第49話 遅れて来た鬼札



 静まり返った空気の中、周囲から一斉に向けられた視線が俺を出迎えた。


 一部――――奥に展開した見覚えのない騎士たちは、俺を新たな敵と認識して警戒度を上げているようだが、周囲で困惑状態にあった貴族たちは突然の出来事に戸惑いが上回っているのか、どちらかといえば「なんだコイツ」といった感じである。

 まぁ、極限まで張りつめた空気の中へ、突然異国の男が刃物を持って飛び込んできたらこうなって当然だろう。


 空いた左手で軽く頭を掻きながら、俺は前へと進んでいく。


「ずいぶんと注目されてるみたいだが、あいにくと宴席パーティーに参加できる衣装は用意してこなかったものでね……」


 微妙に居心地の悪いそれらの視線を受けた俺は、思わず立ち止まってうそぶいてみせる。


「「「…………」」」


 少しでも空気を和らげようと思って軽い冗談を口にしたのだが、周囲からの反応は芳しくない。

 むしろ「なに言ってんだコイツ」という胡乱げな視線が突き刺さる。


「ジュウベエ殿! 無事だったのか!」


 驚きから立ち直ったリーゼロッテが、ある意味では空気を読まずに俺の名前を呼んでくれたので、微妙な空気が元のそれに戻ってくれた。


 彼女を守るように立つハンナとイレーヌからもこちらに視線が向けられるが、「なに盛大に滑っているんですか、この状況で……」と微妙に非難するようなものだった。

 言いたいことはわかるが、ここで綺麗にまとめろとはいくらなんでも無茶振りとしかいいようがない。


「ええ、ちょっと席を外していたおかげで難を逃れることができました。廊下じゃ第三騎士団の面々がひっくり返っていますがね……」


 歩みを再開しながら、俺はリーゼロッテに言葉を返す。


 風は屋外に向かって流れているので、広間の扉を開けたところで空気中に漂う痺れ薬の残滓がこちらに流れ込んでくることはない。


「なぜ、廊下を通って来た貴様が動けるのだ……」


 壇上に立ち、豪奢な服を着た人物に向かって剣を突きつけていた美丈夫から驚愕の感情を含んだ言葉が投げかけられた。


 この色男が、リーゼロッテの兄にして今回の敵――――ライナルトか。

 会うのは初めてだが、巧妙な策を弄するかと思えばそれだけではなく、身体から漂う鬼気は強者のそれだ。


 なによりも注目すべきは、その手に握るひと振りの長剣だろう。

 正体まではわからないが、肌を強く刺激する凍るような気配を放っている。

 強敵の気配を感じてか、狂四郎の鍔が小さく鳴り出す。


 それらの要素があってか、ずいぶんといい面構えをしているように見える。


「残念ながら、俺は毒の類が効きにくい体質でね」


 わざわざ《緋緋色金ヒヒイロカネ》のことに言及する必要もないので、俺はおどけるように答える。


「貴様ァ! 異国の蛮族風情がライナルト様の前で無礼な!」


 俺の飄々とした振舞いが我慢ならなかったのか、剣を握る一人の騎士が激昂した表情を浮かべてこちらへと近寄ってくる。


 あまりの迂闊な行動に、俺は思わず溜め息が出そうになる。


 一瞬、壇上のライナルトがその騎士を制止しようと口を開きかけたが、自分が動くことの影響を考えて押し黙ったのが見えた。


「下郎は跪いて――――」



 俺に向かって剣を握る腕を振り上げたところで、下段から跳ね上がるように旋回した回し蹴りが騎士の側頭部を強襲。


 まったくの無防備状態で直撃を受けた騎士は、なすすべもなく吹き飛んで近くのテーブルに頭から突っ込んで動かなくなる。


 ……手加減はしておいたので、おそらく生きてはいるだろう。


「まさかあんなことをしてくれるとは思っていなかったが……それ以上に、第三騎士団の騎士たちを殺さずにいたのは意外だったな」


