第36話 重なりし姿


「実に見事な戦いであった、ジュウベエ殿。あのランベルトに認められたのなら、騎士団の皆も納得したことだろう」


 訓練場を後にしてふたたび城内を歩く中、リーゼロッテは満足気に口を開いた。


 先ほどのランベルトとの模擬戦で勝利をおさめた俺は、あの場にいた騎士たちにもみくちゃにされることとなった。


 もちろん、乱闘が起きたとかそういうことではない。


 第三騎士団最強どころか、公国内でも有数の使い手であるランベルトとの模擬戦に勝利したことは彼らにとっても相当な衝撃だったらしく、俺は一躍騎士たちの注目を浴びる存在になってしまった。

 これは、ランベルト自身がすぐに俺の実力を認める発言をしてくれたこと、また俺もすかさず「同じ武器で戦っていたらどうであったかわからない」と補足したことで、第三騎士団の面々の心象を悪くせずに済んだことが大きく影響しているのだろう。


 紆余曲折はあったにしろ、“当初の目論見通り”には持っていくことができた。


「……ですが、ああいうのは今回限りであってもほしいものです」


 今後も騎士団などに顔を出すたびに模擬戦をしなくてはいけないようでは、いつかうっかりボロを出してしまいそうだ。


 斬れば終わりの戦いではない以上、どうしても力加減というものが難しい。

 このような人目につく場所で、“本気”を出してしまえばどうなるかわかったものではない。

 そもそも、ただ人を斬るだけであれば、巨人を相手にするような武器も力も必要はないのだから。


 ――――まぁ、それにあまり手の内を明かすのもな。


 おそらくだが、あの中にも敵対勢力に内通しようとしている者はいるはずだ。

 少なくない騎士たちを失ったことで、旗色が悪くなっていることに危機感を持っている者がいないとも限らない。

 その可能性がある中で、必要以上の力を見せることは迂闊過ぎる。

 リーゼロッテさえ暗殺どうにかすればよいのであれば、俺の動きを拘束してその間に仕留めるなど方法はいくらでもあるのだ。


「そう言わないでくれ……。まさか、ランベルトのような実力者が自分から出張ってくるとは、わたし自身思っていなかったのだ……」


 俺の苦言で急に困ったような声になるリーゼロッテ。

 それを見て笑ってしまいそうになる。


 いわゆる“じいや”の暴走は、さすがの公女様でも御しきれなかったというわけだ。


 まぁ、あの場でリーゼロッテが制止するわけにもいかなかったのも理解はできる。

 どちらの味方でもないとした上で、模擬戦を承認したのは結果的から見れば上策だろう。


「だが、あれで貴殿の名はこの国にも広まるであろうよ」


 彼女なりのフォローのつもりなのだろうか。

 リーゼロッテは小さく笑みを浮かべていた。


 素直に笑うと、年相応とでもいうべき可愛らしさが垣間見える。

 いつもこうしていればもう少し親しみやすいだろうにとは思うが、少なくとも俺が騎士たちに認められるかどうかは、やはり彼女にとって大きな懸案事項だったに違いない。

 俺の“本当の実力”を知っているリーゼロッテにしてみれば、単機であれだけの力がある存在を手放すわけにはいかないのだろう。


 ……だったら、もう少し面倒を避けてくれたらと思わないでもないが、まぁこの際それは言うまい。


「ならばよいのですが。……しかし、リーゼロッテ殿もいい演説でございましたな」


 話題を変えようと発した俺の言葉を受けて、リーゼロッテの歩みがにわかに遅くなる。


「……茶化されては困る。大した腹芸もできないわたしには、あのような綺麗ごとを並べるだけで精いっぱいだ。この身はまつりごとは向いていないようだからな」


「そのようなつもりは。しかし、そうであれば大公の座を獲りにいくと仰っていたのは?」


 このように語るリーゼロッテを見ると、俺は彼女があの場で発した言葉の意図がいまいちわからなくなる。


「……あれは“方便”のようなものだ」


 そう静かに答えるリーゼロッテの目には、幾ばくかの焦りとそれ以上に切実さが渦巻いていた。


「だが、それを差し引いても、今の兄上にこの国を委ねるのはあまりにも危険だ。いつそうなってしまったかまではわからないが、あの方は覇道を以て歩まんとするようになってしまわれた」


