第101話 剣技舞踏


 両者の歩みがいつの間にか疾走へと変わる。

 瞬く間に最高速度へ達するのと刃の間合いに突入するのは同時だった。

 放たれた二条の銀光が正面から激突。


 強烈な金属音が響き渡り、同時に激しい火花が散る。

 互いの剣圧で生じた風により、それぞれの前髪がほのかに揺れ動いた。


 ともすればそれは、久々の邂逅となった感情を刃の勢いで表現しているようにも見えた。


「おうおう、しっかり殺る気になってるじゃねぇか……!」


「ここで戦うつもりはなかったが、それでも負けるつもりはないのでな……!」


 至近距離で両者が刃越しに睨み合う。


「それにしては嬉しそう、だ!」


 示し合わせたかのように、両者は同時に刃を引いて再度接近。

 シャッテンが水平に振るう剣を長舩の刃が弾くと同時に、征十郎は半歩引き重心をわずかに移動させる。

 素早く翻った片手剣が上下の向きを変えた太刀の下段からの急襲を阻止。

 そこから斜めに振り下される征十郎の冴え光る刀身を、シャッテンの鈍色の剣が横合いから身体ごと旋回して迎撃を試みる。


 緒戦から太刀を破壊しにいくつもりか。


 シャッテンの狙いを察した俺はつい感心しそうになる。


 とかく八洲の打ち刀は刃に対して垂直方向――――ひらからの攻撃に弱い。

 元々大陸の剣と比較しても扱いが難しいとされるだけに、ひとたび使いこなせば業物でなくとも恐ろしいまでの切れ味を誇るが、そのぶん折れたり曲がったりする欠点も持ち合わせている。

