第115話 何事も暴力で解決するのが
「……さて、エミリア殿。わたしの勘違いでなければ、朝方にあのままお帰りになられなかったのは、なにか我々に話があってのことだと思うが」
笑いに包まれた場の空気がややおさまったところで、リズは小さく息を吐き出して気持ちを切り替え、エミリアに向けて問いかける。
その問いが幾ばくか遠慮がちに感じられたのは、人間と《真祖》の思考形態が同じと決めつけるのは早計と判断してのことであろう。
人間社会の中で、一定期間潜伏しても違和感を持たれなかったのだからある程度は大丈夫なのだろうが、それでも配慮を欠かさないのはリズのいいところだと思う。
なんだかんだとリズにも複雑な想いはあるのだろうが、それでも共に死線を潜り抜けた間柄ということでエミリアのことを憎からず思っているのだ。
「……いやはや、聡明であられるのう、リーゼロッテ様は。おっしゃられる通り、話しておきたいことがある」
「よもや、それはバルベニアのことだろうか?」
「左様」
エミリアは小さく頷いた。
「その件については聞き及んでいるが、現状こちらからできることは……」
意外にも、リズは早々に断ろうとした。
しかし、よくよく考えれば理解もできる。
内容が内容だ。いたずらに話を引っ張っては申し訳ないとの思いからだろう。
実際、公女でしかないリズの立場からすれば、他国が絡む時点で彼女に決断できることではない。
「それは承知の上で申しておるよ」
対するエミリアは動じなかった。
リズからのけして色好いとはいえない返事を受けても、エミリアの表情はまるで変わってはいない。
ここまでは予測済みということだろうか。
「これは、あくまでもこの大陸に対する忠告とでも思ってもらえればよい」
エミリアの言葉を受け、リズもそれならばと話を聞く姿勢をとる。
「あの国が“ヤツ”の手に落ちたと判断できる以上、今後なんらかの行動を起こすであろう。世情はどうであれ、これは良い事態とは言えぬ。魔王討伐に軍事力の多くを割いている諸国家が、それに対応できるじゃろうか?」
ここまでを語った時点で、エミリアは応接椅子に背中を預けた。
自身に関係することでありこれ以上は客観性を欠くと判断したのか、情報こそ与えはするものの最終的な判断はこちらに委ねるつもりらしい。
「なるほどな……。言わんとするところは理解した。つまり、そちらが切れる札の中で、“もっとも影響力があるところ”を動かしたいわけだな?」
俺がそこで会話をリズから引き継いで述べていく。
「……ユキムラ殿には隠しごとはできぬな。さすがは先代――――」
「止せ、世辞は要らん」
エミリアの言葉を軽く手を掲げて遮る。
彼女の内に宿る狂四郎の記憶が表に出たゆえの言葉なのだろうが、エミリアは失言と気付き口を閉ざす。
「……続けるぞ」
一呼吸おいて俺は気持ちを静める。
「いずれにせよ、今の時点では脅威になるからと言って、公国を煽って戦いをけしかけるわけにはいくまい。どうしてもやるというなら水面下――――それこそ、こちらから向こうに乗り込むかくらいだが……」
好き勝手に喋ってはいるが、あくまでもこの場での最終的な決定権は準雇い主であるリズにある。
俺も今は護衛として一歩引き、考え得る対策を列挙していくしかない。
「いや、他国に乗り込むとかさらりと言わないでほしいのだが……」
私見が大いに混ぜられた俺の意見に突っ込みを入れるリズの表情は引きつっていた。
だが、俺の視点で語るなら、こちらが取るべき選択はふたつしかない。
今しがた否定はしたが、方々に根回しをしてバルベニアを相手に皆で戦を起こす。 あるいは、俺たちの規模で国を相手に大立ち回りをするか。
今の時点で旗幟を鮮明にする必要はないが、《
「現に一度刃を交えている以上、俺たちが連中の排除対象に入っていないと考えるのは楽観的にすぎる。事情を知らなかったとはいえ、先般バルベニアの貴族らしき者からの接触もあったからな」
ゆえに、なにもしない、あるいは安全圏に避難するという選択は存在し得ない。
