第35話 肉弾を以て打つべし
背筋に寒いものが走るその前に、俺はすぐさま後方へ飛んで回避を選択。
その直後、空を切り裂く巨大な木剣が俺のすぐ目の前を通過していく。
……ひとつだけ問いたい。なんでこんな実力者が今になって出てくるんだ?
「ふむ、踏み込んでくるものとばかり思っていたぞ」
ようやく動きを止めたランベルトが大剣を下段――――八洲でいうところの脇構えに近い位置に置き、こちらを見て笑みを見せる。
ちなみに、審判役のリーゼロッテは最初の位置で立ち尽くしたまま真っ青な顔になっていた。
自分の出した注意を完全に無視して始まったことと、今まで一連のぶつかり合いが模擬戦ではありえないようなものであったためか。
……まぁ、こちらは今のところは放置で構わないだろう。
「まんまと誘われて、腕とアバラの骨を粉砕されたくなかったんでな。それよりも、いきなり医務室送りになりかねない勢いだったんだが? 模擬戦でいったいどういうつもりだ?」
相手の意図はなんとなく読めているが、ここは非難めいた目を向けてみる。
「ふん。やすやすと倒されるような惰弱な者であれば、姫様の護衛には必要ない。ここで退場してもらうだけだ」
こちらへの“敵意”と歯をむき出しにして、ランベルトは断言する。
……そうか。このおっさん、リーゼロッテの剣の師匠とかそういう人間か。
手塩にかけて育て上げた自慢の《
そりゃあ全力で叩きのめしにもくる。
「道理だな。自分のことじゃなければ、その意見には全面的に賛成だ」
ならず者らしく、俺は鼻を鳴らして答える。
さすがにここで挑発するような真似はしない。
もしここで「お前がアンデッド討伐について来ていれば」などと言おうものなら最悪の挑発となる。
あの不死の
あのイルナシドを相手にするには、ほとんどの生物は相性が単純に“最悪”なのだ。
「余裕だな、小僧」
「ああ、楽しませてもらっている」
俺の言葉は紛れもない本音だ。
なかなかどうして愉しくなってきた。
本気を出せないとしても、これを肉体同士の純粋なぶつかり合いと考えれば実に面白い“余興”だ。
けっしてランベルトを侮っていたわけではないが、俺もいよいよ肚を据えて動く。
「むっ――――」
地面を蹴って一気にランベルトへ肉迫。
膂力だけでなく瞬発力まで見せられれば、通常は相手の大剣を警戒して間合いを詰めることを躊躇して、隙を縫うような攻撃方法に終始するだろう。
だが、それでは決定打は生み出せない。
そもそも、そのような小手先の技に頼る戦い方では、騎士たちの鼻をあかすことなどできないだろう。
だから、俺は前に出る。
「そのような動きで……!」
いかに予想外の動きだったとはいえ、さすがに歴戦の騎士が相手ともなればすぐに対応してみせる。
とかく大振りになりがちな大剣を、ランベルトは巧みな腕さばきとそこに全身の動きを併用することで、瞬間的にこちらの動きに合わせた斬撃へと変えてくる。
しかし、あくまでも合わせただけで“俺を捉えている”ものではない。
大剣が描くと踏んだ軌道。その範囲は本来よりもずっと狭まると予想し、俺は迷わず突き進んでいく。
全身を使って振り下したランベルトの一撃を、俺は横に跳んで回避し、着地と同時に身体をひねりながら再度膝のたわみを利用して跳躍。
そのまま側面からランベルト目がけて急襲する。
しかし、ランベルトの態勢の立て直しは速かった。
瞬時に左手で逆手に大剣を握り、その幅広の刀身を引っ張り出すように前面に展開。こちらの斬撃を防御してのける。
木で作られた剣がぶつかり合うにしては異様に大きな音が訓練場に鳴り響く。
この男、大剣に頼り切っていないな……!
