第131話 集結へ向けて
「しかし、あれでよかったのかのう?」
屋敷へと戻る馬車の中。
揺れる車体の振動を感じていると、エミリアが窓の外の景色を眺めながら問いを口にする。
深窓の令嬢から“真祖の令嬢”に戻った少女は、どこか事態の推移を楽しんでいるようでさえあった。
尊大にも聞こえる言葉遣いとは異なり、エミリアは大仰な動作を好まない。
ここ数日で気付いたものだった。
「あれとは?」
思い当たる節が多分にあるのか、対面に座るリズは首を傾げながら返す。
ゆったりと揺れる尻尾の幻影が見えた。
「……ギルドに対して高圧的に出過ぎたのではと言いたいんだろう? もちろん、あれは承知の上でやったことだ」
リズの代わりに俺が口を開くと、エミリアが興味深げな顔をこちらへ向けてくる。
最終的な結論を口にしたのは表向きの責任者であるリズだが、そこに至るまでの諸々をギルド支部長モルガンの前でブチ撒けて差し上げたのは他ならぬ俺だ。
なので、説明する役もきちんとこなしておかねばなるまい。
「ふむ、木端役人風情にのらりくらりと躱された怒りでああしたわけではないのじゃな。そこがわかっておるならばよい。……じゃが、真意についてもきちんと教えてもらわねばならぬがのう?」
自分が会話をする役であったら我慢できなかったのかもしれない。
エミリアは先ほどの面談に対する不快感をわずかに滲ませながら、俺に説明を求めてくる。
「そう難しい話じゃない。要は太り過ぎて身動きの取れなくなった連中のケツを蹴り飛ばしてやっただけだ」
「いくらなんでも端折りすぎじゃろ……」
呆れたようなエミリアの言葉に俺は小さく鼻を鳴らし、そこから順を追って説明していく。
「結局はな、外部から持ち込まれた
「不思議なものじゃな。それだけを聞けば、実に有意義な面談だったようにも聞こえよる」
不必要なまでに挟まれた俺の軽口にエミリアは小さく肩を震わせていた。
この様子では気付いているようだ。
「有意義だったさ、結果を見ればな。ギルドが自分から動くことに及び腰になっていたからあんな対応をされたんだ。最初から「生物災害の可能性があるから、調査の冒険者を雇いたい」と依頼をして受けてくれたら済む話だった」
もちろん素直に受理されていたらの話ではあるが。
「ふむ。そうしなかったのは、眉唾物と一笑に付されることだけでなく、一番はやはり日和見を決め込まれる可能性があったからか」
脚を組みながら放たれるエミリアの指摘は鋭い。
「そうだ。上役に話を通さない状態で依頼を出しても、実際に生物災害が発生していると報告が上がった場合に誤報として処理された可能性がある。はじめから重要依頼として動いてないモノがまともに扱われると思うか?」
人間は自分にとって都合がいいものしか見ようとしない。
暇を持て余した貴族が面白半分に出した依頼として受け取られる可能性はそう低いものではないのだ。
「肥大化した組織ゆえの弊害というわけじゃな」
納得がいったように頷くエミリア。
「だから、動かざるを得ない状況に追い込んでやったのさ。かなりキツめのネタは放り込んでやったが」
そこまで話し終えたところで、俺は脇差 《
「――――ジュウベエ殿?」
突拍子もない行動に対して怪訝な表情を浮かべるリズ。
そんな彼女に向けて人差し指を唇のところで立てて言葉を発しないよう指示し、切っ先を馬車の壁へあてるとそのまま一気に突き刺す。
木の板越しに硬い物を貫く手応え。
それと同時に、魔力の反応が一瞬だけ高まりそのまま消滅した。
「まぁ、さすがにギルドも警戒するか。だが、盗み聞きはここまでだ」
「これは……魔石を……?」
たった今発生した魔力の高まりはリズにも察知できたらしく、それによって魔石を使って会話が盗聴されていたことを理解する。
背後の覗き窓を小さく明けると、その隙間から一定の間隔で後を追跡してきていた馬車が慌てたように角を曲がっていくのが見えた。
今頃中では拾っていた音声が突然途絶したことで面喰っている頃だろう。いい気味だ。
「……追跡しますか?」
御者席に座っていたハンナが前方の窓から顔を覗かせる。
実は屋敷を出る直前、公国から戻ったばかりのハンナと合流することができていた。
「……放っておけ。すくなくとも敵じゃないんだ。始末するわけにもいくまい」
