第38話 Born to be Wild



 命じられたままにこちらへと殺到してくるスケルトンの群れ。


「下がっていろ。片付けてくる」


 リーゼロッテに向けて短く残し、俺はその白い波濤の中へと身を投じていく。


 虚空を滑る狂四郎の一閃が、一番槍とばかりに飛び掛かってきた二体のスケルトンの胸部を空中で両断。

 返す刀が、骨と骨の間からこちらへ突進してくる大柄な骨の亡者を、肩口から露出している骨盤の真上まで袈裟懸けに斬り裂く。


「……そうか、この程度では死ねないか」


 どいつもこいつも、人間ならこの時点で即死しているはずだ。

 しかし、すでに死を通り過ぎている骸の兵士たちは、なおも与えられた目的を果たそうと何も映さない空洞と化した眼窩をこちらに向けて、肉を失った手を伸ばそうとしてくる。


 こいつらを止めるには、リーゼロッテの《火葬剣》で焼き払わねば本来は不可能なのだろう。


 しかし――――


「――――“喰らえ、蝕身むしばみ”」


 ギチギチギチギチ――――!!


 しかし、動き続けようとする哀れな骨の身体は、狂四郎の激しい鍔鳴りと共に


 ただ刀で斬られただけにもかかわらず、一切の痕跡すら残さぬとばかりにスケルトンの身体を構成していたモノは完全に消えて――――いや、青白い光の粒子となって狂四郎の刀身へと吸い込まれていく。

 封じられた力を解放したことで、“妖刀きょうしろう”が暴れているのだ。


「さっそく貪っているな。“淑女レディ”がはしたないことだ」


 間近に迫っていた骸骨の腕を掻い潜り、そのまま首をさくっと刎ね飛ばしながら俺は小さく笑う。


 人を斬れば斬るほどに力を蓄え、幾多の使い手の手を渡った末に最高峰に近いまでの切れ味を手に入れた刀 《蝕身狂四郎むしばみきょうしろう》。

 だが、その刀は反動とばかりに絶えず他者の生き血――――魔力を求めるようになった。

 敵を斬ることでその刀身に宿る切れ味を冴え渡らせるが、それがゆえに常に血を欲する妖刀と化してしまったのだ。


 常に最高の切れ味を誇るために、常に人を斬ることを求める。

 そして今、敵を効率よく“喰らう”ための補助動力として、俺のオーラが使われていた。


 かなり緩い弧を描く五八七ミリテンの刀身は、鋩子ぼうしの尖り具合によりまるで繊細にして濡れそぼる乙女のような妖しい煌めきを放つ。


 ところが、中身は見境なしに血を求める“人斬り包丁”だ。


 しかし、その忌避され続けてきた力こそが、この戦いを勝利に導く。


 今は敵を喰らうことしか考えていないお転婆を携えた俺はさらに前進。

 意思のない骨の兵士たちを、今度こそ無に還すべく刃を振るっていく。


「さすがに墓場を選んだだけのことはあるな……!」


 さて、スケルトンという魔物アンデッドだが、こいつらが自然発生することはまずありえない。


 魔力――――マナの吹き溜まりなどで死体が屍人ゾンビ化することはあるが、白骨化してまで動き出すとなれば人為的かつ魔力的な介入が必要になる。


 そこで死霊術師ネクロマンサーの出番がやってくるのだ。


 彼らがもっとも得意とする――――いや、唯一無二ともいえる魔術が不死者化魔術ネクロライズであり、その尖兵となるのがスケルトンだ。


 死体をそのまま使うこともできるが、それでは鈍重なゾンビにしかならない。

 さらなる魔力をそそぎ込むことで、ワイトなどの高位アンデッド化させることもできるらしいが、少なくとも今相手をしているネクロマンサーにその実力はない。


 では、その優位性とは何か?