俺の一撃を受け止めた大剣の向こうで、ランベルトの顔が凄絶な笑みに歪む。
「ずいぶん楽しそうじゃないか、おっさん……!」
そう返すが、きっと俺も似たような顔をしていることだろう。
「貴様もな!」
ほぼ同時に、互いの空いた方の手が拳となって放たれる。
拳と拳が正面から衝突。
骨が軋みを上げ、衝撃が腕を駆け上るように伝わってくる。
互いの視線が空中で交差。
「まるで獣のような動きをしてくれるな……。人間を相手にしている気がしないが、魔物でも魔族でもない。貴様はいったい何者だ?」
同じような台詞をイルナシドにも言われたが、どういうことだ。
「……ただの
前を向いて口を開きながら前蹴りを放つが、掲げられた足で受け止められ無効化される。
なんつー強靭な肉体だ。
このまま肉弾戦を継続するとなれば、“全力”を出せないこちらに優位性はない。
「俺に勝ったら存分に褒めてやろう」
「それじゃあ、もうじきだな」
なにが実力を見てやる、だ。冗談じゃない。どうせコイツがこの騎士団の中で一番強いんだろう。
わざわざ大剣を持ち出してきたのも、単純にこちらに油断させるのが目的なのではない。
こちらの実力がどうであれ、すべてをその剣で粉砕してのけるという自信の表れだったのだ。
……いいぞ、もっと見せてくれその身に蓄えた技を。大陸の騎士の強さを。
どちらからでもなく、剣を振るうため後方へと動き間合いを空ける。
もはや、ふたりの動きは阿吽の呼吸にも近いものとなっていた。
なるほど、たしかにこれは模擬戦だ。
小さく笑ったところで、ふたたび接近を開始する。
こちらへと目がけて振るわれる大剣。
それが激突する前に、こちらも木剣を振るって柄を握る手首を狙おうと斬りつけるが、読んでいたランベルトは腕を引いてをそれを回避。
攻撃が外れたことに小さく舌打ちをしながら、俺はさらに一歩踏み込んでランベルトへと袈裟懸けに打ち込むが、足のわずかな動きだけで身体を逸らしてそれを回避。
間髪を容れず、大剣が下方から俺を狙って跳ね上がる。
それを木剣で滑らせながら受け流し、相手の間合いへと侵入を試みるが、大剣がそうはさせまいと翻って俺の行く手を塞ぐ。
木剣を旋回させ、その巨大質量を無理矢理別の方向へ逸らして、俺は後方へ飛ぶ。
――――そろそろ、決めるか。
これ以上伸ばす必要もない。
俺は木剣を静かに掲げ、右八双に構えた。
同時に、足の運びに合わせて、砂の擦れる音がひっそりと生まれる。
「む――――」
こちらが構えをとったことでランベルトは警戒の様子を見せる。
だが、その瞬間には俺はすでに動き出していた。
地面を蹴るようにして、瞬く間に相手との間合いを詰めていく。
生死を問わずに刀を振るえばいい戦いではないため、いかにすればこの条件下で勝てるかを先ほどからずっと見極めようとしていた。
結論――――ランベルトをはるかに上回る速度を以って、相手の懐に潜り込んでやればいいだけだ。
「バカ正直に――――!!」
ランベルトには、やぶれかぶれになった俺が真正面から突撃を仕掛けたように見えたのだろう。
こちらの突撃に合わせるようにして、掲げられた大剣が雷のような速度で真っすぐ振り下ろされた。
その瞬間、俺はさらに加速をかける。
「なっ――――!?」
振り下ろされる大剣。その軌道の真下を潜り抜け、俺は驚愕の表情を浮かべるランベルトの懐に潜り込んだ。
そして、同時に握った木剣の切っ先をランベルトの喉元に突きつける。
誰もが予想しなかった事態に、降って湧いた静寂が訓練場を支配する。
「バカ正直だろうがなんだろうが――――その一撃さえ突破すれば俺の勝ちだ」
その静寂を切り裂くように、俺は勝利を宣言した。
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