 騎士を一撃で沈めたことで周囲――――主に騎士たちの緊張が高まったのがわかったが、俺は特に気にした様子もなくライナルトに向けて口を開く。


 まぁ、こうなってしまえば、あとは単純シンプルだ。

 むしろ、俺好みの展開でさえある。


「……兵は神速を貴ぶ。いたずらに内乱を起こし、国力を衰退させるなどという阿呆どもの思惑に乗ってやるつもりも私にはない。貴様を遠ざけている間にすべてを終わらせるつもりだったが……」


 こちらに油断なく視線を向けるライナルトの言葉。

 そこには第三勢力――――おそらく、国外からの干渉があったことをほのめかしていたが、今の時点ではどうでもいいことだ。


「アテを外してしまったようで、なんだか悪いことをした気になるな」


 わざとらしく肩を竦めてみせると、ライナルトの表情が苛立たしげに歪む。

 自分の思惑を潰してくれた相手に挑発じみた行為をされればこうもなるか。


「……ふざけた男だ」


 吐き捨てるように口を開くライナルト。

 それを端に、ふたたび場の緊張感が高まっていく。


「よく言われるよ」


 そこまで言って俺が一歩を踏み出すと、ライナルトの前に展開していた騎士たちが今度こそ色めき立つ。


観衆ギャラリーがいるほうが燃えるというわけでもないが――――」


 周囲に視線を向けると、貴族たちは先ほどの騎士のように巻き込まれないよう壁際に寄りつつも、固唾を飲んで俺たちの動きを無言で見守っていた。


 すでに扉は解放されており、ここから逃げ出すこととて可能となっている。

 にもかかわらずそうしないのは、やはりこの国の行く末を決める場面を見届けずに逃げることができないのだろう。


 こちらの邪魔をするつもりはなさそうだが、単純に恐怖よりも興味のほうが先行してしまっているわけだ。

 呆れるような感心するような、なんとも複雑な気持ちになってくる。


「そろそろ片を付けようか。二次会の料理が冷めてしまう」


 短く告げ、俺は疾走を開始。


 こちらの動きを受けたライナルトを守る騎士たちも、俺へと向けて一斉に間合いを詰め始める。

 

 先手を取って水平に放たれた狂四郎の刃が、間近にいた騎士の両手剣と激突。

 甲高い金属の音とともに、火花を空中に咲かせながら相手の剣を破壊する。


 ――――動きが甘い。


 正面からの力による衝突で打ち勝った俺は、そこでもう一歩踏み込んで体重をかけた前蹴りを繰り出す。


「ぐぅっ!?」


 騎士の口からくぐもった呻き声。

 可動部の隙間に潜り込んだ俺の爪先が鎧の内部へと潜り込んだのだ。


 日々の鍛錬で剣を使う戦いには慣れていても、戦のような極限状態の乱戦の経験はなかったのだろう。

 身を守る鎧があることで無意識のうちに油断をしていた若い騎士は、こちらの剣にばかりに気を取られ、視覚外からの蹴りをもろに喰らうことになった。


 耐え切れず床へと崩れ落ちる騎士。

 その後ろからに続いた二人目の胸部を、軸足を変えながら放った後ろ回し蹴りが直撃。

 後方へと飛ばされながら、近くにいた味方をも巻き込んで地面に倒されていく。


 さらに返す狂四郎の柄が、横合いに回り込もうとしていた三人目の顎を急襲。

 打撃には耐えられても、脳を揺らされたことで相手は平衡感覚を失って床に沈む。


 ……だいたいの力量は読めたな。


 先制攻撃で相手の動きを崩したところで、俺は追撃はせずに横合いへ跳躍。

 ハンナとイレーヌ、それにリーゼロッテの前へと出る。


「遅れてすまなかった。あとは俺が引き受けよう」





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