第99話 炎を覆う影
「おおおおおおっ!!」
裂帛の気合と共にリーゼロッテが肉迫する。
かざす剣が唸りを上げてシャッテンへと強襲。対する剣士の得物が跳ねる。
互いの剣閃が空中で激突。
金属音と火花が生まれ、続いて刃同士の軋る音が地下空間へと鋭く響き渡る。
両者の剣はすぐに離れるが、その中でリーゼロッテは初撃を受け止められたことには一切構わず追撃を敢行。
振り抜かれる刃を斜めに掲げたシャッテンの刃が火花を散らして受け、そのまま下方へ流す。
剣を振り下ろした姿勢でリーゼロッテは前のめりになる。
体勢を崩したところにシャッテンが蹴りを繰り出そうと動くが、それを察知したリーゼロッテは躊躇することなく前進を選択。
「ほぅ――――」
迎撃を中断されられたシャッテンの表情に意外そうな色が一瞬だけ浮かぶ。
姫騎士から繰り出される横薙ぎの一撃を跳ね上がった刃が受け両者が空中で静止。
「
正面から相手の力に対抗するのは無謀だと判断。
リーゼロッテは鍔迫り合いの状態から体内の魔力を解放して《火葬剣》を発動する。
目の前の男が、巷に語られる吸血鬼とどう違うのかはわからないが、それでもアンデッドに対しての特効を持つ蒼炎が効かないとは考えにくかった。
「《
刀身に宿っていた炎が衝撃となって射出。
しかし、リーゼロッテの魔力の流れを瞬時に察知していたシャッテンは上半身を逸らして直撃を避ける。
青白い炎の広がりが銀髪の剣士の身体に届くよりも速く、シャッテンはその場からの撤退を選択。
後方へと旋回しながら、肉迫状態からの初見殺しを凌いだ。
「いい腕だ……」
対峙する相手の超反射を目の当たりにして戦慄を覚えるが、それでもリーゼロッテは止まらない。
――――いや、止まれない。
なにしろ、敵はあの征十郎と一度遭遇した末に引き分けている。
一切の手加減や出し惜しみは抜きに攻めねば、勝機など見えようはずもないのだ。
「まだだっ!」
叫ぶ少女からの鋭い追撃の連打を、シャッテンは後方回転で回避。
相手の見せる体術に舌を巻きながらも、リーゼロッテは攻撃を途切れさせないとばかりに突っ込んでいく。
シャッテンは回転を続けながら、最後に腕を使って跳ねるように着地。その場で剣を掲げ、伸びてきた優美な弧を描く刃を防ぐ。
ふたたび両者が斬り結ぶ中、リーゼロッテは刃を押し切ろうとするのではなく、自身の持つ魔力を《オルト・クレル》へと注ぎ込んでいく。
「《
保有する魔力のうち、少なからぬ量を必要とする大技だが、これを叩き込まねば活路など開けはしない。
先ほどまでのものとは比較にならない大規模な蒼炎が波濤となって放たれ、シャッテンの身体を消滅させんと猛威を振るう。
しかし、シャッテンは動じない。
「――――《
淡々と紡がれた言葉が発動のキーとなり、迸る蒼い業火は真下からせり上がった黒い地面と衝突。
突如として立ち塞がった障壁を前に、散らされてしまうかに見えたリーゼロッテの攻撃だが、固有魔法である蒼炎は防壁にこめられた魔力を分解しながら浸蝕するように広がっていく。
それを確認したリーゼロッテは前進から地面を蹴って一気に跳躍。
魔力が希薄になった土壁を脚部に纏わせた“
壁を蹴り破ってきたパワー系少女の姿の前に、驚異的な反射でリーゼロッテの奇襲を察知したシャッテンの刃が唸りを上げた。
横薙ぎで襲いくる一撃を、リーゼロッテはかつてないほどの集中力で前進しながら身を屈めて回避。
そのまま内股の
両者の放つ煌めく刃が地下空間の薄暗い灯りの中で何度も激突。
金属音と火花を虚空に散らしては消えていく。
その最中、わずかな隙を掴んだと判断したリーゼロッテは、刃を戻し即座に腰を落として強く踏み込む。
「「《
至近距離から迸った
空中を
繰り出したタイミングはリーゼロッテからすれば過去最高の出来。
しかし――――それをシャッテンは側面に回転して回避した。
