第42話 本番を前に緊張感は席を外しております


 それからの数日は、見事なまでに何も起こらなかった。


 次の襲撃者がどんなヤツかと期待していた身としては、正直なところ拍子抜けだと言いたくなる。


 まぁ、襲撃者を三度に渡って撃退したことが大きく響いているとは思うが、だからといってこれで相手の策が尽きたと考えるほど楽観的にはなれない。

 そもそも、相手は期限ぎりぎりまで研いでいた爪を隠し、必殺の一手を打ってきた前科がある。


 俺ひとりが戦うだけであれば、やりようはいくらでもある。


 だが、護衛となれば話は別だ。

 ひとたび依頼を受けた以上、我が身を犠牲にしてでも対象を守らねばならないのだ。





~~~ ~~~ ~~~





「しかし、食事まで同じものを出してもらって……。なんだか悪いなぁ」


 さすがは大公の城――――いや、公女の食事だと思いながら、俺は護衛の役割の傍ら肉汁の滴るステーキをナイフで大きく切り分け口に運ぶ。


 強火で表面をさっと焼いてから、じっくりと弱火に切り替え旨味を丁寧に閉じ込めた上質の肉を噛み締めると、口の中で弾けるように肉汁が溢れ出す。

 俺自身の好みからすれば、醤油たまりとニンニクをうんときかせたくなるが、これに文句を言ったら罰が当たる。


 口の中に野性味あふれる肉の味が残っているうちに、グラスに注がれていた見るからに上等な葡萄酒を呷る。

 果実や香辛料を感じさせる芳醇な香りと、しっかりとした渋みのある口当たりが口の中の肉の脂を洗い流していく。

 あとに残る余韻もまた素晴らしい。


「ふぅ……」


 思わずため息が漏れる。


「あの、ジュウベエ殿? それはわたしの毒見もかねているのだが、そんな風に躊躇なく……」


 テーブルを挟んだ目の前で、俺とは対照的に小さく切った肉を静かに口にしているリーゼロッテ。

 心なしかこちらを見る目は少しばかり呆れを含んでいるようにも見えた。


。心配しても飯が冷えるだけだぞ」


 俺の歯に衣着せぬ物言いにリーゼロッテの顔がわずかに引きつる。

 “毒”という言葉に反応したのだ。


「いや、理屈ではわかっているのだが、なかなかこう素直には……」


 繰り返すが、護衛として何もしていないわけではない。


 ハンナとイレーヌは交互に公都へ出て情報収集にあたっているし、俺はこのように食事を共にして毒を混ぜられぬよう警戒もしている。


 まぁ、そうはいうものの、こればかりは毒見をおこなっても遅行性の毒を混ぜられてしまえば完全な阻止は難しいため、暗殺防止用に霊石で造られた無毒化の効果がある魔道具をリーゼロッテに渡してある。


「それだけの代物だ。心配はいらない」


「それ以上に落ち着かないんだ……。これの価値がわかっているのか、ジュウベエ殿は……?」


 ますます何者なのか気になるじゃないか……と小さく漏らすリーゼロッテは、首元に光る白金プラチナの鎖に通した特殊な形状の石に手を持っていく。

 それに反応するように小さく石――――《碧海樹の勾玉》と呼ばれる宝玉がほのかな輝きを放つ。


「便利な石だろう?」


「これひとつで国が買えるかもしれんのだぞ……」


 そういえば、肌身離さず着けているようにと手渡した際、リーゼロッテはあきらかに震えていた。

 「こ、これは神代魔道具アーティファクトではないのか……?」と勾玉を受け取ったリーゼロッテからは言われたが、命の方が大事なのだからあまり細かいことを気にしても仕方がないと思っていたのだが……。


「まぁ、それは別として、食べなきゃ力が出ないぞ」


 食べないなら俺が食おうか?と欲望が口から出かかったが、さすがにそれは肉と一緒に飲み込んでおいた。


「本当に大丈夫なのだろうか……?」


 リーゼロッテの小さくつぶやいた声を俺は聞き逃さなかった。


 心外な。





