第34話 剛剣のランベルト
吹き寄せる風によって、土埃が小さく舞い上がりながらどこかへと運ばれていく。
先ほどまで数多くの騎士たちが整然と並んでいた訓練場の中央部には、今や俺とひとりの騎士が立つのみで、他の面々はすべて俺たちを遠巻きに囲むようにして外縁部へと寄っていた。
俺の目の前に立つ騎士――――先ほどランベルトと名乗った男は、こちらへ向けて相も変わらず威圧的な視線を送ってきている。
これから始まる戦いを前にして気が昂っているのは結構だが、おっさん相手に向けられても嬉しい視線ではない。
さて、この鎧姿の巨躯を前にした俺は、さぞや周りからは絶望的な戦い方を挑んでいるように見えることだろう。
実際、「ああ、アイツ死ぬわ」みたいな視線が各所から寄せられている。
「そういえば名乗っておらんかったな、冒険者殿。俺はランベルト・フォン・アンデルート。この第三騎士団の副団長を務めている」
リーゼロッテの口を通してだが、先に名が伝えられている俺の名前を言おうとしないあたり、完全にこちらを挑発しにきてるな、コイツ。
まず最初に相手の感情をかき乱そうとするとは、騎士にしては“ケンカの仕方”を心得ていそうだ。
実際、このおっさん――――ランベルトの顔を見れば、ところどころに切り傷の名残は見受けられるが、それと同時に微妙に鼻や頬などの骨の形が変形している。
おそらく、治癒魔法でも完全に治しきれないほどの肉弾戦を繰り返して来たのだ。
ただ「爵位を継げないから仕方なく騎士団に入りました」などというお坊ちゃんとは違い、このおっさんは実戦を知り尽くしている可能性がある。
「ジュウベエ・ヤギュウ。見ての通り、しがない“冒険者”だ」
見え見えの挑発に乗ってやる義理もない。
軽く名乗りを返すと、周りから失笑が聞こえてくる。
騎士たる者たちからすると、俺の返事はさぞや情けない名乗りに聞こえたのだろう。
しかし、ランベルトの表情にはそれらと違って、どこかこの事態を楽しんでいるような笑みが浮かんでいた。
「明らかに自分を見下している騎士連中の中で、相手に挑発されても怒りを露わにしないだけの忍耐力は持っているようだな」
「そりゃどうも」
口上を並べるのは好きじゃないのでぞんざいに応じる。
それを受けて、ランベルトの笑みがより深まった。
なんとなく読めてきた。
この男は、他の騎士と違って俺を侮ってなどいない。
であれば、なぜこちらを試すように出てきたのか? そこがわからない。
「勝負は一度きり。どちらかが負けを認めるか、わたしが止めに入るまでだ。後遺症が残るような攻撃は禁ずる。よいな?」
リーゼロッテの声を受け、それぞれが握り締めた得物――――俺は太刀と考えればやや長い九百ミリテンの木剣を、ランベルトは木の板のような千五百ミリテンはあろう木剣を構える。
同時に、あたりに漂い始める殺気ではなく闘気。
それらが返事の代わりだった。
殺し合いでこそないが、互いの間に渦巻く闘気のやり取りを肌で感じたのだろう。
遠巻きにしている騎士たちの間から話し声が消え、俺たちの近くに立つリーゼロッテもそれ以上はなにも言おうとはしなかった。
「――――はじめ!」
リーゼロッテの合図を受け、先に動いたのはランベルトだった。
その体躯から一見すると鈍重そうに感じられるが、鍛え上げられた筋肉には真逆ともいえるしなやかさ――――瞬発力が宿っていたのだ。
木剣も元の
あそこで俺と同じような普通の木剣を選んでいれば、ランベルトは状況に応じて得物を選択できるだけの万能性を有していると公言するも同じだ。
だから、こちらにそれを悟らせないよう、あくまで見た目通りの
見た目はアレだが、何から何まで計算づくということか。
鎧にしても、急所を守るのに必要な部分だけを残して軽装化おり、それもまた模擬戦だからそうしたまでと錯覚させていたわけだ。
本当に、笑いたくなるほどケンカ慣れしていやがる……!
「ぬぅん!」
瞬く間に間合いが詰められ、裂帛の気合と共に俺の斜め左上方から唸りを上げて襲い掛かる巨大な木剣。
……どう考えても、全力の一撃だった。
こいつをまともに喰らうだけで、後遺症を負うどころか致命傷に至りかねないと思うのだが、リーゼロッテの注意というかそもそも模擬戦とはなんだったのか。
しかし、そんなことを思っていても攻撃は止まってなどくれない。
「はしゃぎすぎだろ、おっさん……!」
俺はすぐさま木剣を前へ掲げるようにしながら、左脚を前に出して身体全体を左方向へ移動。
同時に木剣の切っ先を斜め右下へと向けて、強引に相手の剣の描く軌道を誘導して衝撃を受け流す。
が――――
大半を受け流したはずなのに、受けた手がわずかに痺れていた。
コイツ、なんていう馬鹿力をしているんだ……!
得物の重量差もそうだが、相手の膂力が常識外のすさまじさを有しており、まともに受け止めるのは無理がある。
それに、あんなものと打ち合ってこちらの木剣がぶっ壊れたら、おそらく戦闘不能扱いで俺の負けだ。
こちらもやり過ぎないように適度な力加減をなどと考えるが、その調整が殊の外難しい。
一気に最高出力まで出して暴れ回れというならいくらでもやりようはあるが、何割目かで固定し続けろというのは凄まじく難しいのだ。
「いきなりやってくれるな!」
「まだ終わりではない!」
恐るべき速さで元の姿勢に戻っていたランベルトの大剣が再度唸り、こちらに反撃を許さない。
身体を動かし、最小限の動きで俺はそれを回避。
「いいや、終わりだ!」
短く叫んで、俺は手にした木剣の柄を強く握り締める。
先ほどからランベルトの動きを見ていたが、総じて重量物の一撃とは大振りになりがちだ。
当然ながら、その後には動いた分だけの反動――――隙が発生する。
振り抜きの姿勢で無防備なランベルトの脇から背中にかけてが俺の正面に映る。
こちらを舐めてくれた代償をこのおっさんに叩き込んでやろう――――と思ったところで、俺の勘が鋭い警告を発し踏み込むのを躊躇う。
通常であれば、この無防備な姿勢こそを狙うべきだが、俺は自分の勘を素直に信じた。
これは、罠か……!
現に、よく見ればランベルトの動きは止まってなどいなかった。
大剣の斬撃で生じる遠心力を利用し、ランベルトは巧みに軸足を入れ替えながら回転。
こちらが反撃に転じるであろうタイミングには、すでにランベルトの身体は半分以上動き終えており、さらに回転で勢いを増した大剣が横薙ぎの一撃となってこちらにすさまじい速度で迫る。
今までのは誘いで、こいつが本命か――――!
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