第77話 冒険者でしょでしょ


 ノウレジア北部の森に数日が経過した。


 その間のことを語ると、特にこれといったことは起こらなかった。

 朝はリズを相手に剣の稽古をつけ、彼女が学園へ出かけるのを見送った後で、征十郎と合流して北部の森に討伐へ出かけることを日課として過ごしていたくらいだ。


 ちなみに、冒険者ギルドにおける俺たちの扱いにも少なからぬ変化が表れていた。


 言うまでもない。登録して数日も経たないうちに、オーガウォーリアー数体とオーガロードを死体ごと持ち込んだためだ。

 シザークローベアだけならまだしも、あれらによって冒険者ギルドにおいて半分危険人物扱いされていた俺と征十郎は、甚だ遺憾ながら“さらに危険なヤツら”として正式な認定を受けることになった。


 もちろん、自分たちがやったことの意味はちゃんと理解しており、なにかやってしまったのだろうかなどとアホなことを言うつもりもない。


 本来であれば、準二級以上の冒険者を中心に討伐隊を編成して倒さなければいけない規模の魔物を、俺たちはたったふたりで仕留めてきたのだ。

 ギルド職員を含めて、俺たちへの見方や態度が変わるのも当然の話となる。


 先日の冒険者たちとの諍いは突発的な事態ではあったが、こちらの腕っぷしを身体に叩き込んだ上で今回のように討伐でも実績を上げてしまえば、もはや彼らは陰で罵るくらいしか叩くことができなくなったわけだ。


「あっ! ジュービーさん、セイさん! おはようございます!」


 二人揃って冒険者ギルドへと顔を出しに行けば、最初はこちらを侮っていたような連中が座っていた椅子から勢いよく立ち上がり畏怖混じりの挨拶をかけてくる。


 この反応を見るに、“得体のしれない野蛮人”から“やたら腕の立つ得体のしれない異邦人”くらいには変わったと思う。


「あぁ、おはよう」


 鷹揚に答えるが、ここでも俺の名前を正確に呼んでくる人間がいない。

 どうもジュウベエという名前は大陸の人間には相当相性の悪い名詞らしい。


 ……まぁ、そもそも偽名ではあるし、いいかげん慣れてもきたが。


「ジュービーさん! 折り入ってお願いなのですが、我々の徒党パーティーに入ってもらうことは……」


 また、このように正式な徒党を組んでいるわけでもない俺たちを、自分たちの徒党へと誘ってくるようにもなった。


 徒党パーティーというのは、俺が追い出された勇者一行……ではなく、冒険者同士が共に行動すると正式に宣誓した上でギルドへと登録した集団である。

 それぞれが異なる得意分野を持つ冒険者たちが、自分たちの足りない部分を補うことで依頼達成の成功率を上げようとするわけだ。

 魔物を狩るにしても、単独ソロであれば複数の魔物と遭遇した時の危険度は容易に数倍へ跳ね上がる。

 当然のことだが、命のやりとりにおいて一対一の状況など選べるものではないのだ。


 そう考えれば、このようになるのも当然のことだといえる。

 二級冒険者の俺、三級だが実力は二級に比肩する征十郎。金の卵を生む鶏くらいに見えてもなんら不思議ではないのだ。


「せっかく誘ってくれたのはありがたいが、ちょっと事情があってね。悪いがその申し出を受けることはできそうにない」


 冒険者たちからの申し出を俺はなるべく丁重に断る。

 急な態度の変化に俺も征十郎も思うところがないわけではないが、なにもここで自分たちから反感を買うような言動を取る必要はない。


 そもそも、俺と征十郎の戦闘手法スタイルでは彼らと歩調を合わせることが難しいし、大前提としてリズの専属護衛として雇われているため彼らと組むことはできないのだ。


「わかりました。残念ですがまた機会があれば」


 こちらが横柄な態度を取らなかったことで、彼らも必要以上に食い下がったり悪態をつくこともなく素直に引き下がってくれた。


「聞いたかよ。西の方で強力な魔物の群れが確認されたらしいぞ」

「ああ。それでバルベニア王国が軍を動員しているという話もあるな」

「軍が? そりゃちゃんと魔物討伐のためだろうな? どうにもあいつら信用できねぇ」

「わからねぇよ。魔族との戦争中に馬鹿な真似はしないだろ」

「“黒き森”から出てくる魔物が増えてるからだろ? 変な話だが……」


「そういや、悪所で血を抜かれた死体が見つかったってよ」

「おいおい、吸血鬼でも出たってのか? だったらもっと大変なことになってるだろ」

「どうせ犯罪組織の抗争を大げさに言ってるだけだって」

「娼館行きてぇなぁ……」


 依頼に出かける前の冒険者たちが交わす会話。

 歩きながら、俺はその中に有益な情報がないかと耳をそばだてる。


 ……今の時点では意味をなさないものばかりだ。

 ひとまずは断片情報として頭の中に留めておく。


 そうして冒険者たちの間を通り抜け、俺と征十郎は掲示板の前へと歩いていく。


「商人の護衛、近隣の村近くの湿地に生息する蜥蜴人リザードマンの群れの討伐……。特にめぼしい依頼もなさそうだな。……今日は帰るぞ」


 掲示板に貼り出された依頼は、正直なところ俺たちが受けるべきではない依頼ばかりだった。

 前者は割こそいいが受諾すれば数日を要する内容であるため不可能であるし、後者はどちらかといえば四級や三級になりたての後進に譲るべき依頼だ。


「そうですね、今日は俺ものんびりさせてもらいますよ。べつに金に困ってるわけでもないんだから」


「あまりハメを外し過ぎるなよ?」


 そう答えたところで、自分の発言に気付いた俺の口元は自然と苦笑の形になっていた。

 そう、まるで自分が本職の冒険者のように振舞っていることに気がついたからだ。


 征十郎の言うとおり、金がないなんてことはない。

 言ってしまえば、べつに毎日あくせく働くこともないのだ。


「なんというか、案外楽しそうにされてるじゃないですか。八洲にいた頃よりもずっと生き生きとされてますよ」


 俺の考えていることを見透かしたように征十郎が笑う。


「……俺もそう思うよ」



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