第62話 北へ向かって
「《
鋭い叫び声と共に魔力の流れが生じ、振り抜かれた刀身から
放たれた炎は弧の形となり、敵――――戦斧を握る二.五メルテンほどのオーガウォーリアーを斬撃となって高速で強襲。
炎の斬撃は、立ちはだかる巨躯を刃のように斜めに切り裂きながら急速に傷口を炭化させ、それと共に断末魔のすさまじい絶叫が周囲に響き渡った。
生命維持のための重要器官を破壊されたことで、オーガウォーリアーの身体から力が抜け後方へと倒れていく。
地響きを上げて地面に沈む褐色の肌をした巨体。
その前にはひとりの影が立っていた。
「まったく、我が国の国境警備はなにをやっているんだ。こんなヤツらが付近の村を襲ったらひとたまりもないというのに……」
流れるような長い金色の髪に蒼い瞳を持った長身の女が、死体となったオーガウォーリアーを見ながら溜め息交じりの言葉を漏らした。
冒険者がよく使うような急所を隠す程度のどこにでもありそうな軽装鎧に身を包んでいるが、一方ひと目で業物とわかる幅広の両手剣を構えている。
その
「それが最後の一体だ。よくやった、リズ」
すでにその他の魔物を斬り終えていた俺は、リーゼロッテ――――リズにねぎらいの言葉をかける。
「いや、ハンナとイレーヌの援護があっての成果だ。わたしはトドメを刺しただけだよ」
吹き寄せる風にふわりと揺れるリズの髪。
破邪剣 《オルト・クレル》の構えを解いたリズが謙遜の言葉を述べながら倒れた死体に目を向けると、オーガウォーリアーの膝関節部分には棒手裏剣が複数本深々と突き刺さっていた。
「いえいえ、倒したのはリズの実力ですよ。わたしたちは援護しただけですから」
リズよりも色素の濃い金色の髪を、吹く風にたなびかせたイレーヌが柔らかな微笑みを浮かべて答える。
近くにいた黒髪のハンナもそれに同意するように小さく頷いた。
この二人の投擲技能によって、“冒険者殺し”と呼ばれるオーガウォーリアーはまともに動けなくなったのだ。
「そうかもしれないが……」
納得しかねる様子のリズ。
たしかに、ハンナとイレーヌ両者の援護があったからこそ、オーガウォーリアーの巨躯を支える脚部の動きを低下させて《
「まぁ、大技は実戦では使いにくいものだけどな、後衛からの援護が得られるならそれを使うことを躊躇う必要はないぞ。なんでもひとりでやろうとしないほうがいい」
援護があろうと、実際にトドメを刺したのはイレーヌの言うようにリズなのである。
戦闘の連携とはそういうもので、耐久力のある敵を相手にするのなら相手の戦闘力を削り落としてから高威力の攻撃で倒せばいいだけだ。
「ジュウベエ殿たちは普通に倒しているではないか……」
「うーん、俺たちと比較するのはどうだろうなぁ」
俺は真っ向からそのまま斬りにいくし、ハンナもイレーヌも身軽な動きで翻弄しながら短刀で急所をえぐって仕留める戦闘スタイルだ。
俺が言うのもなんだが、ハンナたちや俺と同じように戦おうとしてはいけないと思う。
自分で言っていてそれがわかったのか、リズもなんとなく理解したような表情になった。
それでも自分の実力がおよんでいない現実には納得したくない様子ではある。
これは少し稽古をつけてやるべきだろうか?
俺は思案する。
「――――それにしても妙だな」
倒れた魔物たちの死体を見ていたリズが、不意に意識を切り替えるかのようにつぶやいた。
「どうしたの?」
生き残りの魔物がいないかの確認を終えたハンナが首をかしげて訊ねる。
「いや、この魔物たちは、冒険者でも三級以上の徒党でないと狩れない強力な存在だ。本来、国境とはいえこんな場所に出るような魔物じゃない。もっと西にあるバルベニアの奥地で目撃されるはずなんだ」
かつて公国内で魔物を討伐して回っていた経験からリズは神妙な顔で語る。
言われてみればたしかに、俺がザイテンで冒険者をやっていた時にはこのような魔物の討伐依頼が出されることはなかったし、あるとしてもごくごく稀に――――しかも群れからはぐれたかなにかで、たまたまザイテンまで流れてきたような個体だった。
それが北方とはいえ、このような東の領域に出てくることには俺も違和感を覚える。
もし考えられるとすれば、そのように強力な魔物が元々の住み処にいられないほどの強力な何かが現れたか。
不意に、俺の脳裏にイルナシドの姿がよぎる。
あいつが言っていた“理の外にいる者たち”という言葉も同時に――――。
「考えても仕方がないさ。一応、次の街で公都に手紙を書いて注意だけは促しておくべきだろうが」
俺は思考に浮かび上がってきた内容を口には出さなかった。
確信もないことでむやみやたらに皆を不安とさせるべきではないだろう。
「さぁ、先に進むぞ。早めに行かないと、日が暮れるまでに国境の街に辿り着けなくなる」
口を開く俺の頬を、西からの風がそっと撫でていった。
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