第81話 夕闇に咲く花



 部屋を出て廊下を進んでいくと、奥の方からの階段が軋むかすかな音を鋭敏化した俺の聴覚が捉えた。

 おそらく、横を歩く征十郎も聞き逃してはいないはずだ。


 疑念が確信へと変わっていく。


 まず間違いなく、素人はこういう動きをしない。

 この様子では、門番はすでに殺られてしまっているのだろう。


「侵入されたか」


 連中としては足音を殺しているつもりなのだろうが、はっきりいって無意味でしかない。

 そもそも内部へと侵入してくる前に、威嚇のために建物周囲へこれでもかと殺気を振り撒いていたのだ。

 頭に血の上った人間が相手ならともかく、普通はこちらが飛び出してくるのを待ち構えていると考えるのが自然だろう。

 これなら堂々と侵入して来た方がよほどマシなはずだ。


「こりゃ完全に舐められてますね。下っ端を送り込んできてる」


「俺たちが、ではないけどな」


 しかし、相手が素人だけと決めてかかる慢心。

 俺たち側から見た結果論でしかないが、これでは奇襲をかけてくださいと言っているようなものだ。


 ――――まぁ、こういう時は、先に攻撃を仕掛けた方が有利だな。


 暗殺者を相手にした時は、いかに相手の調子ペースに乗せられないかが焦点となる。

 過去に八洲で経験した忍――――風眞フウマ忍軍と戦った経験から学んだものだが、これが案外役に立つ。


「待っているだけ時間の無駄だ。先に仕掛けるぞ」


 俺が小声で放った言葉を受け、こちらを見た征十郎が小さく頷いて先行。


 さてさて、帰りがあまり遅くなると、またぞろうるさ――――心配されるからな。


 早く帰りたいなと考える俺に、先を進む征十郎から開始を告げる手信号が送られてくる。

 相手の潜む場所――――階段の曲がり角で待ち構えていると見当をつけた玲瓏な剣士は、《尾前長舩光匡びぜんおさふねみつただ》を鞘から滑らせるように抜刀。

 そのまま床を蹴ってひと息に距離を稼ぐ。


 着地と同時に身体全体を使った鋭い突きを放ち、

 太刀が貫いた壁の向こう側からくぐもった呻き声。


 それを確認すると同時に、俺も床を踏みしめるようにして前進。


 踊り場へと飛び出たところで、刺客の顔面に壁から飛び出た《尾前長舩光匡》の刀身が、顔を隠した頭巾へ深々と突き刺さっている奇妙な光景が目に映る。

 潜り込んだ刃がずるりと引き抜かれ、即死した刺客の眼球が身体の痙攣に合わせるように白目を剥くと、そのまま力なく階下へと崩れ落ちていく。

 それを尻目に、俺は踏面ふみづらふちを蹴るようにして一気に途中の踊り場まで跳躍。


「なんっ!?」


 視線の向こうで息を呑むのがわかった。

 まさか壊滅寸前の組織が、このように迎え撃ってくるとは思っていなかったのだろう。


 その瞬間、こちらを向いて目を見開いていた男の喉笛へと俺の蹴込みが突き刺さるように強襲。

 喉の潰れる悲鳴を上げながら背後の壁へと押しやられ、衝撃と圧迫でついに耐え切れなくなった脛骨が鈍い音と共にヘシ折れる。


 左足刀が一人目の首筋にめり込んでいる途中で、右手の狂四郎を掲げて上段から振り下す。

 垂直に落下した刃は、すぐ近くで俺に向かって短剣を繰り出そうとしていた新手の左肩から侵入。

 そのまま鎖骨から肋骨を断ち切り、心臓ごと両断して即死に至らしめる。


「メシ時に騒がしいヤツらだな……」


 嬉々として血を吸う狂四郎を掲げ、そこから短く告げて威嚇するようにゆっくりと一歩を踏み出す。

 すると、後から続こうとしていた刺客たちが一瞬気圧されたようにたじろぐ。


「どうしたどうしたァッ! 腰が引けてるじゃねぇか!」


 その時、階上にいた征十郎が、愉しげに叫びながら手摺りを乗り越え飛び降りてくる。


 一階にいた刺客たちの注意が俺に向いていたため、それは完全なる奇襲となった。

 突然の新手に対応できず、巻き上がるのは刺客たちの怒号と悲鳴。


 そして――――夕日にも増して鮮やかな血飛沫。


戦いヤりに来たんだろ!? ホラ、かかって来いよ! 顔隠してるんだ気兼ねなく暴れたいんだろう!?」


 地表へ落ちる流星のようにはしった《尾前長舩光匡》の流麗な刃が、手近にいた刺客の左肩から右腰までを両断。

 着地の衝撃を受け流すように姿勢を低くすると、征十郎はそのまま刃を水平に回転させる。


 旋回する刃は、さながら草刈り鎌のように容赦なく敵を刈り取っていく。

 両断された胴体は上半身と下半身で分かれ、零れ落ちる内臓や鮮血を暗がりの中に撒き散らす。


 追撃のように閃く横薙ぎの一撃が首を刎ね、翻る刃が腕を切断。


 敵の真っ只中に降り立った征十郎は、相手側が混乱状態に陥っているところを狙って鬼気迫る笑みのままに太刀を振るっていく。


 対する刺客たちの動きは、完全に後手の対応となっていた。

 唯一の武器である短剣を振るうにしても、明らかに躊躇いが生まれているのが見てとれる。

 征十郎の調子に持ち込まれているのもあるが、どちらかといえば至近距離で同士討ちとなってしまわぬように戦っている感じだ。


 その格好の隙を、征十郎は見逃さない。

 己と周りに散らばる敵の位置関係を空間規模で瞬時に把握しながら、的確に相手の急所へと刃を送り込んでいく。


 やはり、以前にも増して戦い慣れている。

 自ら語ることはなかったが、征十郎は大陸に来てからかなりの修羅場を潜り抜けて来たのだろう。

 乱戦の中で、混乱状態からいち早く立ち直ることのできる“勇敢なヤツ”を見つけるのが実に上手い。


「なんで……なんでこんな化物がここにいるんだ……!」


 間近に迫る刃を前に、漏れ出る怨嗟の言葉。

 予想外の敵と遭遇したことで、刺客たちの士気はもはや崩壊しかけていた。


 正直に言って、彼我の力量差にはどうにもならない隔たりがある。


 また、彼らが用意していた得物が短剣中心であったことも大きい。

 いかに長物を振り回せない室内での戦いになるとはいえ、二尺以上の太刀を相手にするとなれば、それこそ戦場で太刀で槍を相手にするのと変わりはないのだ。


「突き崩せるかと思ったが……さすがにそうもいかないか」


 言葉が漏れる。

 戦いの終結を予感する中、それに反するように征十郎へと向かって伸びていく一筋の銀光が俺の眼に映っていた。




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