第43話 儀式は踊る されど……
公城内の廊下は、数日前のそことは大きく異なり、今や大勢の人間でひしめいていた。
……これが皆“大公選定の儀”に参加する貴族たちということか。
次々にやって来る面々は、公国の公式行事ということでドレスコードに従いつつもそれぞれが自分なりに目立つべく気合を入れて装っている。
半年前から告知されていたことではあるし、この日の為に一張羅を仕立てさせた人間もさぞや多いことだろう。
武士の家に育った身としては、ここまで着飾る重要性がわからないとは言わないが、こうも派手な色合いの衣装を見せられるとどうにも目がチカチカしてしまう。
文化の違いだというのはわかってもいるが、これをやれと言われるとちょっと御免こうむりたいところであった。
もし身を包むなら、もう少し落ち着いた色合いでまとめて……などと、自分には関係のないことなのに余計な部分にまで思考を割きそうになってしまう。
「まぁ、貴族ってのは大変なものだねぇ……」
ひと目で異邦人とわかる俺がこの場で目立つのはあまりよろしくない。
なるべく人目につかない位置に立ち、俺はその人の流れに目をやりながら小さくつぶやく。
「上級貴族とは言ってはいるが、男爵位以上の当主やその夫人、子弟も参加できるからな」
近くにいた騎士の一人が、俺のつぶやきに反応を返しながら近づいてきた。
たしか、彼は騎士爵に叙せられていたはずだ。
本来であれば爵位を持つ彼に対して、爵位を持たない平民も同然の俺は敬意を払って接するのがこの国――――いや、大陸の慣習となる。
しかし、今の俺の扱いはリーゼロッテの護衛兼客人となっているため、そのあたりは明確にはされずに済まされている。
なにより、騎士団というある種の実力主義集団の中で、その頂点に君臨するランベルトに模擬戦で勝利した厳然たる事実により、俺は彼らからの憧憬にも似た感情を勝ち取ることができていた。
「“大公選定の儀”の後はパーティーだ。社交界の延長線上にあるのは間違いない。どちらかといえば、皆関心があるのはそちらだろう。まったく、わかっちゃいるが遠い世界の出来事に感じられるな……」
基本的には領地を持たない貴族となれば準男爵位以下では一代限りの爵位となっている。
いかに騎士団員を務めるとはいえそこはどうにもならず、彼にとっては雲の上の世界が向こう側に存在しているわけだ。
そんな溜まった感情が、“部外者”でありながらリーゼロッテの護衛という比較的話しのしやすい俺に向けられたのだろう。
「なら、一旗揚げて昇爵するしかないんじゃないか? ランベルト殿は騎士団に在籍していながら伯爵位を持っておられるだろう」
「ああ、あの方がいるから俺たち下級貴族や平民出身の騎士も夢が見られる。なんにせよ、そのためにもリーゼロッテ様には是が非でも……」
自身の内に燻る火の熱に動かされるように語っていた騎士だが、途中で何かに気付いたかのように言葉を切った。
「今は警備中だったな。……この話はまた後で」
取り繕うように言い直して、視線をわざとらしく周囲を警戒するかのように向けながら持ち場へと戻っていく。
……なるほど。
いかに周りが第三騎士団で固められているとはいえ、まだ近くには貴族たちがいる。
どこで誰に聞かれているかわからないし、結果が出ていない状態で言及することをよしとしなかったのだろう。
そんな中、一瞬会場が騒めいた。
何事かと視線を向けるが、それと同時に廊下と広間を繋ぐ扉が閉じられていく。
これで、何かが起きない限りこちら側とは遮断され、俺が内部の様子を知る術はなくなる。
「…どうやら大公閣下とリーゼロッテ様たちがいらっしゃったようだな。いよいよ儀式が始まるぞ」
今度は別の騎士が漏らした。
それに端を発するように、周りの騎士たちからも小さなざわめきが起きる。
騎士たちは過去の襲撃については知らされていないので、会場を警備するといえど警戒の度合いはそれほど高くはない。
だが、来るとすればここからだ。
そんな俺の意識へと呼応するように、腰元でチリンと小さく狂四郎の鍔が鳴った。
同時に、首の後ろがチリチリとするような感覚。
「――――来たか」
誰にも聞こえないほどの声でつぶやくと、俺は気配を殺して静かにその場を離れる。
ここで敵を待っているのでは、周囲にいる騎士たちを巻き込むことになるし、そもそも存分に刀を振るうことができなくなる。
俺が廊下の端の暗がり――――目立たぬ場所に立っている上、騎士たちの意識が広間の方に向いていることもあるのだろうが、気配を希薄にしたこちらの動きには誰も気付く様子もない。
あまり性に合わないんだがな……。
八洲にいた頃は、野に伏せて気配を殺して敵が来るのをひたすらに待ち、またある時はそのまま敵陣を目指して忍のように進むこともあった。
“とある覇王”が俺にやらせたその経験は、皮肉なことに今こうして異国の地で役に立っている。
そのまま廊下を抜けて、俺は公城の中庭へと出ていく。
すでに何人か殺られているな――――。
かすかな血の臭いが鼻腔へと漂ってくる。
公城の中庭にも騎士たちは配置されていたはずだ。
しかし、この場にあってしかるべきその気配が今はほとんど感じられない。
不意に、空気を割く小さな音を耳が捉える。
その瞬間、俺は横へと飛んでいた。
俺のいた場所を過ぎ去っていく小さな棒状の物体。
以前も使われた暗器であることに気付く。
お出ましだ。
「なるほど。むしろ、こちらが誘い出されたわけか……」
気が付けば、俺の周囲には黒装束に身を包んだ人間が十人ほど立っていた。
闇に同化して勘の鋭い人間がやって来るのを待っていたのだ。
となると、“本命”はすでに侵入を遂げている可能性がある。
「散々に辛酸を嘗めさせられたが、今度こそここで貴様は死ぬ。もちろん、貴様の守るべき対象も一緒にな」
黒の中のひとりが俺へと告げる。まるで挑発するかのように。
その言葉を受けて、少しだけ俺の中の炎が勢いを弱めた。
なんのために俺を誘い出したというのか。
普通、ここは刃の閃きを以て応えるところではないのか。
「……あいにくと、その手の言葉も聞き飽きた」
軽く首を左右に動かし、身体の中で骨の鳴る音を聞きながら俺は返す。
「こちらとしては、別にお前たちの生死は勝敗に関係ないからな。回れ右して帰るか、斬られるかは今回だけ特別に選ばせてやる」
……いささか毒気を抜かれてしまったからな。
そんな心持のまま、刀を抜かず弛緩した姿勢のまま俺が投げかけると、襲撃者たちの間から怒気と殺気が放出され始める。
おそらく、彼らの人生でここまで愚弄された経験は初めてなのだろう。
一斉に鞘から抜かれる片手剣の群れ。
露わになった鋼の刀身が、雲間から
その瞬間、辺りに漂う血の臭いがより濃密なものになったように感じられた。
「そうか、進むか。ならば、存分に死合おう――――」
ゆっくりと、俺は狂四郎を鞘から引き抜いた。
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