第51話 《銀剣》のディートフリート


 示し合わせたかのように両者が疾走を開始。

 瞬く間に間合いを詰めていく。


 眼前のディートフリートから放たれた銀の剣が、残像を生むほどの凄まじい速度でこちらへ迫る。

 俺は狂四郎を掲げてそれを迎撃。

 甲高い金属の音が、広間の静寂を切り裂くかのように響き渡る。


 腕の動きを最小限にしてその一撃を受け流したものの、かすかな痺れが腕に残る。

 速度優先かと思えば、予想以上に重たい一撃だった。


 速い上に威力まで兼ね備えているとはな……!


 感心しているとディートフリートの左腕が急襲。

 こちらの脇腹を狙った鋭い手甲の一撃を狂四郎の柄で弾き飛ばす。


 すぐさま間合いを読んで返す刀を一閃させるが、ディートフリートは後方へわずかに引いて俺の放ったそれを回避。


 今のを躱すだと?


 思わず口元が緩む中、こちらが生んだわずかな隙を狙うように、そこから銀の軌跡が幾重にも続く。

 上段・中段・下段を巧みに織り交ぜながら、高速でディートフリートの剣が振るわれる。


 まだ加速するか……!。


 こちらも最小限の動きで刀を旋回させ、弾き、そして受け流していく。

 虚空に咲き乱れる火花と金属音の二重奏。


 まだ数合打ち合っただけだが、ディートフリートの剣筋はランベルトのような超級の膂力があるわけでもなく、暗殺者が使った相手の調子リズムを狂わせる騙しフェイントもない真っすぐなものだ。

 それを単純と言ってしまうのは簡単だが、そのように思っていてはこの男には勝つことはできず地面を這わされることになる。

 速度に重さを合わせられるだけでも、剣は一流の凶器となるのだから。


 高速の斬撃に気を取られていると、死角から左の蹴りが奇襲。

 そして、瞬時に剣を左に持ち替えての右拳が連続で放たれる。


 油断をしていたつもりもないが、完全に相手のペースになっている。

 横薙ぎに叩き付けられる斬撃を、脚のたわみを使った後方宙返りで大きく跳ねて回避。

 着地と同時に地面を蹴る。

 

 そこで再度間合いが激突。互いの刃で斬り結ぶ。

 刃で押し切ろうとする力同士のぶつかり合いで、金属同士が軋る音が響く。


「……ずいぶん、ケンカ慣れしているな。もしかして、副団長の必須スキルなのか?」


「……そうではない。見ての通り、あまり育ちが良くないものでな」


 拮抗状態にもかかわらず、素っ気なく答えるディートフリート。

 その際、わずかではあるがこの状況を楽しむ気配が灰色の瞳の奥に見えたような気がした。

 

「それは俺への当てつけ、か!」


 短く叫んで前蹴りを繰り出すも、ディートフリートは左手甲を動かして防御。

 相手が片腕だけになったと力をこめて押し切ろうとすると、瞬時に反応したディートフリートの刃が引かれ、こちらは力のバランスが崩れて前のめりになる。


 即座に振るわれる銀の刃。

 右から左へと流れるように続く横薙ぎの剣閃が俺へと襲いかかる。


 それらを狂四郎の刃で受けながらわずかに後ろへ下がり、そこから体勢を変えて一気に狂四郎を振り下ろす。


 しかし、ディートフリートはそれにも反応してのけた。

 狂四郎の振り下ろしを銀剣が正面から受け、聴覚に突き刺さるようなひと際甲高い音が鳴り響く。


 受け流される刃をその勢いのままに動かし、弾きながら急速旋回。

 再度ディートフリート目がけて雷のように振り下ろすが、今度は頭上に掲げた銀剣がそれを阻止する。


 そのまま押し切ろうとするよりも早く、ディートフリートの剣捌きにより狂四郎の刀身が右下へと流される。


 そこでディートフリートが手首を返して刀身の向きを反転させた。

 背筋に悪寒が走ると同時に、下方から跳ね上がった刃が俺へと強襲。

 咄嗟に上半身を引いて刃を避けるが、逃げ遅れた髪の毛が数本持っていかれた。


「ちっ――――」


 間髪容れずに襲いかかる銀剣の連撃を、俺は狂四郎で弾きながら動いていく。


 互いが必殺の一撃を放つために位置を変えながら動き、同時に刃と刃の激突する音が短い間隔で重なる。

 激しく散る火花と風を生み出す刃の雨の中、いつしか踊るような戦いとなっていた。


 降って湧いた膠着状態に、どちらからともなく後方へ飛んで間合いをとる。


 実に面白いが、これではらちが明かない。

 千日手せんにちてのようになってしまうのも悪くはないが、状況が状況なだけに楽しんでばかりもいられなかった。


 ――――少し“枷”を外すか。


 小さく息を吐き出しながら、脳内で

 先日のランベルトにふっかけられた模擬戦のおかげで、段階的な力の調整がわずかではあるが掴めていた。


 そして、相手が単なる剣の使い手ではないからこそ試せることもある。


 戦場で起きる乱戦の中では、甲冑を着込んでいるにもかかわらず、槍を振るうことはおろか、刀を満足に振り回すことさえできない――――もしくは武器が手を離れてしまった場合がある。

 だが、目の前の敵は鎧に身を包んでおり、素手で相手をするには打撃すら通りにくい状況だ。

 そんな時のために編み出されたのが甲冑術である。


「そろそろ決めるか」


 膝を曲げた状態で瞬間的に地面を蹴って加速。

 勢いをつけたままの突撃は、強烈な一撃となってディートフリートに襲い掛かる。


「なっ――――」


 幾度目かとなる刃同士の激突が起きた。


 だが、今度は違う。


 ふたたび斬り結んだ状態から、ディートフリートがこちらの勢いを流そうとするタイミングを察知。

 相手の腕の動きに合わせて狂四郎の柄を握る右手を離し、俺は押し込むように右腕を高速で旋回させ、肘で相手の顎を打ち抜く。

 バランスが崩れたところへと一歩踏み込み、その勢いと共に鎧の上から腕を捻りながら掌底を撃ち込む。

 

「ぐっ!?」


 苦鳴を上げるが、なんとか踏ん張ろうと耐えるディートフリート。


 しかし、わずかであっても怯んだ隙は大きく、下から跳ね上がるように急襲した狂四郎の刃が、ディートフリートの剣を弾き飛ばした。


 即座に狂四郎の切っ先をガラ空きとなった喉元に突きつける。


 両者の舞踏――――動きが止まった瞬間だった。


「……まだ続けるか? これ以上――――それこそ、命の取り合いまでをしてでも勝敗をつけたいなら止めはしないが」


「……いや、やめておこう。私の負けだ」


 切っ先の向こう側で、ディートフリートは小さく息を吐き出しながら静かに両手を挙げた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る