第53話 開けたる幕の向こうには


「もういいだろう。


 この場にいるすべての人間の視線が集まる中、静かに発せられたエーベルハルトの言葉。

 それを合図としたかのように、今度は黒の鎧に身を包んだ騎士たちが、隠し扉と思われる場所から広間になだれ込んで来る。


「なんだ!?」


 突然のことで周囲の人間がろくに反応できないでいる中、黒の騎士たちはライナルトやリーゼロッテ、そしてそれぞれの派閥の人間へと剣を向けてくる。


 第二騎士団と第三騎士団、それぞれの騎士たちを見てきたが、新たに現れた騎士たちは装備も身に纏うオーラもすべてが異なっていた。


 中でもひと際造りのしっかりした鎧に身を包む男は、先ほど戦った《銀剣》ディートフリートよりも若く見えるが、その立ち振る舞いには一部の隙もない。

 

 黒の騎士こいつらだけでも相当なものだが、あの男はもっとな……。


 あまり見つめているとたぎってきそうだ。それこそ余計なことになりかねない。

 俺は小さく息を吐いて気持ちを落ち着け、それからゆっくりと視線を外す。


 さて、新たに現れた黒の騎士たちだが、剣こそ抜いて警戒をしてはいるものの、こちらへの害意は感じられなかった。

 そのため、俺は静かに壇上から後方へと下がりながら、下手に動かず様子を見るに留める。


「……おいしいとこだけ持っていかれた気分だな」


「彼らは、近衛騎士団だ……」


 肩を竦めて軽口を叩くと、そんな俺に応える声。

 俺の後退と同時に傍らへとやって来ていたリーゼロッテのものだった。

 この短時間で相当に神経をすり減らしたのか、表情には隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。


「近衛――――大公直属か」


 そこで俺は思い至る。

 ライナルトが第二騎士団、リーゼロッテが第三騎士団を擁しているならば、大公であるエーベルハルトにも彼の騎士団があって当然だ。


 ……今になって考えてみれば、なにもかもがおかしかった。


 大公エーベルハルトのみならず、その子どもたちまでもが公の場へと姿を現すのだ。

 にもかかわらず、それぞれの騎士団はなぜかこの場から遠ざけられており、大公直轄の近衛騎士団にいたってはどこにいるのかさえ明らかにされていなかった。


 ……つまり、


 俺はエーベルハルトに視線を送る。

 先ほどからまるで焦る素振りも見せていなかったが、このような結末となればその理由もわかろうというものだ。


「全部、掌の上で踊らされていたというわけか……」


 小さくつぶやくと、すべてを仕組んだ男――――エーベルハルトの視線がようやくこちらを向く。

 それは初めてこちらに興味を抱いたような視線だった。


「……ふむ、ただの武骨者ではないようだな」


 エーベルハルトの言葉で確信を得た俺は、ついでとばかりに溜め息も吐き出して、誰よりも早く狂四郎を鞘に収めていく。


「だったらよかったかもな」


 聞こえるように漏らしながら、俺は小さく鼻を鳴らす。

 釈然とはしないが、これ以上は俺が出る幕もないだろう。


 ――――ギチ、ギチ。


 ただでさえ人を斬れずに欲求不満ムラムラ状態の狂四郎が、新たな強者を前にお預けを喰らって鍔鳴りの音を立ててきた。


 ……わがままを言うな、諦めろ。俺だって我慢しているんだ。


 柄頭を軽く叩いて、俺は腰の物騒な刀を黙らせる。


 それからハンナとイレーヌのほうを見て首を振ると、ふたりとも素直に頷き、それぞれが握る短刀を鞘に収めていく。


「ジュウベエ殿……」


 リーゼロッテが視線を向けてくるが、俺は小さく瞑目して答えの代わりとする。


「さて、どんな言葉が飛び出るやら……」


 こうなれば、もう俺は見届け役に徹するしかあるまい。

 刀を振るってどうにかなる時間はもう過ぎたのだ。


 事態が沈静化しつつあると皆が認識する中、文字通りこの場の中心となったエーベルハルトが壇上を進む。


