第68話 お約束すら人がやる
「うーん、冒険者ギルドはどこだったかな……。これだけ街が広いとわかりにくいもんだ」
大通りを歩きながら俺は漏らす。
あまり顔をあちらこちらに向けて田舎者扱いされたくないので、目だけをさりげなく動かすだけに留めておく。
「整然としていても、こうして歩けば遠いものだな」
傍らを歩くリズもそう答える。
ひと通りの“掃除”を終えたあたりで、残る細かい仕事はハンナとイレーヌに任せて、俺とリズは冒険者として活動の拠点を移すための手続きをしにきたのだ。
ノウレジアからリズの通学用として貸し与えられる予定の馬車は、こちらの到着が早かったせいでまだ用意されていなかった。
とはいえ、冒険者ギルドへ行くのに馬車で乗り付けるようなアホな真似をするつもりもなかったので、馬車があろうがなかろうが結局はこうして歩くことになったはずだ。
「たまにはこういうのも必要なことさ。屋敷が綺麗になってひと安心だしな」
「監視くらいはされると思っていたがな……」
案の定、客間と一番いい部屋、食堂などから音声収集の紋様が刻まれた魔石が見つかった。
これだけでは中身を分析することができないので、おそらくどこかに中継用の魔石が設置してあり、近くの建物でそれを文章なりに書き起こす人間がいるのだろう。
破壊すると角が立つので、無効化の魔力波を出す魔石を置かせてもらうことにした。
故障と思ってくれればいいし、それで忍び込んでくるようなら捕まえて便宜を図らせればいいのだ。
現時点では尾行らしき気配も感じない。
人員の手配がまだなのかどうなのかは数日もすればわかることだろう。
「……そういえば、大きな街をまともに出歩くのはこれがはじめてだな」
よくよく考えたら、オウレンブルグにいた時は依頼が連続になったせいで街中を出歩くヒマさえもなかった。
自分の意志で外に出たのなんて、暗殺者集団の根城へと殴り込みに行った時くらいじゃないだろうか。
今さらだが、せっかくなら公都の名物とかそういうものを飲み食いしたかったと少なからず悔やまれる。
「うぅっ……。あの時のことは本当にすまなかったと思って……」
どうやら、自分の中で思いあたる節はちゃんとあるらしく、犯人であるリズが言葉に詰まる。
「べつに責めてるわけじゃないさ。ちょっとからかっただけだ」
「うぅ……、ジュウベエ殿はすぐに意地悪なことをする」
リズがこちらを見て恨めしそうな表情を浮かべる。
口で言っているほどイヤそうには見えないあたり、ここで追撃に移るかどうか少々判断に悩むところだ。
……まぁ、今後に期待ということで。
「そう怒るなよ。さぁ、もう着くぞ。その学園とやらに通うにしても、この王都の周辺で動くためには、冒険者に登録しないといかんからな」
「おっと、そうだった。学園に通ってるだけでは修行もなにもできないからな」
俺の言葉を受けて、表情がころりと笑顔に変わるリズ。
べつに危険なことを進んでさせるつもりはないが、リズには剣の稽古をつける約束になっているのだ。
基本的な稽古であれば屋敷の庭でもいいのだろうが、俺の剣は基本的には実戦に則したなんでもありの戦い方だ。
ある一定の水準以上の技量になったら、魔物を相手に戦ってもらうつもりだった。
「しかし、貴族子弟同士の集まりねぇ……」
八洲という異国――――“特殊な環境”で育った俺には、同じ年代の貴族子弟を集めた教育機関というものがよくわからなかった。
もちろん、受けた説明で概要は理解している。
しかし、絶えず島国の中で飽きもせず殺し合いを繰り広げていた場所に身を置いていたのだ。
政略結婚や人質を目的とした以外で、他家の子ども同士が何かを学ぶどころか顔を合わせることなどあるはずもない。
下手に家同士の関係がこじれた日には、ちゃんと人質が返ってくればいいが最悪の場合に戻ってくるのは首から上だけだ。
