第39話 浄火の奔流


「“コレ”を使うのも、ずいぶんと久し振りだが――――」


 能力の発動と共に、黄金色の輝きを増す降魔佛ごうまぶつの彫刻。

 そして、生じた輝きへと続くようにして刀身から吹き荒れる紅蓮の炎。

 その奔流が、刀身の周囲に龍――――東方の霊獣のように渦巻いては刀身の中に戻っていく。


 いつしか、吹き寄せる風からはそこに含まれる澱みが消えていた。


 だが、それでも肌を撫でるような優しい風からは程遠い。

 何かが起きることを予感させる――――そんな緊迫感を宿していた。


「威力は申し分ないんだが、刀自体に溜め込んだ魔力を容赦なく消費してしまうのが問題だな」


 俺のつぶやきに反応するように、龍の炎を刀身に宿した狂四郎の鍔が重く鳴る。

 それはまるで「せっかく、前回の発動からここまで溜められたのに……」と非難しているようであった。

 これではまるで拗ねているような物言いではないか。


 ははは、これは“前回のこと”を相当根に持っているのだな。


 どんどん人間臭さを表してくる狂四郎のしぐさに、俺は刀身を見ながら苦笑を浮かべてしまう。


「……安心しろ、今回は一瞬でカタをつける。あくまでも、威力の調整を覚えるのが目的だ。“ちょうどいい的”がいるだろう?」


 そして、内心でだけ付け加える。

 本気で使ってしまうと、


 前回はそれで魔王城の一階層が炎の海になってしまった。


「まぁ、それに――――」

 

 俺は視線を向ける。


 遠巻きにこちらの様子を窺うようにしていたスケルトンたちに新たな動きがあった。

 それまで人体を形成していた骨が、まるで散らばるようになったかと思うと、そのまま一か所に集まり始める。

 そして、新たな魔力の流れがそこへ加わり、形状が変化していく。


 ネクロマンサーは、その固有魔術によりスケルトンを創り出すことができる。

 だが、地中に埋まっていた骨というのは土に還る途中であるため、そのほとんどが程度の差こそあれボロボロになっている。

 なので、そこへ魔力を流して強靭な骨へと変化させて使役するのだ。

 先ほどスケルトンたちが使っていた武器もその応用だし、今やろうとしていることもそうなのだろう。


 だが――――


「おいおい……。さすがにそれは悪手だろう……」


 口から漏れ出た俺の言葉は、呆れを多分に含んでいた。

 

 俺が武器を持たせたスケルトンたちの一斉攻撃を躱し、それどころか返す刀でそのまま消滅させてしまったことで、いよいよ術者が焦り出したのだ。


 目の前に新たに表れたのは、全長五メルテンにも及ぼうかという巨大な人骨だった。数体分の骨で造られた斧のような武器を携えている。


 なるほど、これなら“低位巨人のスケルトン”と言ってもおそらく納得することだろう。


「きょ、巨大化した――――」


 実際、死霊魔術の応用を目撃したリーゼロッテの口からは呻きのような声が漏れた。


 そりゃあ、それまでの人間サイズから、これだけ巨大な物体に突如として変化すればこんな反応にもなる。

 人間は無意識のうちに自分よりも大きな存在に恐怖感を感じるのだ。

 大柄な男を見ると、なんだか屈強そうに見えるようなものだろう。


「“ヒュージスケルトン”。八洲風に言うなら――――“がしゃどくろ”だろうな。面白い小細工をしてくるものだ」


 吐き出す俺の言葉に乱れはない。

 むしろ、乱すくらいのことをしてほしかった。


「し、しかし……。いかにジュウベエ殿といえど、あのような巨躯を相手にするのは――――」


「いや、


 リーゼロッテの言葉を遮って、俺は断言した。


 そう、八洲にいた時にも俺は“コイツ”を相手にしたことがある。

 あの穢夷エゾの地で。


 ……まぁ、その時はこの三倍以上のデカさが相手だったが。


「お前は雇い主らしく、もっと泰然自若に構えていればいい」


 というよりも、リーゼロッテがビビりすぎなのだ。

 俺は振り返って視線を向けると、その蒼色の瞳を見据えて言い聞かせるように語る。

 