――――こ、これを、避けるか……。
《オルト・クレル》を振り抜いた姿勢でリーゼロッテは硬直する。
「なるほど。さすがに
リーゼロッテから放たれた必殺の剣。それを正面から回避してのけたシャッテンは静かに口を開く。
「だが、それでも私には今一歩――――いや、数歩及ばない」
不意に増大した殺気。
シュヴァルツと同じ紫色の双眸には冷たい殺意が宿る。
宣告するような言葉と共にシャッテンが急接近。
それまで見せていたものとは速度がまるで違っていた。
振り下ろされる刃の重い一撃を受け止めると同時に、側面から右蹴りと左裏拳の連撃。
シャッテンとの鍔迫り合いに意識を持っていかれかけていたリーゼロッテは、それに反応するのが精一杯だった。
「くっ――――!」
急旋回で襲いかかる蹴りは回避できたものの、続いて放たれた裏拳は本当にギリギリの結果でしかなかった。
頬を掠めていく一撃を前に、リーゼロッテは肝を冷やしながら強引に上半身動かして更なる追撃に備える。
戻ってきた刃が高速で
あらかじめ動いていなければ、右半身の一部が自分の身体から離れていたかもしれない。
散らばった髪が空中に散っていくのをリーゼロッテが視界の端におさめる中、そこでシャッテンの刀身が一瞬にして翻ると、そのまま銀の輝きは雷のごとく垂直に落下。
なんという速さ……!
重心を無理矢理動かすことで刃の軌道から逃れたリーゼロッテは、間一髪でその一撃を回避。
シャッテンは素早く剣を戻して、今度は水平に振り抜く。
空を切り裂いて迫る一撃を、旋回した《オルト・クレル》が迎撃。
なんなんだ、この技量は……。
対峙する男――――シャッテンがその手に握るのは、どこにでもあるような普通の剣だ。
にもかかわらず、
慄くリーゼロッテを前に、刃を腰に溜めたシャッテンは弾かれるような動きで一気に肉迫。彼我の間合いを盗むように突き進む。
全身の力を込めて押し込まれる刃は、音の壁を突破するのではという勢いでリーゼロッテを急襲。
「なんっ――――」
高速で迸る刃を受け止めきれず、強烈な力に後方へと吹き飛ばされたリーゼロッテは壁に背中から激突。
肺の空気が絞り出され一瞬呼吸が途絶する。
「ぐあっ……!」
全身を襲った衝撃に、苦鳴を上げて地面に崩れる。
衝撃を拡散させる効果が付与された鎧を身につけていなければ、今ので気絶していたかもしれない。
だが、いかに緩和できたといえども、即座に立ちあがって反撃に移るには受けたダメージそのものが大きすぎた。
このままでは……!
「“技”を覚える段階には移っているようだが、惜しむらくはそれに身体が追い付いていない。まだまだ強くなれる素質があるようだ」
静かに歩み寄るシャッテンはリーゼロッテの技量を淡々と評する。
「強くなった貴方と剣を交わしたい気持ちもあるが、やはりここで憂いは絶っておかねばならない」
必死に立ち上がろうと身体を動かすリーゼロッテの前で、名残惜しそうに剣を掲げるシャッテン。
これで終わるわけには――――!
「それでは――――む」
突如として、シャッテンはその動きを止めた。
リーゼロッテに向けていた顔を上げると、首を動かして視線を自分たちが来た通路の方へと向ける。
それはシュヴァルツも同様であった。
二人の魔人は、先ほどまでにはない緊張感を双眸に宿らせ暗闇の奥を見据えている。
そこでリーゼロッテの耳にも、こちらに向かって疾駆してくる足音が届く。
「リズッ!」
続く叫び声を聞いた途端、リーゼロッテの胸が湧き上がるいくつもの感情によって締めつけられそうになる。
――――嘘。……いや、来てくれた!
叫びを上げて姿を現したのは、リーゼロッテが心の奥底で待ち望んでいた存在――――最強の切り札であるユキムラ・クジョウだった。
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