第130話 切り札はとっとと切ってナンボ


「たしかに、生物災害ともなれば間違いなく早急な対応が求められる事態です」


 無意識の反応だろうが、リズの視線が態度を変えたかに見えたモルガンへと向けられる。


「――――が、それは真実である場合です」


 一瞬の間を置いて告げられる言葉。

 モルガンは勿体ぶった物言いでリズが一瞬抱いた期待を粉砕してのけた。


「……つまり、今回のこれは誤報であると?」


「いえ。ただ、その可能性もあるのではと申し上げているだけです」


 言葉の端がわずかに震えるリズの言葉を受けても、このギルド支部で最大の権限を持つモルガンの表情ははっきりとしない。


「おっしゃることは理解で済ます。しかし、それで手遅れになっては意味がないでしょう」


 苛立ち気味に明確な回答を寄こせと言いたげなリズだが、やはりモルガンがそれに対して反応を示すことはない。


「それは当然です。ですが、我々にも様々な事情があります。ギルドがこの大陸で長年に渡り高い独立性を保つことができているのは、我らが担う役割も多分にありますが――――」


「むしろ諸国家に対しての干渉を可能なかぎり控えてきたことのほうが大きいと言いたいんだろう?」


 ここから先へと切り込むには、いささかリズには荷が重いと判断した俺が代わりに口を開く。


「――――あなたは?」


 一瞬表情に出かかった反応を覆い隠そうとするかのように、モルガンはこちらへと視線を向けた。

 こちらの指摘を受けた中年男の表情に大きな変化はないものの、双眸にはいつの間にか鋭利な輝きが宿っている。

 まるで銀貨のような瞳であった。


「これは失礼を。護衛の立場であるがゆえに申し遅れたが、拙者はジュウベエ・ヤギュウと申す者。縁あってリーゼロッテ殿の護衛を務めている」


「……そうですか。しかし、ただの護衛に過ぎない方が雇い主を越えて口を挟まれるのはあまり感心しませんね」


 銀の瞳がこちらを射抜くように向けられる。

 しかし、このような程度の低い皮肉じみた反論に用はない。


「問題ありません。わたしは彼にそれなりの権限を与えています」


「――――だそうだ。さて、冒険者ギルドが今の地位にあるのは、たしかに各国の手が回らない需要を抑えた成果もあるだろう」


 リズが発言を許可したことで、俺はモルガンの視線と言葉を意に介さずに続けていく。

 そんな態度に苛立ちを覚えたのか、リズを相手に優位に立っていた男の顔がわずかに歪む。


「だが、それはあくまでも結果的にそう見えるだけだ。実際にはギルドの果たす役割を急速に大きくしたことで、誰も手を出すことができない睨み合いにも等しい状態を作り上げたのがすべてだろう。干渉を招かないために自分たちも干渉を行わない――――なんとも消極的な姿勢だ」 


 どうして俺にここまでの分析が短時間でできたのか。

 それは八洲にもすこし前までは高い独立性を有する傭兵集団が存在していたためだ。


 彼らは多くの戦いで様々な勢力を渡り歩きながら名を売ってきた凄腕の傭兵であり、上條幕府の権威が失墜し群雄割拠状態となった八洲では、彼らと真正面から事を構えようとする――――いや、できるだけの力を持つ者は長らく存在していなかった。

 しかし、ある勢力に肩入れをし過ぎたことで敵対者であった覇王の怒りを買い、彼の天下統一の戦略の中で最高の時期に今までの恨みとばかりに容赦なく滅ぼされていた。


 必ずしもその傭兵集団と同一視すべきではなかろうが、俺からすればこの大陸の冒険者ギルドは、特定の勢力が自分たちを潰せる規模にまで肥大化しないよう絶妙な調整を行っている組織だった。

 下手に恨みを買わないよう国家の小間使いのような役割に甘んじつつ、国家間の揉め事には関与せず、過度な主張もしない。

 強いて言うならば、“あえて便利屋的な存在に見られることを選択した傭兵集団”と呼ぶべきだろうか。


「生物災害に単体で対処できればギルドの名声は上がり、ノウレジアに対する発言力も増すことができるだろうが……」


 これだけを聞けば、冒険者を動員するだけなのでひどく簡単に思える。


「しかし、そのために警戒宣言を発令し動員をかけてしまえば消化できる依頼は激減する。くわえて、抱えている冒険者を大量に喪失する可能性も否定できない。その機に乗じた他のギルドの攻勢もを気になるところだろうな」


 俺の言葉にモルガンの瞳から余裕が完全に消滅した。


 もし生物災害によって冒険者の喪失を招けば、不足した人員を諸国から回してもらう必要が生じ、ギルドの役目を円滑に回すための人手が足りなくなる。

 これでは大陸におけるギルドの地位の低下にまで発展しかねない。


 さらにそうなった場合、役割の被る存在の窮地を他の商業ギルドや傭兵ギルドが見逃してくれるだろうか?

