第48話 交錯する意思


「あれは第二騎士団!? 」


 リーゼロッテの口から発せられたのは何度目かの驚愕の声。


 しかし、それもそのはずだった。

 リーゼロッテの擁する第三騎士団が公城の内部から広間に続く廊下までを守っているのだとすれば、ライナルトの第二騎士団は公城の周辺を守護しているはずだ。


 しかも、ここにいる顔ぶれは精鋭ばかり。

 それどころか、副団長である《銀剣》ディートフリートの姿まであるではないか。


 第二騎士団の面目によって、残っていた襲撃者たちはろくな反撃もできぬまま斬り伏せられていく。


「彼らがなぜ……?」


 だが、あきらかにこの異常事態を察知して駆けつけてきたようには見えない。


 ふたたび広間が貴族たちの様々な声でざわめきたつ。


「兄上! これはどういうつもりですか!? いや、そもそもなぜ第二騎士団がここに?」


 詰問の言葉と共に、前に出ていこうとするリーゼロッテ。

 それをハンナとイレーヌがリーゼロッテを守るように前へと出ることでやんわりと制止する。


「それ以上動くな、リーゼロッテ!」


 叫んだリーゼロッテを牽制するように、長剣ヴェリサルダを父親であるエーベルハルトのほうへ掲げたライナルトは鋭く一喝する。

 ライナルトの声とその動きを受け、広間が一瞬にして静まり返る。


 現在のライナルトは、誰よりも速くエーベルハルトへと剣を届かせることのできる位置にいる。

 もしリーゼロッテが阻止しようと動こうとも、第二騎士団の騎士たちを一瞬で蹴散らしてライナルトの動きに介入することは不可能だった。


が入ってしまったが、これは“義挙”である」


 ライナルトは簒奪者にしばしばら見られる負い目すら一切なく、それこそ会場全体に響くように堂々とした声で話し始めた。


「――――“義挙”ですと?」


 リーゼロッテが訊き返すが、ライナルトは静かに頷く。


「そうだ。次期大公を選定する? そのように悠長な真似している間にも、この国は周辺国からの潜在的な脅威を受けている。そんな中で、現大公エーベルハルトや貴様にこの国の将来を任せることなどできぬ!」


 それは事実上の謀反を宣告する言葉であった。


「……なるほど。これが“お前の選択”か、ライナルト」


 度重なる出来事のが起こったにもかかわらず、今の今まで沈黙を続けていたエーベルハルトがついに口を開いた。

 彼の口調には、自分の息子に謀反を起こされたことによる感情はまるで含まれていなかった。


 それを受けて、違和感を抱いたのかライナルトの眉がわずかに顰められる。


「……父上も案外甘かったようで。我ら二人に剣を持たせておくなど」


 自身の感情を元へと戻すかのように、ライナルトは口唇を笑みの形に歪めて喋る。


「ふむ、この様子では第三騎士団に何か仕掛けたな?」


 すぐ外の廊下には第三騎士団が警備として控えているはずだが、先ほどから一向に動き――――突入してくる様子すらなかった。


「ええ。ですが、殺してはおりません。廊下とこの広間は遮断された時に、こちらの手の者が空気中に痺れ薬を撒きましたので動けないだけでしょう。さすがに私も第三騎士団とぶつかるのは避けたかったのでね」


 剣を掲げたまま告げるライナルトは、視線をこの場での敵対者たるリーゼロッテに向けている。

 それはリーゼロッテに向けて、「お前の手勢は役に立たない」と突きつけているのだった。


 対するリーゼロッテは苦渋に満ちた表情を浮かべていた。

 依然として《オルト・クレル》の柄に手をかけているものの、今の時点――――ライナルトがエーベルハルトを人質にしている以上迂闊に動くことはできない。


「そもそも、父上はご自身の近衛騎士団の者たちさえ警備につけないとは平和ボケでもなされたのですか?」


「……平和ボケだと? それは心外だ。私は逆に、


 そこで唐突に放たれたエーベルハルトの言葉――――まったく動揺する様子すらないそれに、この会場にいる全員が驚愕の表情を浮かべた。


 この公式ともいえる場で、国主みずからが「武力による後継」を認めるに等しい発言をしたのだ。

 それがこの場にいる貴族たちに与えた衝撃は計り知れない。


 事実、現在の依頼を除けばこの国とはそれほど深い関係のないハンナとイレーヌさえもが驚愕が表情に出てしまったくらいだ。


「覇道をこうとするのならば、それこそ剣を以て通すほどでなければ貴様らしくあるまい。だから、私はそこに期待をしていた。勘違いされては困るのだが、


 エーベルハルトの言葉を受けて、ライナルトの表情にわずかながら困惑の色が生まれる。

 何が言いたいのかわからないと言いたげでもあったが、すぐにその思考を振り切るように表情を変える。


「……であれば、お望みどおりにして差し上げましょう。もちろん、父上を弑逆しいぎゃくし奉るつもりはございません。ですが、即時退位はしていただく」

 

「待たれよ、兄上! このような暴挙、わたしは絶対に認めはしませぬ!」


 この覆しようがない流れの中で、唯一声を上げたのはリーゼロッテだった。


「……ここまで生き残った貴様――――いや、血を分けた実の妹を殺してしまうのも惜しい。剣を引け」


「今さらどの口が……!」


「……そうか。お前は、こうなってもまだ足搔くことを選ぶか。であれば、この期に及んで舌戦など無用だ。ただ、剣で語れ」


 ライナルトは静かに告げる。

 彼の周囲を取り巻く空気が、魔剣ヴェリサルダから放たれる冷気によって軋んでいく。


 それに呼応するかのように、ライナルトの傍に控えていた騎士たちが一斉に剣を構える。

 大公の娘であるリーゼロッテに対して剣を向けることへの躊躇は、もはや一切見られなかった。


「……リーゼロッテ様、さすがにこの数が相手では御身をお守りできる自信がありませぬ」


 ハンナが額に緊張の汗を浮かべながら言った。

 隣に立つイレーヌも、言葉こそ発しないが同じ様子である。


 彼女たちとて腕利きだ。

 騎士の数人程度であれば、自分とイレーヌで相手にすることはできるだろう。


 しかし、目の前に立ちはだかる騎士の数はその倍にも及び、そのすべてが精鋭で構成されている。

 これに加えて、首魁であるライナルトとそのすぐ近くに控える男までもを相手にするとなれば、勝機がまるで見えてこないというが正直なところであった。


「……構わない。ここでわたしが負ければこの国は戦禍に蹂躙される。ならば意地を通すのみだ」


 ジュウベエ殿、すまない……。


 リーゼロッテと忍娘二人が悲壮な覚悟を決めたその瞬間、静まり返った空気の中で、不意に金属が擦れるような甲高い音が響き渡った。


 全員の視線がそちらに向けられると同時に、それまで遮断されていた廊下と広間を繋ぐ扉が蹴り破るようにして開かれ、太刀を握り締めたひとりの男――――ユキムラが飛び込んできた。


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