第83話 鮮烈なる火花


 矢のような突進を見せた征十郎。

 その手に握られた《尾前長舩光匡びぜんおさふねみつただ》の刃が、いかずちのように落下。


 ――――激突音。


 一撃目から首を狩るつもりで放たれた刃は、空中で止められていた。


「普通なら、今ので首が飛んでるんだがな」


 わずかな悔しさの滲む征十郎の声。

 だが、それを上回る喜悦の色がそこにはあった。


「なんとも……まるで狂戦士バーサーカーのような戦い方をするのですね」


 間近に迫る刃を見据えた銀髪の男。

 その手に握られているのは、華美な装飾もない――――それこそどこにでもありそうな片手剣だった。

 それが、あろうことか大業物である長舩の刃を正面から受け止めているのだ。


 男の顔に浮かぶのは登場時から変わらぬ涼やかな表情だが、力を抜けない状況なのは互いの間で刃が小さく震えている光景を見ればわかる。


「ついでに蛮族のようだ、とでも続けるつもりか?」


 刃を交えながら、征十郎がまさに吟遊詩人が詠う狂戦士のような獰猛さで笑う。


 しかし、対する征十郎もぶつかり合った状態から押し切れないでいた。


「まさか。戦いにおいて勝敗と生死を分けるのは貴賤じゃありません。ただ、強いかどうか――――それだけです」


 征十郎のそれとは大きく異なるが、銀髪の男も笑みを浮かべた。

 こんな気だるげな表情をしているが、コイツはコイツでおそらく楽しんでいる。


 両者の力は完全に拮抗。

 オーガの上位種を一太刀で斬り殺す征十郎の一撃を受け止めるとは、どう考えても只者ではない。


 俺自身も思わぬ腕利きとの遭遇を前にうずうずとしてくるが、ここは征十郎に出番を譲ったのだから我慢だ。


「それは俺も大いに賛同したいところだな!」


 埒が明かないと判断した征十郎は、刃を引いて突きの連打に切り替えた。


 しかし、男が呼応するように放つ突きが、それらの猛攻を全て受け止める。

 空中に咲く火花の群れと金属の噛み合う音。


 突きからの絶妙な移行で征十郎から振り下ろしが放たれるが、旋回した片手剣の刃に弾かれる。

 反撃と言わんばかりに男から斜め下から飛翔する斬撃。

 迎撃の太刀が伸び、ふたたび両者の刃が空中で激突する。


「名前くらい名乗ったらどうだ。今なら記憶の隅に置いといてやるぞ、半日くらい」


 刃の向こうで征十郎が皮肉げに唇を歪める。


「名乗るものなど持ち合わせてはいませんが――――そうですね、《シャッテン》とでもお呼びください」


 男――――シャッテンは変わらぬ表情のまま名乗る。

 自身の立ち位置を皮肉った偽名なのだろう。


 余裕を見せるシャッテンの態度に、征十郎の顔がわずかにひくつく。


「どうせなら、もう少し派手なものにしたらどうだ」


「そうですね。ですが、ここで死んでいく相手には勿体ないものでしょう?」


 そう問いかけながら、シャッテンの身体がわずかに傾いた。

 同時に右足が跳ね上がり、征十郎の脇腹へと急襲。

 予備動作がなかったにもかかわらず、一瞬で加速した鋭い蹴りは相手に回避を許さない。


「同感だ!」


 短く叫んで刃を滑らせ、耳障りな金属音を響かせながら征十郎は身体を引いてギリギリのところで蹴りを回避。

 そのまま踏み込んできたシャッテンに合わせるように、半回転した長舩おさふねが首を狙う。


 しかし、シャッテンは急制動をかけつつ、体勢を崩さぬように首を振って死の一撃を回避。

 その際、尾を引く髪の一部が至近を通過した刃によって切断される。


 はらりと宙に舞う銀の群れ。

 