 それを前回の戦い――――あの短い時間で直感的に看破したわけだ。


「だが、まだ甘い……」


 俺の口を衝いて出る言葉。

 たしかに、戦いにおいて相手の攻撃力を奪うなら、真っ先に得物を使えなくするのは間違いのない戦い方だ。

 俺や征十郎の修めた剣技にも、小手を狙い剣を握る腕そのものを無力化する技もある。

 しかし、それが通じるのは並みの相手だけだ。


 事実、征十郎に動揺はまるで見られなかった。

 素早く右手首を返して刃を水平に傾けると、武器破壊を目論んだ一撃を受け止めはせず、側面を滑らせるように相手の剣が描く軌道を変えて流す。


 刃同士の擦過音が流れる中、征十郎の口唇がわずかに歪む。


 それを受けたシャッテンは咄嗟に右手を剣の柄から離す。

 片手剣に合わせて造られた鍔の表面をまるで舐めるように通り過ぎた長舩おさふねの刀身は、直前までシャッテンの右手――――四指が存在した空間を薙いでいた。


 征十郎は一瞬で相手の攻撃を受け流したばかりか、そのままの勢いでシャッテンの利き手を破壊しようとしたのだ。


 だが、シャッテンもそれだけでは終わらない。


 反撃と奇襲の併せ技を回避したことで自由の身となった右手が、鋭い貫手となって征十郎の首元に迫る。

 更なる反撃を被せられた征十郎だが、その場から動くことなく首だけを傾けて回避。

 あくまでも牽制が目的だったのか、シャッテンは貫手を素早く戻しながら上半身を捻りこみ、左手に握られていた片手剣を横薙ぎに振るう。

 これを読んでいた征十郎は、大きく身を引いて戻って来た刃を回避。長舩で軽妙に受け流しつつ間合いを空ける。


 そこで畳みかけるように突進を仕掛けたのはシャッテンだった。


 片手剣の持つ軽さを武器として、上段から下段までを巧みに織り交ぜた嵐のような連撃が放たれる。

 対する征十郎の刀身もその動きへと合わせるように旋回し、猛攻を受け流し、あるいは刃で弾く。

 虚空に散り乱れる火花と金属音が攻防の激しさを物語るが、これはもはや常人が目で追えるものではない。


 ――――やはり剣技だけを見ても只者ではなかったか。


 シャッテンは己の腕力を速度にすべて振り分け、けっして剛力のごとき一撃を狙わないことで守りの切れ目に一手喰らわせることを狙っていた。


 しかし、かいなの素早さだけでは意味がない。


「景気の悪い一撃だ!」


 征十郎が物足りんとばかりに吼え、勢いよく前へ進み出る。

 それは攻勢に出ていたシャッテンからすれば自殺行為にしか見えなかったことだろう。


 その一瞬の動揺が、“乱れ”を呼んだ。


 精妙に見える連撃といえど、生死の遣り取りという極限の状況下では、かならずといっていいほど

 その一瞬の隙間ラグを見つけ、征十郎が振り抜いた一撃は全身全体を使った打ち込みとなった。


 咄嗟に剣を掲げて受ける中、巨大な金属が直撃したと思うような轟音が鳴り響き、火花が地下空間に散る。


「悪いが、俺の長舩は折れんし曲がらん」


 全体重の載った一撃は、軋る刃と押し返すように動き、そのまま地面を踏みしめて耐えようとするシャッテンの身体を後方へ吹き飛ばした。


 シャッテンは勢いのまま姿勢を戻しつつ後退。

 しかし、征十郎は構わず追撃を選ぶ。


 迫り来る死の気配を前に、シャッテンは左手を掲げて魔力を流し込む。


「くっ、《黒土防壁ソイルワーク》ッ……!」


 征十郎のさらなる追撃を、シャッテンは魔力で作り上げられた防壁を展開することで遮断。


「悪くない」


 ほぼ直下から高速でせり上がる奇襲じみた壁を、あらかじめ読んでいた征十郎は縁に足をかけて受け止める。

 そして、押し寄せる力に任せて空中へ打ち上げられる。


「《火槍撃フレイムランス》!」


 虚空へと踊り出ながら、後方へと体重を預けると壁の頂きを軽く蹴って回転。

 続いて放たれた炎の槍を難なく回避して、そのままふわりと地面に着地した。


「すごい……」


 背後で両者の攻防を眺めていたリズの驚きが溜め息となって漏れた。


 見る者も呼吸を忘れてしまうような――――さながら、舞のような戦いだった。


「……粗野な言動からは到底想像できないような精緻さだな」


 役目を果たし終えて崩壊していく土壁の向こう。

 そこで片手剣を構え直したシャッテンの浮かべる表情は、依然として感情の揺らめきが希薄であったが、それでもこころなしか嫌そうなものに見えた。

 双眸には氷のような殺意。

 あらためて、自身の目の前に立つ異国の剣士が、自分の得意とする戦い方ときわめて相性が悪いと理解したのだろう。


「育ちがいいものでね。――――それよりも、


 対する征十郎は、刀を軽く構えたまま剣士に向けて問いかける。

 その視線には探るような――――いや、不満を抱えているような色があった


「あくまでも人間としての技で戦おうとしているのが見え見えだ。本気でこい」


「やはり、これでは勝てないか」


「ああ、勝てない」


 小さく嘆息するシャッテンに向けて即答する不敵な表情の剣士。


「戦ったことがないからって、あまり八洲の侍を舐めるなよ?」


「なぜ、そう思う?」


 シャッテンの問いかけに征十郎は小さく鼻を鳴らす。


「“本物”と戦っていたら、今頃お前の首は繋がっていない」


 そして、征十郎が言い放った瞬間、漂う空気が突如として変質した気がした。


 粘つくような闇の気配。

 傍観者でいるはずのこちらの肌にまで、放出され始めた鬼気が刺さる。


「面白い。ならば、“あの方”より与えられし我が“外法”とくと堪能するといい」


 言葉と共にシャッテンは握る剣を自らの掌に深々と突き刺した。







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