逆巻く濃密な魔力が実体化し、俺と嵐風を濃紺の八洲式武者鎧が覆っていく。


 銀色の竜が描かれた胴を中心とし、両肩を板金を重ねた大袖おおそでが覆い、腰回りには草摺くさずり佩楯はいだて

 続いて籠手こて脛当すねあてまでもが具現化。

 最後に兜が備わり、顔を悪鬼を模した面頬めんぼうが装着された。


 そして最後に、「自分のことを忘れるな」とばかりに黒衣が陣羽織の形となって鎧の上を覆う。


「おお……。雪叢殿の刀征具足とうせいぐそくはやはりいつ見ても見事にござる……」


 信重から漏れる声には歓喜の音があった。


「ジュウベエ殿!」


 リズが駆け寄ってくる。


「イレーヌが騎馬を用意してくれているはずだ。別動隊をつける。リズたちはその者たちと後方から援護してくれるか」


 信重に目配せをすると彼は小さく頷き、騎馬武者の一部をわずかだが後方へと移動させる。


 さすがにこの状況では、八洲式の騎馬戦闘に馴染みのないリズを傍に置いておくわけにはいかない。

 それに遠距離攻撃ができるリズやエミリア、そしてハンナは弓兵に近い存在として扱うほうが戦術としては有効だ。


 それがわかったのかリズは俺の言葉に素直に頷いた。


「わかった。――――武運を祈っている」


 離れて行くリズの気配を感じ取りながら、俺は《斬波定宗きれはさだむね》と《獅子定宗ししさだむね》の大小を腰に差し、《三ヶ月宗親みかづきむねちか》を含む二振りの刀を背負う。


 戦へ臨む支度が整ったことを確認した俺はあぶみを履き、手綱を操って嵐風を前へと進み出させていく。

 背後の鎧武者たちもそれに続き、馬蹄が地面を踏みつける音が重なり合う。


「では、参ろう。我らこれより――――修羅に入る! 立ち塞がる者はすべて斬って捨てよ!」


「「「「応!!」」」」


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