第109話 後始末りぽーと②


 実際のところ、後始末はエミリアの言う通り非常に面倒なものとなった。


 シュヴァルツたちとの戦いを終えたまではよかったものの、リズと征十郎はそれぞれ負傷していたし、事件の鍵となるエミリアは気絶。

 挙句の果てには、学園の人間まで近くでひっくり返ったままでいるのだから非常に悩ましいところだった。


 一旦俺が上に戻って状況説明するべきかと真剣に考え始めたところで、ようやく学園の教師陣が組んだ救助隊が押っ取り刀で駆けつけてきた。


 状況はまるで掴めていない様子であったが、途中で“気絶していた”生徒たちは彼らによってすでに運び出されていたようで、最深部にいた俺たちが最後の救助対象となっていたようだ。


 そして、ここからがある意味では本番だった。


「連中が灰になって迷宮に吸収されてしまったのが最悪だった。その上でわたしたちだけ意識があったんだ、どう見ても怪しかったと思う。まぁ、そのぶん必死で状況説明するしかなかったんだが……」


 それまで会話を俺に任せて黙っていたリズが、大きな溜め息を吐き出して答える。

 謎の襲撃を受けて死ぬ気で戦ったのに、自分が犯人扱いされれば堪ったものではない。

 理屈ではわかっても、感情で納得しきれない部分があるのだろう。


「当然、なんで俺たちがあそこにいたのかって話にもなるしな」


 意識を保った状態で救助された人間が三人しかいなかったことに加え、その一人は他国の公女であり、残る二人も本来その場にはいないはずの公国関係者といえる存在だった。

 さらに悪いことに、その他の気絶していた学生や教師たちは


 こうなると、当然ながら話はややこしくなっていく。


 このままではあらぬ疑いを向けられると判断した俺は仕方がないと判断。一計を巡らせることにした。


「じゃが、ヤツらのことを話してはいないのじゃろう? 妾が今朝がた訪ねてきた教員に訊かれたのも、当時のことを覚えているかどうかだけじゃった」


 そのあたりを詳しく知りたいのか、わずかに身を乗り出してくるエミリア。

 リズも視線で俺に続きを促す。


「そこは大事だからな。ちゃんと考えたさ」


 途中で倒れていた学生たちの記憶が抜け落ちている原因が、シュヴァルツの持つ魔眼によるものだとは気付いていた。


 だが、俺の判断だけでそれを語るには内容があまりにも重い上、その他の情報もまるで足りてはいない。

 これがオウレリア公国内での出来事ならそれでもかまわない。

 リズは公女だし、大公トップであるエーベルハルトともそれなりの関係が構築できている。


 しかし、あくまでも余所者でしかない異国の地で中途半端なことをすれば、より大きな災いを招くことになるのは明らかだった。


 それがゆえに、俺は《真祖》を巡る一切の事柄について口に出さないことを選んだ。


「そもそも、《眷族》とはいえ伝説クラスの吸血鬼が出たなんて、馬鹿正直に言えるわけがあるか。一笑に付される可能性も高いが、仮に信じてくれた日には大陸を巻き込んだ大混乱になるし、それを倒したなんて話もまた別の厄介事を呼び込むだけだ」


「では、尚のこと気になるのう。如何様にして切り抜けたかが」


 興味が先行しているものの、同時に疑問も混ざった表情を浮かべているエミリア。

 今の時点で彼女には切り抜ける案が思い浮かばなかったのだろう。


「そう難しい話じゃない。


「“事故”、とな?」


「ああ。迷宮には罠があるだろう?」


「常識ともいうべきことじゃな」


 早く話せといった声色で語るエミリア。

 こういう遠慮のない部分を見ると、まるで狂四郎が鍔を鳴らしているかのようだ。


「いささか強引に思えても、作動した罠による有害な気体ガスによる昏倒とすれば絶対にあり得ない話ではない。もちろん、裏ではシュヴァルツたちをチンケなコソ泥にした上で、哀れな学生にも責任をひっ被ってもらったが」