「この状況下であのような行動に出るあたり、ずいぶんと侮られているようですが」
納得しかねるといった様子のハンナ。忍の矜持からか物騒なことを口にする。
ざっと伝えただけではあるが、彼女も状況が芳しくないことは理解しており、これにギルドの対応も相まって警戒感を強めているのだろう。
事実、今回ばかりはと共に大陸に渡ってきていた伊駕忍軍における子飼いの部下たちを動かしたいと自ら申し出てくれたほどだ。
その際、「もっと早くからおっしゃってくだされば、配下共々全力で動きましたのに……」とも言われたのだが、それが何を意味するのかはあえて聞かないことにしておいた。
「侮ってくれるなら逆に歓迎すべきだろう。まぁ、魔石をどう回収するつもりだったかは知らないが、損失に関しては授業料だな。だが、警戒だけは続けてくれ」
「承知しました」
尚、今回の生物災害発生の報を受け、ハンナはすぐに忍一名をエーベルハルトの下へと向かわせている。
もしもの場合を考えると、オウレリア軍には国境付近に展開してもらわねばならない。
周辺国に圧力をかけることにはなるが、そこは国主たるエーベルハルトが悩めばいいことだ。
それと同時に、あれだけ蹴り飛ばした冒険者ギルドも実際に動き出すまではアテにならないため、三名ほどを西方へ向かわせ生物災害の進行状況を調査させることにした。
あらためて考えると、俺が仕込んでおきたいことをこなすには伊駕忍軍の協力が不可欠だった。
このような場合、時間もそうだが最終的やはり手数が勝負となる。
「今は手がいくらあっても足りない状況だ。本当に助かるよ」
《獅子定宗》を鞘に収めながら俺が口を開くと、小さく目礼をしてハンナは窓をそっと閉める。
一連の動きを眺めていたエミリアは愉快そうな笑みを浮かべていた。
「やれやれ。途中まであえて聞かせたことも含めてユキムラ殿は悪辣じゃのー。じゃが、たしかに妾たちを取り巻く今の状況ではこうなることも理解はできる」
「他に頼れるところがなかったのは事実だ。そこはちゃんと認識している」
「とにもかくにもタイミングが悪すぎたんだ。わたしだって、こうするしかなかったと思う」
リズも溜め息を吐いた後で苦い表情を浮かべて俺に同意。
馬車の中に沈黙が流れる。
そもそも、
今回の場合も、本来はバルベニア軍ないしはノウレジア軍が対処するべきであり、あのまま対応を要求したとしてもギルドとしては見ざる言わざる聞かざるでのらりくらりと曖昧な返答に留め、俺たちに関わらないようにした可能性さえある。
考え方によっては、生物災害発生の報告を上げることで冒険者ギルドがノウレジア王国に恩を売れる可能性もあるのだが、やはりそうなると情報の出所が問題になってくる。
いずれにせよ、今の時点ではその天秤の傾きを反対側へ動かせるだけの材料がなかったとも言えた。
「もう少しばかりあの男に決断力があればこれを機に出世も望めたであろうに。先見性がないのう」
エミリアからは呆れ声。
「イザという時に決断を下せる人間の方が少ないさ。だが、まるっきりのバカでもない。こちらが直接ノウレジア執政府に行かなかった時点で何かあるとは見ているだろうよ。でなければ馬車を盗聴しようだなんて思うまい」
「じゃが、これではどちらが正解だったかわからなくなるのう」
エミリアが言いたいことも理解はできた。
素直にノウレジア王国執政府へ直接働きかければ済んだのではと考えるのが一般的だが、それはそれで俺たちの立場としてあまりよろしくはない。
「どちらがマシかという話だがこちらでよかったと思う。“あの件”以降、俺たちも睨まれてはいるだろうからな。そんな状態で下手に動いてみろ。今朝方の第三王子といい、ここぞとばかりに面倒ごとが一斉に動き出すぞ」
言ってしまえば、これこそが本来頼るべきノウレジア執政府へ接触しなかった理由だ。
すこし前にこの国へやって来たオウレリアの公女とバルベニアの男爵令嬢が揃って生物災害の報を持っていけば「どうしてお前らが?」と警戒されるに決まっている。
しかも、この二人は学園襲撃時に意識を保った状態で救出されている上に、私兵ともいえる護衛を緊急事態とはいえ無断で学園に立ち入らせているのだ。