 両者は間合いを空けようとはしなかった。

 ともすれば退く瞬間を狙われる危険を避け、示し合わせたかのように果敢に前へ飛び出ていく。

 入れ違いの瞬間、それぞれの武器が閃く。


 数歩分進んだところで同時に反転。武器を構える。


 シャッテンの左肩が裂けて出血。純白の肌着シャツに血が滲む。

 一方、征十郎の左頬にも刃が掠め、一筋の血が流れていた。

 

 相手に手傷を負わせたことには一切感慨が湧かぬと言わんばかりに、双方が前進。

 右手に握る剣を振るい、その度に鮮やかな火花が虚空に咲いては消えていく。


 不意の回し蹴りをシャッテンは身を屈めて回避。

 そのまま軸足を狙って剣を繰り出すが、征十郎はその場で反転しながら足を入れ替え回避しながら後ろ回し蹴りへと繋げる。


 相手の連撃を察知し、シャッテンは素早く横へ飛んで、唸りを上げて迫る踵を回避。

 床を転がりながら勢いのままに身体をたわめ、次いで地面を蹴るように前進へと切り替える。

 そして、放たれたのは足と身体と腕が見事なまでに連動した高速の刺突だった。


 ひと際大きな激突音が発生。

 シャッテンの刺突を、征十郎は掲げた太刀の鎬部分で受け止めていた。


 直後、両者が離れる。


「普通の人間なら十回は死んでるだろうに、こっちの人間にしちゃあやるもんだな」


「それはどうも」


 シャッテンは顔に微笑を張り付けて慇懃に答えるが、表情とは反して目はまるで笑ってはいなかった。

 討ち取れるつもりだったのだろう。


 そして、それは征十郎も同じに違いない。


 現時点では、両者の実力はほぼほぼ拮抗しているといえた。


「ですが、このまま戦い続けているわけにもまいりません。本当に惜しいものです。


 負け惜しみかとも思うが、男の言葉と共に妖しく輝いた紫の瞳を見てその考えは瞬時に霧散する。

 そして、不意に生じる魔力の流れ。俺の本能が警告を発する。


 コイツ、魔法使――――いや、魔法剣士か!


 魔力が充填された掌が、征十郎と俺に向けられる。


「いかん、避けろ!」


 俺の叫びを聞いた征十郎は、双方の掌から発せられた魔力の炎を纏う球体を横に跳んで回避。


「周到なことを……!」


 こちらへと向かってくるもう片方の火球を、俺は太刀を振り下ろしてそのまま真っ二つに叩き斬る。

 分かたれた熱波が俺の左右を通り過ぎるが、狂四郎の魔力干渉によって途中で消滅。


 同時に

 込められた魔力が解放されて衝撃が襲いかかってくる中、俺は両腕を交差して爆風から顔面を保護しつつも下手に動かずシャッテンの奇襲に備える。


 しかし、気配が接近してくる様子はついぞなかった。


 シャッテンは秘匿していた魔法を利用して、こちらへの牽制と退避路を確保するという一種の“逃げ技”を放ったのだ。


 俺の胸中に、若干ではあるが残念な感情が生まれる。

 ここで炎を切り裂いて襲いかかって来てくれれば、なんの憂いもなく戦えるのに――――と。


「やはり、この程度では生き残りますか……。ですが、


 広がりはじめた炎の中に消えていくシャッテンの声。


 建物の奥へとまるで意志を持っているかのように広がっていく炎。


 なるほど、このままではすぐに焼け落ちてしまうことだろう。

 ……中の人間諸共に。


「今日はこれで退きます。ですが、我々の邪魔をされるのであれば、遠からずまた会うことになるでしょう」

 