 さすがにそれは楽観的な思考といえよう。


 大陸の長い歴史から見れば新参ともいえる冒険者ギルドを、その他の組織は常日頃から疎ましく思っていたのだ。

 ここぞとばかりに構成員ぼうけんしゃの引き抜きなどを行い、冒険者ギルドの地位を低下させようと仕掛けてくるのは明白だ。


「かといって、動員数や被害を減らすべくノウレジアに兵力の動員を要請するとなれば、対魔族戦線以外から拠出しなければならず国に大きな借りができてしまう。しかも、他国からもたらされた情報が根拠になるんだ。この国の連中はいい顔をしないだろうな」


 結局、ここで国の思惑が絡んでくる。


 ノウレジアにとってバルベニアは仮想敵のひとつでもある。

 先の学園襲撃事件でも周辺国の暗躍を警戒しているフシがあったのだ。

 そんな中で特定の国に肩入れしていると取られかねない行動をするのは、ギルドの立場を危うくしかねない。


「その上でノウレジア軍が動かなかった場合はさらに厄介だ。なにもなければギルドは誤報を上げたと面子を潰すことになるし、もし生物災害が現実のものであっても、いよいよとなればノウレジアは「生物災害の報せが上がってきていない。これはギルドの怠慢だ」と切って捨ててくるだろう」


「そのような――――」


「それでも冒険者ギルドがノウレジアから出ていくことはできない。他のギルドを押しのけて各国に食い込んでいなければいけない理由があるからな」


 なんとか反論を挟もうとモルガンが口を開こうとするが、そうはさせない。

 ここでいつまでも中身のないお題目ばかりを聞いているヒマなどないからだ。


「なんとも大層な理由をお持ちのようだな、モルガン殿」


「……誤解があるようですが、必要と判断すれば介入はします。しかしながら、ギルドは国家を除けば人類最大の組織です。大陸の安定を考慮すれば安易な行動はできません。すくなくともこの場で結論など出せるはずもありません」


 冷ややかなリズの言葉を受けて苦し気に呻くモルガンの背後には、国家には及ばないものの巨大な権力の姿が垣間見えた。


 ほんの少し前までならば、冒険者ギルドがまるで大陸の陰で暗躍する組織のようにも聞こえたかもしれない。


 だが、実際には不安定な土台の上に存在しているようなものだ。

 今回の生物災害のような事態が発生してしまえば、ギルドにできることなど途端に限られてしまう。


 それでも、彼らは既得権益を失うことへの忌避感から果断な行動をとることができないでいる。


「それはギルドの地位低下を恐れた保身の行動であって、介入が必要と判断する頃にはもう手遅れだろうが」


 それなりの理屈を並べてはいるが、結局はギルドの利益でしか動くつもりはない。


 実際、彼らとしても身動きが取れない状況であることは俺も理解してはいる。

 オルソリア帝国にある本部にどうするべきか指示を仰ぐには、ネタがネタだけに時間が足りなすぎるのだ。

 現場責任者モルガンとしては、「よくもこんな厄ネタを持ち込みやがって!」と俺たちを罵倒したいくらいの気持ちだろう。


「……それほどまでにギルドが対応しろと申されるのであれば、あなたが西方に出向いて生物災害の実態を把握して来ればよろしい。それで確認ができたならばすぐにでも動いて差し上げましょう」


 彼の内心を裏付けるように、半ばやけくその発言が漏れ出てきた。

 


 絶対とは言い切れないが、多くの人間は反論を封じられた状態で真正面からなじられ続ければどこかで我慢の限界を迎える。

 この時点でモルガンの感情は相当に掻き乱されているらしく、自分の発言が無茶苦茶であることに気付いている様子はない。


「残念ですが、それはできかねます。彼はわたしの護衛を務めるだけでなく、二級冒険者でもありますから」


「――――なっ!? この男が、二級冒険者!?」


「ええ。私兵であるならおっしゃるようにもできましょうが、そもそもあなたがたは部外者の意見を信じることができますか? それに、護衛についても冒険者ギルドを通した依頼です。そこから離脱して西方へ出向けなどとは……ギルド自ら冒険者の在り方を否定されるおつもりでしょうか」


 頃合いを絶妙に見計らってリズから発せられた指摘にモルガンは驚愕を浮かべる。


 だが、ある意味では無理もないことだった。

 ただの私的な護衛と思っていた人間が、実は冒険者ギルドに登録していて依頼を遂行している最中と知らされたのだから。

 

 実際、俺が二級冒険者になったのはオウレリア公国での功績によるもので、昇格もそちらのギルド支部で行われている。

 また、同じくリズの護衛依頼にしてもそちらで出されており、それがそのままノウレジアでも継続されているだけだ。


 さらに移籍の際に行われたのも事務的な手続きのみ。

 二級冒険者では支部長が直接会うような機会もないらしく、そのせいでモルガンは俺のことをなにも知らなかったのだ。

 俺の顔を見ても何の反応もなかった時点でもしやとは思っていたが、まさかこうも簡単に進むとは思っていなかった。


「こちらの事情を暴き立てて、我々にどうしろとおっしゃるのですか……」


「いえ、暴くなど滅相もございません。ただ、ギルドの事情はよく理解できました」


 そしてこの期に及んでもモルガンは気付いていない。

 自分自身で他国の公女リズに対して最大の言質を与えてしまったことに。


「確固たる証拠が必要であるなら、わたしから数名の冒険者に対して西方調査の依頼を出しましょう。これで生物災害の発生が確認されたなら、ギルドは冒険者の動員とノウレジア執政府への援軍要請が可能になりますでしょう? それと――――」


 続く言葉を放つため、リズは一旦言葉を切る。

 逆転した立場に押し黙ってしまったモルガンにより、部屋に久方ぶりの静寂が訪れた。


「同時に、。これは自衛のためとご理解ください」


 凛とした声を以てリズは宣言を下す。


 あくまでも結果論にすぎないが、この時の選択により、冒険者ギルドは近年で最大の機会を逃すことになるのだった。


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