 結論から言えば、今回の件は“事故”で片付けさせた。


 シュヴァルツの目的が何であったかは未だエミリアから聞いていないためわからないが、少なくとも学園の生徒に問題となるような被害は出ていない。

 つまり、“それなりの理由”がでっち上げられれば、大きな損をする人間はほぼいないということなのだ。


「元々、俺たちが連中を追っていたのは事実だからな。それを利用しない手はなかった」


 色街に怪しげな薬をバラ撒いていた連中を追っていた俺たちは、その残党が薬に手を出した学生を利用して学園の地下迷宮へと逃げ込んだのを察知。

 そして、追跡を避けようと罠を作動させて地下へ地下へと逃げるそいつらを追いかけて、俺たちは地下迷宮に踏み込み、学生を人質に取ろうとしていたそいつらを排除した。


 自分で考えてもちょっと無理があるとは思うものの、それでも完全な嘘ではなく真実を多分に含ませたことが、結果として話の信憑性を高めることに寄与したのだ。


「なるほど……。たしかに、その筋書きなら被害は一番小さくて済むじゃろうな」


 俺から説明を聞いたエミリアはしみじみとした表情で頷いた。


 尚、シュヴァルツたちを引き入れた生徒に関しては、危険人物を学園の敷地内に引き入れたことと、巷で噂になっている危険薬物に手を出していたことにより、近いうちに素行不良を名目として相応の処分が下されることだろう。

 罪をなすりつけたわけでもなく、事実からすればむしろ軽くなっているくらいだ。感謝してもらってもいい。


「まぁ、気の毒ではあるが、報いは受けてもらわねばなるまい。ひとりの間抜けがいたおかげで、俺も早く帰ることができた」


「本音が漏れておるぞ」


 エミリアがわずかに眉を顰めて苦言を呈するが、正直顔も知らない相手ガキがどうなろうと心が痛むこともない。


「正直なのが取り得でね」


「ふふ、正直者はこのような筋書きを考えつきはせぬよ」


 笑いながらエミリアが言う。

 ごもっともな意見である。


「まぁ、それに乗っかる連中もいたわけだからな。そう考えれば、世の中ってのはよくできているもんだよ」


 学園としては警備をすり抜けて侵入されたことを公にされたくないため、俺たちから事情を聞くだけ聞くと他の学生たちが意識を取り戻すのを待って解放してくれた。

 リズはともかく、俺たちだけはしばらく拘束されることも覚悟していたため、正直この結果は拍子抜けだった。


 まぁ、事実を表沙汰にできない以上、関係者とは言いがたい俺や征十郎の存在が、いつまでも学園内にあっては色々と困るのだろう。

 あくまでも、今回の事件は迷宮内に発生した有害な煙による昏倒事件として終わらせたいのだから。


「しかし、学園の警備体制はすこし見直させなきゃならんな。あれではいくらなんでも頼りなさすぎだ」


 とはいえ、そのおかげで第三者の目撃者はおらず、結果として学園側の面目を保ちつつも、実際は俺たちにとって都合のいいように話を進めることができたわけだ。

 バルベニアが絡んでいると思われる話も、ここで話さず公国の外交ルート経由でノウレジアに通せばいいのだ。


「事なかれ主義の弊害かの。責任を持つ者の行動としては褒められたものではないが、おかげで妾は追求をされずに済む。……ちと複雑な気分じゃの」


 多少なりとも自分が生活をしてきた場所の問題なので、エミリアとしても他人事として済ませることはできないようだ。


「まぁ、内部に強力な警備セキュリティがいるからな。そうだろう、《真祖エルダー》のお嬢さん?」


 冗談を交えつつも、俺は遠回しにエミリアがなぜ学園に入り込んでいるのかについて言及する。

 対するエミリアもそこを察したのか居住まいを正す。


「……では、今度は妾が話さなければならぬの」


 小さく息を吐き出してからエミリアは口を開いた。


「妾――――いや、はこの大陸が今のように人類と魔族が争うようになるはるか以前、この大陸を支配していた者たちのひとりじゃ」


 やはりそうか――――と、俺は予め予想の出来ていた事実にもかかわらず、内心で深く唸っていた。


 そして、俺の内心で揺らめく感情の波を余所に、エミリアはさらに言葉を続けていく。


「そして、シュヴァルツたち《眷族ミディアン》を放ったのは、おそらく我が兄ヴィンツェンツ・レヴィアン・クリムゾン。ヤツの狙いは、あの地下迷宮奥深くに封印されている《夜魔の秘宝》じゃろう」




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