第88話 カットスロートアンサンブル
「征十郎。せっかくだ、今回は先にやらせてもらおうか」
それを追い越して俺は静かに前進。
「蛮族ごときが舐めやがってぇぇぇっ!!」
単独で進み出てきたことへの怒りが裂帛の気合いとなり、右手から襲いかかってくる一人の剣士。
軽く視線を向け、滑るように一歩前へと足を運ばせながら俺は狂四郎を一閃。
こちらに向けて振り下ろされる剣を追い越す速度で、空中を
胸骨の隙間を縫うように深く侵入した刃は重要器官を蹂躙。あっさり虚空へと抜け、飛散した鮮血が壁を赤く染め上げる。
そこからは乱戦だった。
こちらの隙を狙って突き出される二人目からの短槍を身体を傾けて回避。
至近距離を通過するそれを左手で掴んでこちらへと力任せに引き寄せると、短槍を握っていた男がバランスを崩す。
周囲の敵が同士討ちを避けようと動きを躊躇したところで、体勢を崩した二人目の肩越しに、こちらにもっとも近付いていた三人目へと太刀の切っ先を送り込む。
眼球に突き刺さりその後ろのある脳髄を破壊。
浅黒い肌に驚愕の表情を浮かべたまま、三人目の男は悲鳴を上げることもできず、短い痙攣と共に床へ沈んでいく。
同時に、刺さったままの太刀を引き抜きながら伸びた腕を折り曲げ、二人目の首元を挟み込むようにしてそのまま力のままに脛骨を一気にへし折る。
胸元からくぐもった苦鳴が漏れるが、それっきりだった。
目の前で崩れ落ちる屍が作った隙を縫うように、旋回した右足が手斧を持った四人目の顎を直撃し粉砕。
骨が砕け散る鈍い音を立てながら、衝撃を受け止めきれなかった身体が浮かび上がった。
白目を剥いて絶命。首の支えを失った頭部が身体を引っ張るように床へと向かって倒れていく。
不意に悪寒が背筋を走り抜ける。
着地と同時に体勢を立て直しながら、俺は引き抜いた
風切り音を上げて飛翔した刀身は、こちらに向けて
刃の突き刺さった衝撃で苦鳴と共に矢が放たれ、狙いの逸れた一撃は長槍で突き込んできた味方の背後から肺腑へと突き刺さって致命傷となる。
瞬く間に数人を潰されたことで、目に見えて乱れる敵の足並み。
それを俺は見逃さない。
「どうした、さっきまでの威勢は! 腰が引けているぞ!」
その真っただ中へと踏み込んでいく。
振り下ろしの一撃が頭部を叩き割る。
恐怖を撒き散らしながら太刀を携えた俺が前進するごとに、こちらに敵意と武器を向けていた人間の手足や頭部が切断され、その果てに命が散っていく。
そこに生命の輝きなど存在しない。
ただ暴力によって鮮血と内臓が撒き散らされ、後は死臭となって沈殿するだけだ。
「いつまでもやらせるかぁっ!!」
奥から進み出てきた巨漢が大斧を振るう。
しかし、巨大質量の振り下ろしは狂四郎の決して太くはない刀身によって弾かれ、目標を見失って床を破壊。
こちらを見下ろす巨漢の眼に驚愕が浮かぶ。
あいにくと、
必殺の一撃を逸らされガラ空きとなった巨漢の胴体部へと目がけ、俺は一気に間合いを詰めて右前蹴りを繰り出す。
重い音と共に、こちらの蹴りが板鎧を変形させながら踵近くまで埋没していく。
すぐさま足を引き戻し、苦痛に身体を折った鼻先へと容赦ない膝蹴りを撃ち込む。
こちらからの蹴りと、自分自身が反射的に動いた勢いにより強烈な打撃となって巨漢の顔面を強襲――――というよりも破壊した。
「うわ、悲惨……」
征十郎の声が後ろから響いた。
直撃を受けた巨漢は衝撃と苦痛に仰け反りながらたたらを踏むが、そこまでが彼の限界だった。
砕けた骨は鼻の形を完全に変形させており、それどころか内側へとめり込むような形となっている。
しばらく巨漢はもがいていたが、すぐに力が抜けて床へと沈んでいった。
人前に出せる顔じゃなくなってしまったが、どうやらその心配をする必要もなくなったようだ。
不意に、至近距離から膨れ上がる殺気。
その場で身体を半回転させながら、俺は横薙ぎの一撃を真後ろへと繰り出す。
空中で散る火花と金属の激突音。
絶妙な時機で奇襲を仕掛けてきた細身の男は、二本構えの短剣で俺の斬撃を受け止めたが、狂四郎の破壊力に耐えられずにヘシ折れてしまう。
しかし、そこからの反応が予想外だった。
男は即座に用をなさなくなった得物をこちらへ向けて投げ捨て、追撃を受けることを阻止。
そのまま大きく後方へと飛び退き、予備の短刀を腰の後ろから引き抜いた。
……なるほど、この中では戦い慣れているようだ。
「今の奇襲に反応されるとは、やはり一筋縄ではいかないようだな……」
対峙する男に焦りの色は見受けられなかった。
得物を破壊されたというのに男の声には余裕すら存在している。
むしろ、短剣がどうなろうともそれは
「悪くない速度だったが、当たらなければどうということはない。……それとも、このまま準備運動で終わらせるつもりか?」
「舐めた口もそれまでだ。俺を今までの連中と同じに思わないことだ……!」
そう吐き捨てるように告げた瞬間、男は両手に握った得物を投げ捨てた。
「後悔しろ、下郎」
言葉と共に、大規模な魔力の流れが発生。
そして、無手のままこちらへ向かって進み出てきた男の身体が比喩表現を抜きにして大きく膨れ上がる。
身を包む衣服が肉体の膨張に耐え切れなくなって弾け飛ぶ中、下から現れた肌を灰色の体毛が覆い、それが二メルテンを超える全身へと広がっていく。
同時に骨格までもが凄まじい速さで大きく変形していき、ついには頭部の鼻先が前方に突き出て人間の面影が消失した。
「すでに後悔したくなってるけどな。……見た目のひどさが」
目の前に現れたのは部分部分の特徴を見れば狼のようにも見えるが、微妙にそれとは異なる存在。
二足歩行の巨狼――――
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