それでは事態の悪化を放置することになり、より大きな災厄を招くことになる。
もちろん、先に挙げたふたつの選択肢にも問題はある。
今まで限りなく個人に近い存在を相手として死合ってきたように、敵を斬ったらそれでおしまいとはいかないということだ。
こちらが手を割くことで生じる諸々を考えるなら間違いなく前者を選ぶべきだが、それではあまりにも時間がかかってしまい、状況の悪化を招きかねない。
先ほどエミリアが語ったように、魔王軍への対処に割いた人類圏の兵力をどうやって差し向けるかでも周辺国の間で紛糾するのは目に見えているからだ。
当然ながら、その動きはバルベニアにも伝わり、彼らの警戒を強めることになるだろう。
結局、行きつく先は十中八九――――
「たしかに、難しいところですね」
神妙な顔でつぶやきを漏らす征十郎の言葉を受け、リズは他にも理解者がいたかと期待の視線を向ける。
「まぁ、全軍を相手にするのでもなければ戦いの面では心配も要らないでしょう。兄者なら
「そういう心配をしているわけじゃないんだが……!」
期待を一瞬で裏切られたリズは頭を抱え出した。
征十郎の行動原理を考えれば、ここで常識的な意見を期待する時点で間違いだと言わざるを得ない。
なにしろ、この男も十二分なまでに八洲武士に流れる“死に狂い”としての素質を持っているのだから。
「連中があのように国を動かしたということは、すでに中枢は《真祖》の支配下におかれていると見ていいでしょう」
「まぁ、妥当だな」
続けて発言してよいか許可を求める征十郎の視線に、俺は同意の言葉で先を促す。
「こうなると手を出す行為自体に
まさしく懸念している通りであった。
「統治者不在なんて内乱を起こしてくれと言っているようなものだし、それを見た周辺国が手を伸ばさないとも限らない。安易に動けない理由としては十分でしょう」
思考に多少の偏りこそあるものの、征十郎の推察は的を射ているといえる。
いかに魔王軍との間に展開されている戦線があるとはいえ、ここで上手く立ち回れば一国の領土を得られるのだ。
そんな機会を周辺国がみすみす逃すわけがない。
これを好機とばかりに「魔王軍に侵透された国家を奪還し、人類圏の防衛を盤石の物とする」くらいの大義名分をでっち上げて軍を動員するくらいはやってのけるだろう。
「なるほどのう……。であれば、父上に頼むべきか。妾としても、無用な争いが発生することは避けたい。国内の手が及んでいない貴族を糾合すれば多少はマシになろう」
それならばとエミリアが小さく手を挙げて案を出す。
「それは……」
エミリアの発言に全員から視線が集まる。
どのようにして身元不詳のエミリアが学園に入学できたのか、その手法は今の今まで後回しにしていた。
だが、やはり問わねばならないのだろうか。
「……心配は無用じゃ。《真祖》の力――――
両手を掲げて答えたエミリアの言葉を受け、部屋の中の空気が幾分か和らぐ。
幸いなことに、俺たちの懸念は杞憂に終わってくれた。
「辺境に近い男爵家じゃ。ひとりばかり庶子の扱いで迎え入れようと、これといった問題はなかったようじゃな。無論、使用人には余計な厄介事を避けるべく、“父上”に了解を取った上で魅了をかけさせてもらったがのう」
「そこは仕方あるまい。エミリアの存在が漏れてしまうのは、あちらを警戒させることにも繋がってくる」
それこそ不可抗力というものだろう。
情報の漏洩を避けるためであれば、そこは一番気にしなくてはいけない部分だ。
外部と接触する可能性があり、そして男爵家に責任を負わない立場なため利用されると非常に厄介なのだ。
「ヤツらの口ぶりでは、妾のことも探してはおるようじゃがな」
エミリアは苦い表情を浮かべた。
やはり、あの時 《眷属》に後れを取ったことが未だに記憶から離れないのだろう。
「いずれにせよ、書を送ることはできよう。勝手な申し出とは重々承知しておるが、事が災厄とならぬようリーゼロッテ様にも動いていただきたいのじゃ」
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