第65話 酒の勢い 後悔多し
「どーっこいしょ」
抱きかかえて運んできたリズを、俺はそっと部屋のベッドに寝かせようとする。
「うーん、もっと、だっこ……」
酔っ払いかつ寝惚けているリズは、言語能力が著しく低下していた。
あんな酔い方をしていた時点で薄々わかってはいたことだが、リズは自分で動くことができなく――――完全に酔いつぶれてしまったのだ。
自分が平気だからと同じようなペースで飲ませ過ぎたなと俺は少し反省する。
「おーい、離してくれないか?」
「……やだー」
しかも、リズは俺の首に回した腕を外そうとしない。
上手に引きはがそうと何度か試みたが、なかなか強固に拘束されていてこれがまた外れない。
まるで八洲に伝わる妖怪のようである。
水辺で酔ったふりをして男に介抱させ、油断したところで相手を水の中へと引き摺りこむのだが、まさに今俺はベッドの中に引きずり込まれそうになっている。
……まぁ、そんな冗談はさておきとして、リズは普段からは想像もできないくらい緩んだ顔で俺に甘えまくってきていた。
どう考えても酩酊状態なのだが、もしかするとこれが素の彼女なのかもしれない。
吐息が酒臭くなければ、もう少し色気のある展開にも見えそうなものなんだが……。
「はいはい、また今度な。さぁ、今日はもう寝たほうがいい」
子どもをあやすようにぽんぽんと背中をやさしく叩くと、酔っ払いなりに納得したのかするりと手が外れた。
しばらく様子を見ていると、その口から小さな寝息が聞こえてきた。
「はぁ、これでひと段落か」
こうなってしまうと、四人部屋が空いているというので相部屋にして正解だった。
べつに個室でも良かったんだが、四つは空いていなかったのと、俺たちがリズの護衛もかねていたので、こういう場合は対象が近くにいた方がいいと判断したからだ。
公城のように部屋付きの侍女がいるわけでもないし、ある程度気心も知れた仲となったからにはある程度は効率重視でいきたかった。
俺の采配にハンナとイレーヌがなにやら不満そうにしていたが、まだ旅の途中だぞと黙らせた。
まぁ、こうなってしまっては同じではあるが。
「ハンナ、イレーヌ。お前ら、いつまでも飲んでるつもりなんだ?」
空間収納で運んできていたそれぞれの荷物を指して、俺はハンナとイレーヌに呆れ混じりの声をかける。
「えー、もう少し飲みましょうよ~」
ハンナが唇を尖らせて不満げに言う。
部屋に備え付けられていたテーブルの上には食堂から持って来た酒瓶が数本。
これでもまだ飲み足りないとか言い出しているあたり本当に悪い酒だ。
「また今度でもいいだろう。ほら、リズを着替えさせてやってくれ。俺は外に出ているから」
リズが身に纏っていた鎧は宿に着いたところで早々に外されていたが、それでも冒険者装備のアンダーのままでは寝苦しいだろうし休養にもなりはしない。
騎士として遠征していた時分に多少の無理には慣れているかもしれないが、べつに鍛錬しているわけでもないのだ、ここでわざわざそんなことをする必要はない。
「えー、ジュウベエ様がやってあげればいいんじゃないれす? せっかくのいい機会なんれすしー」
「ここでぐっと接近しちゃうべきですよ、ジュウベエ様」
酔いに任せてなにやらこちらを煽ってくる忍娘たち。
酒がだいぶ入っているのもあるのだろうが、考えていることが見え見えだ。
俺とリズをくっつけて、公国との繋がりを強化しておきたいのだろう。
だいたい、俺にリズを運ばせたりしている時点でバレバレだ。
というかだな、仮にも俺を主人だと思っているなら、俺にやらせようとするなよ。
「あのなぁ……。仮に俺がやって、それをリズが覚えていてみろ。素面に戻った本人を宥めすかすのにどんだけ苦労すると思う?」
「えー。でも、リズだって満更でもなさそうじゃないですか」
意外と鋭い指摘だった。
たしかにハンナの言うとおり、公国を出てから、リズからのアプローチにも似た視線を時折感じるのだ。
強い相手と死合うのはいいのだが、強いアプローチを受ける場合はどうしたものかと悩んでしまう。
……剣を振るうだけですべてが片付けばいいのにと現実から逃避したくなってくる。
「そうかもしれないが、それなら尚更もう少しまともな時にしたほうがいい。酔った勢いに任せるってのは、その時はよくても後で往々にして後悔するものなんだぞ」
「うーん、ずいぶんとお言葉に説得力がありますねぇ。さすがは古都の色街で遊女を相手に浮名を流したと言われるだけのことは――――」
「おいやめろ、イレーヌ」
しれっと人の忘れたい過去を掘り返そうとするんじゃない。
というか、誰だその情報を漏らしたやつは!
「とにかく、少しの間外に出ているからな」
俺は無理矢理話を切り上げて部屋を出る。
このまま道理の通じない酔っ払い相手に会話を続けていても、藪蛇にしかなりそうになかったのだ。
寝静まった宿の廊下を音を立てないように進み、
「まだけっこう寒いな……」
吐く息がわずかに白くなる。
さすがに北方――――魔王城のあたりほどではないが、せっかく酒精で温まっていた身体が冷えていくようだ。
「こりゃ着実に逃げ場を封じ込めにこられてるな……。あのおっさんの思惑に乗せられているみたいでなんか釈然としないぞ……」
言葉と共に溜め息。より白い息が漏れたような気がした。
視線を上げて夜空に青白く輝く星々を眺めながら、俺はエーベルハルトとの会話の記憶を辿る。
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