 リーゼロッテの声には、少なからぬ危機感と苦渋が滲んでいた。


「わたし自身、大公になりたいと自分から思ったことは一度とてない。だが、その候補に選ばれた中で他に採るべき道がないのなら、わたしが勝つしかないのだ」


 和解の方法がないのかとは訊かない。


 あればとっくの昔に解決して、このようなことになってなどいないからだ。

 もはや引き返せないところまで来ているのだろう。


「あくまでもご自身のためではないと仰りますか」


「そうだ。すべては、この国の民と、わたしを信じてついて来てくれようとする騎士たちのためといってもいい」


 いずれにせよ、リーゼロッテにしてみれば、兄であるライナルトに次期大公の座を譲ってしまうことで、いずれ到来するであろう戦乱にこの国が巻き込まれることを予兆として感じ取っているわけだ。

 そして、それを回避するためには自らが動くしかないと思っている。


 個人の意見などあってないようなものか。


 だが、

 大いなる権威の下に生まれてしまった以上、そこには個として動けるだけの“隙間”など存在しない。


「そうだな……。少し、付き合ってほしい場所がある」


 リーゼロッテは俺のほうへ向き直ると静かに口を開いた。






~~~ ~~~ ~~~






 公城から少し離れたところにある高台には、暖かな陽光が降りそそいでいた。

 まるで人気のないこの場所には、芝生が敷きつめられ灰色の墓石が立ち並んでいる。


 ここに眠る者たちを俺は名前さえ知らないが、静かに鎮座するそれらのどれもがしっかりとした造りであることから、ひと目で身分のある者が眠る場所だとわかった。

 そして、雨風に晒される場所でありながら、驚くほど綺麗に保たれている。

 これは墓守がしっかりと管理しているからだろう。


「ここは、第三騎士団の墓地だ。過去からのものもあるが、新しいものはすべて魔物を討伐する中で命を落とした騎士たちの――――」


 俺が黙っているからか、リーゼロッテが静かに口を開いた。


 当然のことながら、魔物の討伐は危険度が高いものと認識されている。

 彼ら騎士が冒険者の仕事を奪っていないのであれば、必然的に冒険者では手の届きにくい場所や強力な魔物を討伐することになる。


 戦と同じで、騎士としての訓練を積んでいたとしても、全員が生還できるわけではあるまい。

 そして、その答えが、目の前に並ぶ墓石たちということだ。


 しかし、リーゼロッテがわざわざ部外者たる俺を伴ってこの場所を訪れる意味がわからなかった。

 それこそ、自身の擁する第三騎士団の面々を伴うべきだろう。


「悩んだ時、わたしは密かにここへと来ているんだ。もちろん、皆には内緒でな」


 そんな俺の疑問が伝わったかのように、リーゼロッテが苦笑交じりにそう言葉を漏らした。

 さすがにそれを見て、俺は眉をひそめそうになる。


 彼女自身が腕の立つ騎士であることは知っているが、それにしてもいささか軽率な行動ともいえる。

 こんな時でなくとも、大公の娘ともなれば日頃から狙われることとてあるはずだ。

 いかに公都というお膝元であるからと、このような行動をとるのはあまり感心できなかった。


「それを抜きにしても、今のわたしは騎士たちの前では見せられぬ姿をしているのだろうな……」


 続いたリーゼロッテの独白めいた言葉に、俺は言葉が出なくなる。


 そして、同時にその姿に、俺はふと昔の光景を思い出しそうになった。


「それではなおさらのこと、部外者である拙者に見せるべきではなかったのでは?」


 幻影でも見たのかと意識を切り替えるべく俺は言葉を紡ぐ。


「小娘の弱音ひとつで、契約を反故にするような御仁だとは思わなかったのでな」


「……そのように褒められても、拙者には迫り来る敵をすべて斬って捨てることしかできませぬ」


 俺が小さく肩を竦めて返した言葉に、リーゼロッテは小さく儚げな笑みを浮かべた。


「その力がわたしにあればと思ってしまうよ、ジュウベエ殿。討伐で犠牲が出る度に、わたしは己の無力さを呪ってしまう。人の身にできることが限られていることなどわかっていようはずなのに」


 林立する墓石を眺めながら、金色の髪を吹く風にたなびかせてリーゼロッテは語る。


「しかし、この場所に眠る者たちのためにも、わたしは今ここで止まるわけにはいかんのだ。それが仮にわたしの意思とは反するものであったとしても」


 なぜか、それが重なって見えた。


 まったく似てもいないのに。


 天下原あまがはらの戦いが間近に迫ったある日、「いよいよ俺は“権威だけに縋る旧弊の亡者”になってしまった。だが、ここでやめれば幕府の再興を信じ散っていった者たちに冥途で顔向けができなくなる。戦うしかあるまいよ、雪叢」と寂しそうな顔で語った実の兄ゆきよりの姿と――――。


「なぁ、ジュウベエ殿。もしよかったらなのだが……この依頼が終わった時には冒険者ではなく――――」


 そんな時、禍々しいまでの魔力が静謐さを湛えていた墓所の中に突如として渦巻いた。






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