「……騒ぎで中断していたが、結論を述べよう」


 エーベルハルトの放った言葉に、ざわめきたつ会場の貴族たち。


「はっきりと述べておくが、両者共に脇が甘すぎる」


 続いてエーベルハルトの口から放たれたものは、勝者を決める言葉ではなかった。

 ざわつきが大きくなるが、エーベルハルトは表情を一切変えることはない。


「ライナルトは、儀式を狙って放たれた他国の刺客に翻弄された挙句このような軽挙に出た。一方、リーゼロッテも国内の治安維持に携わりながら、それらの動きを阻止するどころか察知することさえできなかった。そう考えれば、両名共に現時点で我が国の大公位を継ぐには相応しいとは言いがたい」


 ……そうきたか。


 “筋書き”の見えた俺は小さく溜め息を吐く。


 今回ライナルトの起こした行動の真相は、ヤツの持つ野心が先走ったゆえの結果だ。


 しかし、この場にいる貴族たちは半年間――――厳密には、最近起きた公都の騒動自体を知らない。

 そのため、かなり強引に解釈すれば、世嗣である自分を亡き者とすべく放たれた身内からの刺客と判断して疑心暗鬼に陥った上での動きだったと考えることもできる。


 ……いや、ライナルトが口走っていた内容や、エーベルハルトの様子を見るに、どうも第三――――国外の勢力が動いていた気配がある。


 つまり、ライナルトに雇われていた暗殺者組織自体が、はじめから彼を短慮に走らせることを目的として、“別の意”を受けて動いていたわけだ。


「そうか、あれは……」


 なぜそこに思いが至らなかったのかとばかりに、リーゼロッテが苦渋のつぶやきを漏らす。 


 エーベルハルトを除いて誰もが見落としていたことだが、そもそも動いていたのは公国子飼いでもなんでもないただの犯罪組織だったのだ。

 そいつらが最初からライナルトの味方ではなかったとしたら?


 そう考えれば、国内で派手な襲撃を起こしたことの辻褄も合う。


 つまり、この一件の落としどころとしてエーベルハルトが考えているのは――――


「しかし、この半年の間に重ねた功績を鑑みて両名を廃嫡とはせず、次期大公の選定はとする」


 ここにきてエーベルハルトは、まさかとも言うべき「次期大公選定の白紙撤回」を宣言してのけた。

 衝撃の発言に、ひときわ大きな困惑のざわめきが貴族たちの間から生まれる。


 だが、途中で思惑に気付いていた俺に驚きの感情は生まれなかった。


 エーベルハルト本人は最初からこうするつもりだったに違いない。

 そう考えれば納得の結末だ。

 もちろん、愉快か不愉快かでいえば圧倒的に後者だが。


「これは儀式の時機を見誤った私の失策でもある。遠路はるばる集まってくれた皆にはすまないことをした」


 同時にエーベルハルトは自身の過ちを認める発言をした。

 まるで矢継ぎ早に情報を織り交ぜることで、責任の所在を有耶無耶にするつもりかのように。


「それよりも、だ」


 エーベルハルトはあえて言葉を切る。

 それによって貴族たちは困惑を抱きつつも、次なる言葉を聞き漏らすまいと口を閉じる。


「確たる証拠がないとはいえ他国からの襲撃を受けた以上、事態は深刻なものとなる。まずは国内の安定を優先せねばなるまい」


「くそ、とんでもねぇ狸親爺だ……」


 俺は言葉の中に隠された真意に気付き、小さく唸りそうになる。


 この男は、


「ついては選定自体を一度白紙に戻し、国内が安定した数年後にどちらを後継者とするかあらためて判断したく思う。尚、今回の失態の沙汰は追って下す。両名、それと関わった者たちは下がるがいい」


 一方的に告げたエーベルハルトの言葉を受けて、黒の騎士たちがそれぞれの陣営の人間たちを促し、あるいは連行するようにして次々に広間を出ていく。


 俺たちもそれに従い、この場を離れることとなった。


 なんとも言えない気分だけを残したまま。




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