「よほどの人材を抱えているわけでもなければ、王族を除いて国許で受けられる教育なんてものは知れているからな。周辺国の貴族はみんな子弟をここに送り出すのが慣例になっているらしい」
「なるほどな」
リズの解説を聞きながら俺は頷く。
「王族などになるとさすがにこちらに来るのは継承順位の低い人間だけらしいが。実際、わたしもまさか自分が来ることになるとは思ってはいなかった」
まぁ、そう考えれば、これもある意味では“八洲と同じこと”なのだろう。
聞くところによれば、ノウレジア王国は過去から続く学問の盛んな国らしい。
“学園”というのも正式名称こそ覚えていないが、なんでも国が擁する研究機関に属する人間――――貴族・平民問わず教員を務めているのだという。
研究というのは成果が出るまでに時間がかかるもので、国から補助を与えても生活していくのはなかなか大変であるらしく、その救済案として貴族子弟を相手に教鞭をとることで副収入にさせているようだ。
基本的に、平民階級を人と思っていない貴族さえもそう珍しくないこの大陸では非常に稀有な組織といえた。
もちろん、それはあくまでも側面的な部分であって、真の目的としてはそのような教育に適した国へと各国から重鎮の貴族子弟を中心として人員を集めることで、それぞれの国が迂闊なこと――――抜け駆けができないようにしているのだろう。
均衡や牽制というよりも、自分から人質を置くことで潔白を証明しようとしているようなものだ。
まぁ、跡継ぎを出さないあたりは、それもあくまで平時のみの暗黙の了解ということなのだろうが。
ついでに、鬱屈した想いなどを抱えた子どもたちを国内から遠ざけることで、余計な事をやらかさないようにしているわけでもあるようだ。
……国外でやらかしたらどうするんだと思わないでもないが。
「転入の準備は明日でいいみたいだし、まずはこちらを片付けてしまおう。夕方から稽古を始めてくれるのだろう?」
こちらの思考を余所に、リズは意気揚々と入口へ向かっていく。
面倒事に煩わされていた国許を離れての生活に、やはり齢相応に気持ちが浮足立っているのだろう。
このはしゃぎようを見れば、それはまぁ貴族子弟に学園なんてものが必要になるわけだ。
戦場に出て武功を上げるわけでもなく、思春期に悶々とした感情を抱えていられるのも、それはそれで平和な証と言えるのだろうが。
そんな中、なにやら言い争う声が俺の耳朶を打つ。
続いて鈍い音とくぐもった悲鳴。
それにはまるで気付かず、リズは中へと入っていこうとする。
「――――ちょっと待て、リズ」
俺はリズに声をかけるが、その身体が動きを止めるよりも早く肩を掴んで身体を素早くこちらに引き寄せる。
「きゃっ!?」
突然身体に触れられたことで、リズの口から可愛らしい悲鳴が漏れる。
しかし、残念なことにその声を堪能している暇はなく、俺がリズを抱き寄せたのと同時に両開きの扉が吹き飛んで巨漢の男が飛び出してきた。
地面に倒れてからもごろごろと転がったヒゲ面の巨漢は、着地の衝撃で気絶したのか白目を剥いていた。
首元に輝く三級冒険者の証が、彼を実力者であることとどうじに何者かにぶちのめされたことを知らしめていた。
俺の胸の中で首だけを動かして茫然とそれを見ているリズ。
やや遅れて、自分自身が今現在どうなっているのかを認識したその顏が急激に真っ赤なものに変わっていく。
「ジュ、ジュウベエ殿……。も、もういいだろう?」
上ずった口調でリズが俺からゆっくりと離れていく。
その際、すぐに離れようとしなかったあたりが若干ミソだと俺は思う。
しかし、その体温の余韻に浸っているヒマはなかった。
「……おいおい、先輩ヅラしやがるからいったいどれだけの
壊れた扉の向こう――――建物の中から、こちらに近付いてくる足音と共に聞くに堪えない言葉の羅列が流れてきた。
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