こんな“前科”があっては、生物災害に直接的な関係がなくとも疑ってくれと言っているようなものだろう。
ノウレジアが諸国の貴族子弟を受け入れている以上、国家の安定のために疑いが向けられるであろうし、行動を阻害される可能性も高い。
虎穴に入らずんば……と故事には言うが、特定の人物とそれなりの関係がない状態で飛び込むには危うすぎる。
危険を冒すのにもそれなりの根拠は必要なのだ。
「まぁ、ここまで面子を潰されたんだ、ギルドも重い腰を上げざるを得ないさ」
今は自分たちの選択肢が最善ではないとしても次善くらいにきてくれていることを祈るしかない。
「依頼によって発見からの動員じゃな。素直にいくと考えるのは楽観的じゃろうか」
「わからん。だが、あれで動かなければここの冒険者ギルドも長くはない。そうなったら、ハンナかイレーヌのツテで他のギルドに鞍替えすることも考えるかだな」
始まる前から気に病むのではいたずらに精神力を消耗するだけだ。
わざとらしいとは思いつつ、俺はあえておどけて見せる。
「そうなれば、さぞや恨まれることじゃろうな」
エミリアもこちらの内心が伝わったのか、それ以上話を掘り下げようとはせずに俺の思惑に乗ってきた。
「それは仕方ない。世の中には合う人間もいれば合わない人間もいるからな。だが、これで上手くいけば落とし所も作れると思うぞ?」
「それは?」
リズも迫り来る事態への不安を押し殺すように話へと入ってくる。
戦うことに変わりはなく、先か後の差でしかないとリズは理解していた。
生物災害をノウレジアで止められなければ、それはいずれオウレリアにも波及する。
そして、自分自身で決めた覚悟と向き合うように、その瞳には不退転の想いが揺れていた。
いい目をしている。こりゃますます死なせるわけにはいかないな……。
「最後はオウレリア支部の依頼に基づいたことにすればいい。いささか
あえて言葉にすることで、リズの表情がわずかではあるが和らいでいく。
「強弁もいい所じゃな。じゃが、勝ちすぎないことを選ぶのか」
エミリアもそれを見て表情を崩す。
「まぁ、こんなものは生き残ってから心配するべき類だがな……」
「後の楽しみとしてとっておくのも必要だよ、ジュウベエ殿」
俺の言葉を受けたリズは吹っ切れたように笑みを浮かべる。
「そうだな。……あの支部長は更迭されるかもしれんが、ギルドそのものに恩は売れる。振り上げた拳を振り下ろす先がないんじゃ、ただ恨みを買うだけで終わってしまうからな」
「たしかに。わたしたちが目立ちすぎて、最終的にオウレリア支部経由でサボタージュを起こされても困るものな。ギルドの功績として必要以上には表に出ないことも可能ということか」
「そういうこと。それで、ここまで付き合ったんだ、協力はしてくれるんだろう? 真祖のお姫さま?」
恭しく手を差し出すとエミリアも笑みを深めて手を差し出してくる。
「無論。そも話を持ち込んだのも妾であるしのう。ヤツの手に落ちたバルベニアが、この機に乗じて動かないとも限らぬ。しかし、ユキムラ殿。そなたがいかに一騎当千の
俺を正面から見据える深紅の瞳はどこか挑発的にも見える。
圧倒的な災厄を前に異国の侍がなにを選ぶのか、それを見定めるようでもあった。
「死ぬことを恐れていては何もできんよ。だが、死ぬために戦うわけじゃない。戦って勝てばいい。死なんてものは、負けた時についてくるだけの取るに足らぬものだ」
剣を振るうことに迷いなどない。
すでに幾度となく――――俺は死に損なっている。
「ふふふ。そなた、どこまでも《死に狂い》の侍なのじゃな。いやはや、とんでもない世界に目覚めてしまったものじゃ」
エミリアは笑う。
理の外にいる《真祖》であっても容易には理解することのできない死に狂った男を、すこしでも理解しようとするかのように。
「退屈する心配なんてない。楽しい世界だろう?」
「ははは、実にジュウベエ殿らしいな。だが、だからこそ共に在り戦いたいと思えるよ」
リズもまた笑う。
彼女の定めた道へと踏み出すために。
今は遠い背中に追いつくために。
「ついて来れるか? なんて訊きはしない。しっかりついて来い」
戦いの前とは思えない空気が流れていた。
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