 次期大公候補に無理矢理いれられてしまったこと。

 アンデッド討伐で出てしまった大きな犠牲。

 そして、今回かつての仲間たちが不死者化魔術ネクロライズによって敵となって襲い掛かってきたこと。


 これらの出来事の連続で、リーゼロッテの精神は見た目以上――――本人も気付いていないほどに疲弊してしまっている。

 だから、普通であれば考えられないほどに弱気になっているのだ。


 ならば、その不安材料を取り払ってやるのみだ。


 ……もう、追い詰められていく人間を間近で見ているようなことはご免なのだから。


「アレは巨人でもなんでもなく、人骨が形を変えただけのデカい傀儡くぐつだ。ならば、“お前の剣おれ”に斬れぬ道理はない」


 そう告げて、今度こそ俺は前に進み出ていく。


「光栄に思えよ、死霊術師ネクロマンサー。お前に、面白いものを見せてやる」


 右手の刀を引いて、左腕を前に掲げる。


 握る太刀。

 その流麗な刀身に渦巻く炎は、解放を今か今かと待ち望んでいる。


 その光景に危機感を抱いたのか、ついにヒュージスケルトンはこちらへと動き出す。


 何をするかは知らないが、所詮は人間程度の大きさ。

 巨大質量で潰してしまえば関係ないとでも言わんばかりに。


「いい選択じゃないか」


 その選択は、対峙する死霊術師ネクロマンサーが今回の戦いで導き出した唯一の正解であった。


「――――だが、動き出すのが遅すぎる」


 様子を見ていたのかなんなのか知らないが、俺が威力を調整するために、狂四郎へと送り込むオーラをいじっている時が一番の好機チャンスだったのだ。


「だから、お前は三下なんだ」


 地響きを立てて迫るヒュージスケルトンへと見せつけるように、俺は笑みを浮かべる。


 最良の選択は、“俺と戦わないことだ”。


 しかし、それを避けて俺に挑んでしまったのなら、一切合切斬り捨てるだけだ。


「――――断ち切れ、《臥龍翔焔斬がりゅうしょうえんざん》」


 踏み出しから狂四郎を振り抜いたと同時に刀身から迸った黄金の炎は、正面からこちらへと大斧を振りかぶろうとしていたヒュージスケルトンの身体を直撃した。


「ざ、斬撃が、飛んだ――――」


 リーゼロッテの呆然とした声。

 そんな彼女の視線の先で、空を渡った炎の斬撃が、袈裟懸けのようにヒュージスケルトンの身体を鎖骨から胸骨を横断し背骨を斬り裂きながら骨盤までに達する。


 そして、喰らいついた炎が切断面から広がっていき、ヒュージスケルトンの身体を瞬く間に覆い隠していく。

 まるで、これ以上死者たちの骸がリーゼロッテの目に晒されずに済むように。


「休め、先に散って逝った騎士たちよ。リーゼロッテのことは俺に任せてくれ」


 すくなくとも、大公の選定が終わるまでは俺がかならずリーゼロッテを守ってみせる。


 そのあとは――――


「《火葬剣》のような特効魔法ではないのに、あの巨大なアンデッドを一撃で……」


 近寄ってきたリーゼロッテの声により、俺は意識を現実に引き戻された。

 さっきから驚きっぱなしじゃないだろうか。

 

「不死の帝クラスでなければ、大きさなどたいした問題にはなりはしない」


 収束した熱量をぶつければ、よほどの存在でもなければ消え去るだけだ。

 高位魔術師のように、体内の魔力を使って簡単に発動できるわけではないのがちょっとした難点だが。


「……いや、そう言えるのは、ジュウベエ殿だけではないか……?」


 かもしれないが、苦笑を返すだけで言葉にして答えはしなかった。


「さて――――」


 狂四郎を軽く振るい、俺は視線を別の方向へ向ける。


「死者の眠りを妨げておきながら、自分自身は高みの見物のままか。まったくもって気に入らんな」


 それが後衛魔術師――――いや、死霊術師ネクロマンサーの戦い方なのだとしても、自らは安全な場所にいながら死者を無理矢理操って戦わせようとするその性根が俺個人としては気に入らない。


 楽な死に方はさせんぞ――――と、魔力の流れから辿っていた場所に収束した殺気を飛ばすと、慌てたように遠退いていこうとする気配。

 逃がすのも癪だし、またぞろ何をしでかすかわからない。


 だが――――不意にその気配が消えた。


 疑問に思っていると遠くから姿を現したのは風にたなびく金色の髪。

 イレーヌの姿だった。


「遅れ馳せながら、不届き者は始末させていただきました」


 にこりと微笑みながら、大業物短刀 《竜胆りんどう》の鮮血を拭うイレーヌ。


「ご苦労。我らが姫君を害さんとする不届き者にはお似合いの末路だ」


 






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る