第47話 氷の閃刃


 咄嗟の反応で前方へと掲げた腕を交差させて、リーゼロッテはライナルトの放った蹴りを防ぐ。


「くっ――――!」


 予備動作すらほとんど見られなかったにもかかわらず、それはあまりにも重い一撃だった。

 両腕を襲った衝撃を受け流すため、リーゼロッテは苦鳴を漏らしつつも、その場で抵抗はせず一度後方へと向かって飛ぶ。


「――――御無事ですか、リーゼロッテ様」


 リーゼロッテが床へと着地するのと同時に、傍らから投げかけられるやわらかな声。

 メイド服のスカートの中に隠してあった短刀を取り出したイレーヌとハンナが彼女の下へと現れていた。

 そして、彼女たち二人は護衛対象であるリーゼロッテを守るように前へ立ち、逆手に握る短刀を油断なく構える。


「……ああ、すまない。助かった」


 護衛の登場に、リーゼロッテはほんの少しだけ安堵の表情を浮かべていた。

 それは仲間が来てくれたことに安心したというよりも、最初の一手を受けてやられてしまうような間抜けを晒さずに済んだことへの安堵であった。


「……残念ながら、問題はまったく解決してはおりませ――――いや、むしろ悪化しそうですね」


 イレーヌが小さな溜め息を吐き出しながら告げる。


 彼女たちが向ける視線の先には、会場の警備についていた騎士たちを倒し、こちらへと迫る襲撃者たちの姿があった。

 騎士との戦いによって数人が脱落しているものの、依然としてその脅威は健在だ。


「では、ここはわたしが――――」


 ハンナが小さく告げて、静かに前へと進み出ていく。


 それを見た襲撃者が疾走を開始。

 ぎらつくような殺意が押し寄せてくる中にもかかわらず、ハンナは踊るような歩みでそれを迎え撃つ。


 繰り出される片手剣の突きをわずかな動きだけで回避すると、ハンナは握った短刀をふわりとした動作で薙ぎ、相手の首筋を舐めるように斬り裂きながらすれ違う。

 噴き出す鮮血を見て、貴族たちの中から悲鳴が上がるがそんなものには構ってられないので無視してさらに踏み出す。


「舐めるな!」


 続いて迫る二人目が叫び声をあげる。

 疾駆する姿勢からわずかに腰を沈めると、動きにくいメイド服のスカートごと脚部を狙うような水平の一撃を放つ。


 だが、甲高い音が上がって刃が弾かれる。


 驚愕に見開かれる襲撃者の瞳。 

 スカートを切り裂くことができなかったことで、その下に何かが仕込まれていることを察したのだ。


 だが、それは遅きに過ぎた。

 浮かんだその表情は、同時に自分の手が詰んだことを理解したものでもあった。


「残念ね、はご主人様専用なのよ」


 嘯く声と共に袖口が翻った。

 そこから放たれた二本のクナイが喉元に深々と突き刺さり、襲撃者は苦悶の表情を見せて絶命。そのまま床へ沈んでいく。


 瞬く間に二人の襲撃者を片付けてのけたハンナの姿を見て、会場の貴族たちからどよめきが漏れる。


「お見事。さすがは伴蔵ですね」


「……だから、そのダサい名前で呼ぶのはやめてちょうだい」


 イレーヌの軽口にハンナが苦笑する。


「これは……どういうことだ……?」


 そんな中、リーゼロッテの口から驚愕の言葉が放たれ、イレーヌとハンナの視線がそちらへと動く。

 彼女たちの視線の先では、新たな事態が発生していた。


 ――――壇上へと迫った襲撃者たちを、


「兄上の差し金ではなかったのか……?」


 リーゼロッテは困惑のつぶやきを漏らすが、それはハンナとイレーヌの耳にしか届かない。


「痴れ者が。凍れ――――」


 襲撃者の放った水平の一撃に対し、恐るべき速度で弧を描きながら振り下されたライナルトの長剣は、相手の肩口から喰らい付いて剣を握る右腕ごと切断しながら下方へと抜ける。

 ただの一撃であるにもかかわらず、ライナルトの見せたそれは冴え冴えするような剣技であった。


 そのまま身体ごと旋回したライナルトの刃が、続いて迫る二人目へと襲い掛かり、刃の煌めきと共に水平に首を切断。


「血が出ない……?」


 さらなる襲撃がないか警戒をしながら、ライナルトの戦いを見ていたハンナが怪訝な声を出した。


 一人目の襲撃者もそうだったが、二人目に至っては首を刎ねられていた。

 にもかかわらず、切断面から噴き上がるはずの鮮血は一向に出てくることはなく、頭部を失った死体は静かに地面へと倒れていく。

 切断面が露わになると、そこはなぜか完全に凍りついており、瞬く間に氷が全身を覆い始めていた。


 襲撃者たちも不意打ちが失敗に終わったばかりか、一瞬でライナルトに討ち取られたことで続く動きが取れない状況になっている。


「斬ったものを凍らせる魔剣……! あれが兄上の《ヴェリサルダ》の真の力……!」


 その剣技に触発されるように、自身の《オルト・クレル》の柄を握り締めるリーゼロッテ。

 それでも剣を抜くことができないでいるのは、未だ状況が明確になっていないからだろう。


「……。あいかわらず、つまらぬ茶々を入れてくる連中だ……」


 長剣――――《ヴェリサルダ》を構えながらひっそりとつぶやいたライナルトの声を、ハンナとイレーヌの鋭敏な聴覚は聞き逃さなかった。


「……伴蔵」


「ええ、少しだけ読めてきたわね」


 二人はライナルトが放った言葉の真意を考えるが、すぐにまた新たな動きがあってそれぞれの思考を中断させられてしまう。


「――――!」


 つい先ほどリーゼロッテたちが通ってきた王族専用の扉が突然開くと、そこから剣を携えた鎧姿の騎士たちが広間へとなだれ込んできた。



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