~~~ ~~~ ~~~






 さて、そうこうしているうちに、“大公選定の儀”当日を迎えた。

 いよいよ今晩、この国の流れが決まる。


「俺が護衛できるのは広間までだったな。いっそ騎士にでもなっておけばよかったかもしれないな」


 冗談めかして言うと、リーゼロッテの蒼の目がかすかに光った気がした。


 ……なんだ、急に妙な悪寒が。


「本来、儀式の際には高位貴族以外は公城に立ち入ることすら難しいのだが、騎士団預かりの身として無理矢理ねじこんでおいた」


 一見しては規律にうるさそう――――真面目そうに見えるリーゼロッテだが、こちらが思っていた以上に柔軟な対応をしてくれた。


「それだけでも十分な成果だ。何かあった時に城の外から駆けつけなくてはいけないようでは困るからな」


 第三騎士団の面々と一緒に、会場の外の警備役として参加できるようになったのだ。

 反対意見が出ないよう、リーゼロッテについて足しげく第三騎士団の訓練にも顔を出したりした甲斐があったというものだ。

 これが無事に終われば、騎士団の連中と酒でも飲んでみたら楽しいかもしれない。


「それと、会場内にも護衛は紛れ込ませられたのも大きいな。……ふたりとも似合ってるぞ」


 俺が声をかけると、リーゼロッテの背後に控えるように立っていたメイド――――ハンナとイレーヌが小さく一礼した。

 俺と違って顔や名前をライナルト側に知られていない彼女らふたりは、メイド服に身を包みリーゼロッテ側付きの侍女として会場の護衛につくことになっている。

 ハンナは三代目伴蔵としての経歴を持っているし、イレーヌも元々忍としての訓練を受けていただけのことはあって、変装の類は得意らしく真価を発揮してくれることだろう。


「……ジュウベエ殿、わたしのドレスはいかがだろうか?」


 なぜかそこでリーゼロッテが遠慮がちな声で水を向けてきた。


 思わず怪訝な顔をしそうになると、リーゼロッテの背後から身振り手振りでハンナとイレーヌが何やらこちらに訴えかけていた。

 動きだけではよくわからなかったが、唇の動きを見ると「と・に・か・く・褒・め・ろ」と繰り返している。


 ……またこいつらはロクなことを考えていないな……。


「……ああ、よく似合っている。勝負をかけるための服だと言っていたが、それ以上にとても美しい。さすがだな」


 咄嗟に放ったものではあったが、よくもまぁ自分の口からこんな言葉が出てくるものだ。


「そうか……!」


 俺の言葉に表情を綻ばせるリーゼロッテ。まるで花が咲いたような笑みだ。


 しかし、世辞を抜きにしてもリーゼロッテのドレス姿は美しかった。


 金色の髪は日々の手入れもあるのだろうが、騎士として厳しい訓練を積んできたとは思えぬほど艶やかで、窓から差し込む陽の光を受けて輝いて見える。

 それにくわえて、目鼻立ちがすっきりと整った顔立ち、染みひとつない白磁のような柔肌。紺碧の色を見せる蒼色の瞳は、さながら磨き上げられた宝石のようでさえある。


 本来はパニエとかいうものを使ってふわりとスカートの形が出るようにしているらしいが、リーゼロッテの身に纏っているミッドナイトブルーのドレスは細身に作られており、彼女の持つ絶妙なまでの身体のラインが品を損なわないように浮き出る見事な仕上がりとなっていた。

 俺からすれば余計な装飾に見える膨らませた袖パフスリーブがないのもまた好印象を受ける。


 衣裳の下に鎖帷子でも纏っている怯懦さを見せないためだとリーゼロッテは言うが、それがかえって意図せぬ美しさを生み出していた。


 天然系なのだろうか?

 ……まぁ、“お姫様”なわけだし十分考えられることだ。


「よし、これで戦えるな……!」


 リーゼロッテは言葉と共にぐっと拳を握り、傍らに立てかけてあった《オルト・クレル》を手に取る。


 いったい、彼女はなにと戦うつもりなのだろうか。


「よし、そろそろ行くか……」


 ソファから立ち上がって俺が宣言すると、皆が力強く頷いた。


 あとはなるようにしかならない。

 今まで積み重ねてきたもので決定が下されるのならば、あとはそこに“余計な茶々”が入らないようにするだけだ。



 そうして、俺たちはそれぞれの戦場へと向かう。



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