 そして、今度こそ遠退いていく声と気配。


 ほぼ同時に、俺と征十郎は建物から飛び出す。


「退き際を弁えているな……」


 周りを見渡すが、すでに撤退した後で気配を追うことも叶わなかった。


「いいんですか、あっちの男は放っておいて」


 帰ろうと歩き出す俺に、征十郎が声をかけてくる。

 あっち――――この建物の主のことを言っているのだろう。


 俺は小さく鼻を鳴らす。


「助けたところで得がない。それにあの調子じゃ、組織を立て直すだけの体力も残ってはいないだろう。なら、あとはアイツの運と気力次第だ」


 色街に流れる薬をどうにかしたいという思いは俺にもあるが、それとこの街の治安を犯罪組織に任せればいいという考えは線を結ばない。

 治安維持を名目に弱者を搾取する組織など、存在しないに越したことはないはずなのだ。


 事実、建物から火の手が上がっているというのに、場所が場所だけに未だに人の集まってくる様子はない。

 たしかに、塀に囲まれ庭付きの建物ともなれば周りへの延焼はしにくい。

 なんならこのまま燃えてしまっても構わないと思っている可能性すらある。


「なんとも冷たいことで」


 征十郎は小さく肩を竦めるが、本気でそう思っているわけではなく、さらにいえば俺に向けた言葉でもなさそうだった。


 その証拠にすぐに小走りで追いかけて来て、俺の横へと並ぶ。


「まぁ、自分の手の届く範囲――――それを見誤らないだけだ」


 夜風が肌の熱気を冷ましていく中、小さく鼻を鳴らして俺は答える。


 一度失ったからこそ、次はそれを取りこぼさないようにと願う。

 俺は英雄でもなければ、それこそ勇者でもない。

 人々を守るために剣を執ったことなどない、ただ戦場に生死を求めるだけの《死に狂い》だ。

 だからこそ、自分にできることを過信しない。


 今はリズとハンナにイレーヌ、そして征十郎。この四人が俺の人生の中心にいると言ってもいい。


「なら、それでいいんじゃないですか? 幕府の行く末だなんだって気負われていた頃よりも、今の兄者はずっと生き生きしてますからね」


 目線が隣へと動く。

 そこでは、なぜか己のことのように征十郎が嬉しそうな笑みを俺に向けていた。


 八洲にいた頃、コイツは俺を間近で長いこと見ていた人間のひとりだ。

 だからこそ、そういった違いを敏感に感じ取ってしまうのかもしれない。


「そういえば、斬った後で言うのもあれですけど、連中やはりこの国の人間じゃありませんでしたね」


 そこで征十郎は声を潜める。


「ああ、ちょっとカマかけたらいい反応をしてくれたな」


 ヤツらがこの国の人間であったなら、予想外の敵と戦い状況が不利になった際に取引のひとつくらい持ちかけてきても不思議ではない。


「まぁ、いずれにせよ俺たちには関係ない。そもそも、。 それなら、これも犯罪組織同士の抗争でしかないのさ」


 いささか屁理屈気味ではあるが、対外的にもそうにしかならない。

 仮に、今後俺たちが連中の根城を見つけ出して壊滅させても、存在しないハズの人間がいなくなっただけで実際にはなんら問題はないのだ。


「兄者はリズちゃんに雇われているでしょう? これ以上踏み込むのはまずいのでは?」


 こちらの身を案ずるような征十郎の言葉。

 こういう時だけ、コイツは“余計な”気を遣ってくるのだ。


 だからこそ、なにかと目をかけたくもなるのだが。


「なぁに、気にするな。大公閣下はこう仰られた。“任せる”ってな」


 こちらが笑って見せると、対する征十郎は呆れたような表情になる。


「言質と取ったからって、また悪い顔をしちゃって……」


「それに、別の意味で面白くなりそうだからな」


 俺はシャッテンの残した言葉を反芻する。

 さらにヤツが去り際に見せた魔法。

 それらから導き出される答えが、俺の内心に昂揚感として広がっていく。


「いずれにせよ、しばらくは退屈しないで済みそうじゃないか」


 自然と口元が歪んでいく。

 果たして、このみやこにはどれだけのモノが潜んでいるのだろうか。


 放っておいても向こうからやって来てくれるに違いない。


 久し振りに味わえそうな血の滾りと戦いへの予感。

 それが、俺の胸の奥で小さな火となって燃え始めていた。


 

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