「数だけは達者だ……!」


 感情が言葉となって口を突いて出るが、もちろんそれだけではない。


 絶えず襲い掛かってくるスケルトンたちだが、彼らは決して疲れず、決して息も上がらない。

 人間であれば、休まずに戦い続ければ息が上がってしまうし、いかに精強な戦士であっても集中力に僅かな切れ目が生じる。

 そこをヤツらは突いてくる。


 だが、


 人間や普通の魔物が相手ならそれでもいいだろう。


 疲れないだけ、恐怖がないだけの存在など、文字通りそれを上回る力で粉砕してやればいいだけの話だ。


 相手を疲弊させてから仕留めればいい――――。


 そんな考えで戦おうとする時点で、俺には絶対に勝てない。


 そして、俺から“強敵と死合う機会”を奪った報いは、かならずやその身に受けさせてやる。


「――――む」


 小柄な骸骨の腰骨を真横に両断したところで、妙な気配と魔力の流れを察知。

 俺は自身から湧き出た勘に従って身体を動かす。


「ジュウベエ殿!」


 後方からリーゼロッテの声が響く。


 ……大丈夫だ、わかっている。


 狂四郎に喰われつつある骨と骨の間を縫うように、突如として白い槍の穂先が突き出され、俺が直前までいた場所を高速で通過していった。


 目だけで追ったその槍は、


「――――なるほど。さすがに小細工くらいは弄することもできるか。でなければ、術者が阿呆すぎる」


 よくよく見れば、何体かのスケルトンがいつの間にかいなくなっており、残るスケルトンが白い武器――――いくつもの骨を圧縮して作り出したであろう武器を握っていた。


 ……なるほど、これも不死者化魔術ネクロライズの応用というわけだ。


 当然のことながら、術者の魔力こそ流し入れているが、スケルトンの力――――戦闘力は元の“素体”からの影響を色濃く受ける。

 たとえ骨だけの身体になったとしても、一兵卒と名立たる武将が同じということはあり得ない。

 そのため、本来は数を稼ぐ役目のスケルトンを敢えて武器として変形させることで、個体としての能力に優れるスケルトンをより強化する戦術に変更したのだ。


 つまり、今まで俺が相手にしてきたスケルトンたちは、文字通りの捨て駒というわけだ。

 一気呵成に飛びかかってこちらをある程度消耗させたところで、本命のスケルトンたちに討ち取らせようという戦術だ。


 スケルトンの群れの動きがにわかに変わった。

 こちらへと絶望を与えようとでもしているのだろうか。


 カタカタカタカタ――――!


 肉なき骸たちが一斉に歯を打ち鳴らす。

 ある種、悪夢のような光景だった。


わらわせているのか、いい趣味だ」


 俺の言葉に反応したように、死者たちが武器を携え突撃を開始。


 屈んで躱した俺の上空を駆け抜けていく長槍。

 その刃が元の位置に戻されるよりも早く、俺の振るう刃が跳ね上がる。


 胸元の中心に喰らいついた刃はそのまま胸骨を開くかのように両断していき、顎から頭頂部までも一気に両断。


「だが、気に入らんな」


 刀を振り抜いた俺の死角から、小柄なスケルトンが細身の骨剣で刺突を放ってくるが、それを左腕で挟み込むようにして受け止める。


 その動きの止まった瞬間、それを好機チャンスと捉えた武装スケルトンたちが周囲から殺到。


 身体を低く沈ませた俺に、槍の群れが一気に押し寄せる。


 それらを跨ぐようにして宙に飛び上がり、“オーラ”の放出で俺は姿勢を制御。

 槍の交差する部分に軽く左手を置きながら、さらに逆さまのままに上空へと躍り出る。


 虚無の眼窩をこちらに向けたまま、上下の顎が開いたままの骸の群れを通してネクロマンサーの驚愕の表情が見えた。

 回転しながら襲い掛かった狂四郎の銀閃は、俺を取り囲もうとしたスケルトンたちを上顎の部分で切断していた。


 そして、一旦間合いを空けるべく、気を多めに放出させながら後方――――リーゼロッテのところへと下がる。

 さすがに完全放置というのも心配なので一時撤退だ。


「嘘みたい……。まるで、舞を踊っているような……」


 着地と共に聞こえてきたリーゼロッテの言葉には、完全に“素”の感情が浮き出ていた。

 今は口にしないが、こっちの方が素直でかわいいと思う。


「特別だからな、みんなには内緒だぞ?」

 

 再び前に進み出ながら嘯いてみせる俺。


 さらなる襲撃がくるかと思っていたが、そんな気配はまるでない。

 残る骸の群れたちは、武器こそ構えているものの、こちらを遠巻きにしているようにも感じられた。


「どうした、死霊術師。よもや目論見が外れたか?」


 わざとらしく立ち止まって見せ、俺はスケルトンたちのその奥――――こちらを殺そうと、どこかで骸の戦士たちを懸命に操っている死霊術師ネクロマンサーへ向けて俺は言葉を投げかける。


 当然ながら返事はないが、スケルトンの群れが怯んだように見えた。


「さて、いい加減茶番は終わりにするか。狂四郎、喰らった分は働いてもらうぞ」


 ……ギチ、ギチ。


 不服そうに唾を鳴らす狂四郎を構えながら、俺は狂四郎がその身に宿す能力を発動させるため言葉を口にする。


「――――“生み出せ、浄炎”」


 刀身の片側に刻まれし、佛教の守護者たる浄化の力が解放された。





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