第50話 対する者は


「「ジュウベエ様……」」


 ハンナとイレーヌから揃って発せられた安堵の声が俺の耳朶を打つ。

 ……本当にお前ら仲がいいな。


「ふたりともよく守り抜いてくれた」


 首を動かして一瞬だけ視線を向け、俺は短く告げてから正面へ向き直る。


 さて、すべてを相手にしてのけると俺が不敵にも宣言したことで、対峙する騎士たちからより強い殺気が漏れ出ていた。


 いかに一瞬で三人の騎士を無力化したとはいえ、残る相手の数は二十人近くにおよぶ。

 数の面では相手が圧倒的優位。対するこちらは四人だけだ。


 そのに、知らず知らずのうちに口の端が鋭角に尖っていく。

 同時に、狂四郎の柄を握る手にも力が入りそうになる。


「ジュウベエ殿、相手はこの国の騎士たちだ。こんなことを頼める立場ではないが、彼らは……」


 そんな俺の剣呑な気配を感じ取ったかのように、背後から投げかけられるリーゼロッテの声。


 さすがに、その先は言わずともわかった。

「殺さずに無力化してくれ」ということなのだろう。


「……ああ、承知している」


 リーゼロッテの声で冷静になった俺は少しだけ力を抜く。


 事実、ライナルトもアンデッドの討伐時を除けばリーゼロッテだけを狙っていた。

 今回の儀式に際しても、よくよく考えれば彼女の擁する第三騎士団の面々の被害は最小限にとどめようとしている。


 もしここで、リーゼロッテ陣営にいると見られる俺が、貴族たちの見ている前でライナルト側についた騎士たちを容赦なく斬り殺してしまったとしよう。

 そうなれば、次期大公の座に就けたとしても「リーゼロッテは粛清を辞さない」という印象を抱かれてしまう可能性が生まれる。


 こちらが数の面で不利だからといって、手段を問わずというわけにはいかないのだ。


 まったく、まつりごとというのはいつも面倒なことばかりを要求してくる。


「――――ここは私がお相手いたそう」


 そんな中、不意に新たな声が発せられた。


「ク、クラインシュミット卿!?」


 予想外のことだったのか、ライナルトの騎士たちの中から驚愕の声が上がる。


 こちらに向けて剣を構える騎士たちが左右に割れ、奥――――ライナルトのすぐ近くから進み出て来る一人の男。


 見たところ俺よりも幾分か年上だが、壮年の域にまでは達していない細身の男であった。

 銀色の髪を後ろへと撫でつけており、灰色の瞳は一見すると物静かな印象を与えるが、その印象で対峙することはきわめて危険であると俺の勘が告げている。


「真打登場か……」


 強者の気配に、俺の中からにわかに昂揚感が湧いてくる。


 細身の体躯だけを見れば、この国の強者であったランベルトとはまるで違う印象を受けることだろう。


 だが、俺の見立てが間違っていなければ、その鎧の下には鍛え上げられた肉体が隠されているはずだ。

 俺が戦ったランベルトの肉体を「筋肉が自重せずに膨れ上がった」と評するなら、こちらの男は「筋肉を極限まで引き締めた」とでも表現するべきだろう。


 実際、その身から滲み出ている“オーラ”の片鱗はあきらかに並みの騎士のそれではなく、漂う静けさの中に潜む餓狼の牙が垣間見えた。


 ……そういえば、ランベルトといえば、あのおっさんは廊下でひっくり返っていやがった。


 俺を相手にあれだけ模擬戦で暴れておきながら、肝心な時にまるで役に立ってくれないのだが、いったいどういうことなのだろうか。


「異国の蛮族風情を相手に、クラインシュミット卿が出られるまでも――――」


「そこにおわす異国の剣士殿は、間違いなく卿らよりも強い」


 騎士のいちいちイラっとする言葉に俺が軽口を叩いてやろうとするよりも早く、クラインシュミット卿と呼ばれた銀髪の男は、短くそれでいて有無を言わさぬ響きで告げると騎士を黙らせる。


「それに、ランベルト殿との模擬戦で勝利した相手ともなれば、この場において私が出るしかあるまい」


 こちらに視線を送ったまま近付いてくる銀髪の男。

 その表情に、異国の人間だからと軽視する素振りは一切見受けられない。


「彼の者がランベルト殿を……。いえ、《銀剣》たるクラインシュミット卿が、そのように判断されるのならば……」


 当初は難色を示していた周囲の騎士たちも、銀髪の男の言葉を受けたことで素直に引き下がっていく。

 自分たちの実力が及ばないと言われたようなものであったが、それでも素直に引き下がったのはそれだけ彼の実力が認知されているからであろう。


「お初にお目にかかる異国の剣士殿。私はディートフリート・フォン・クラインシュミット。第二騎士団の副団長を拝命している」


「……ジュウベエ・ヤギュウ。ただの雇われ冒険者だ」


 いつかと同じ名乗りを上げて、俺は握っていた狂四郎を八双に構える。

 今回はこちらを茶化そうとする者は誰も現れなかった。


「……参られよ」


 ディートフリートが細身の剣を片手で構える。


 両者の間に張り詰めた――――激発寸前の攻撃魔法を見ているような気配が渦巻いていく。

 双方の動きを見逃さまいとするかのように静まり返った空気。

 痛みすら覚えるような静寂が場を支配する。


「では、存分に死合おう」


 短く言葉を返し、俺は一歩踏み出す。


 それと同時に、最初に俺にちょっかいをかけた騎士が突っ込んでいたテーブルの木材が音を立てて崩れた。

 張り詰めていた緊張感の中、俺とディートフリートを除く全員の視線が不意の物音に動く。


 そのわずかな瞬間のうちに、俺とディートフリートは動いていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る