第33話 演説と余所者と


 公城の端に設けられた訓練場。

 塀で囲まれ闘技場にも近い雰囲気を持つその場所には、鎧に身を包んだ騎士たちが整然と立ち並んでいた。


 先ほど立ち並ぶ面々を見たが、どの人間も精悍な顔つきをしていた。

 おそらく、貴族子弟のみならず平民出身者もそれなりに交じっていると思われる。


 だからこその、“第三”騎士団なのだろうか。


 そして、その一番後ろ――――から、さらに離れた場所で所在しょざいなさげに立っているのが俺だ。


「――――この度のアンデッド討伐の結果は、諸君らも知っての通り我々の勝利に終えることができた」


 団長たるリーゼロッテが木を組んで作られた壇上に立ち、彼女が率いる第三騎士団の面々を前にして、俺のいる後方まで届くほどのよく通る声で語り始める。


 こうして単純に傍観者として見ていると、リーゼロッテは見目麗しいだけでなく、女性としては背もかなり高い。

 まさに“騎士”と名乗るにふさわしいばかりの凛々しい見た目をしているといえよう。


 リーゼロッテ目当てに騎士になった人間もいるかもしれんな……。


 彼女自身の騎士としての実力もさることながら、貴族子弟の構成比率がそれほど高くなさそうなこの騎士団に人員を集めるための宣伝役としての効果も大きそうだ。


 まぁ、ある種の傑物タレントということなのだろう。

 この国の大公が、あえて後継者争いの候補者に名を連ねさせたというのも頷ける話だった。


「しかし、強大なる敵との死闘より我が騎士団から多くの犠牲を出してしまった」


 現に、上手いこと抑揚をつけて発せられるリーゼロッテの言葉に共感するようにして、騎士たちの間から小さなざわめきが漏れている。


 自覚はなさそうだが、こりゃ煽動者アジテーターの才能もありそうだな……。


「これは我々第三騎士団の敗北を意味するのか? ……断じて否! この国の安定のため、我々騎士団はかねてより――――」


 それを聞く騎士たちとリーゼロッテの間には、くだんのアンデッド討伐の犠牲となった騎士たちの遺品でもある鎧と剣が並べられていた。

 遺体が残らなかったことで、彼らが生きてきたことを証明するものはこれだけしか残されていない。

 これらの遺品は、次期大公が内定した後に国を挙げて葬儀を執り行い、その後で家族へと渡されることになるが、墓を作る際には剣を模した墓標を地面に刺すだけのものとなる。


 鎧や剣は、残された者たちに受け継がれるのだ。


「彼らは勇敢に戦い、そして散っていった。その勇敢なる遺志を我々は継ぎ、さらなる前進を為し遂げなければならない。我らはこの大公国を守護し、民の安寧のために戦う剣であり盾である。けっして剣のみで振るわれるものであってはならないのだ!」


 リーゼロッテの訓示を聞きながら、俺も空間収納に眠る先祖や兄から受け継いできた数々の品を意識していた。


「しかるに、いたずらに周辺国との均衡を崩さんと暗躍し、無用な軋轢を招きかねない者の跳梁を許すわけにはいかぬ。なればこそ、次期大公にはこのわたしが就くしかない。そのためにも、今一度諸君らの力をわたしに貸して欲しい!」


「「「応!」」」


 リーゼロッテが力強くそう締めくくると、騎士たちは踵を打ち鳴らし腹の底から出した大きな声で応えた。


「――――そして、諸君らに紹介したい人物がいる」


 リーゼロッテからの視線を受けて、俺は後方から前へと進み出ていく。


 これから待ち受けることを考えるとあまり気は進まないが、かといってダラダラと動くわけにもいかない。

 さらに、ここで間違っても戦死した騎士たちの鎧の前に立たないよう、俺は立つ位置には細心の注意を払う。

 自分から第一印象を最悪に持っていく意味などない。

 そうでなくとも、こういった集団に余所者を受け入れる土台などないのだから。


 実際、先ほどリーゼロッテが訓示を行う前から、この場にいる“異分子”たる俺への訝しげな視線がちらほらと向けられていた。

 これでハンナなんて連れていた日には「何様のつもりだ」くらいの視線になっていたことだろう。


 さて、俺が動き出したら、それに呼応するように視線の圧力が一気に増えた。

 なにやら小声で「何者だ?」とか「異人だろう?」「この大陸の人間か?」などと喋っている声も聞こえてくる。


 面倒きわまりないが、仕事ビジネスとして依頼を引き受けた以上はこれもまた仕方のないことか。

 自分を無理矢理納得させつつ、前に出た俺は騎士たちの方を向く。


「今回、我が護衛として参加してもらったジュウベエ・ヤギュウ殿だ。元々は東方の国の武門の出らしいが、現在は故郷を離れこの大陸で冒険者となっておられる」


 リーゼロッテからの紹介に、騎士たちのざわめきが大きくなる。


 “冒険者”という言葉に反応した形だろうか。

 まぁ、予想はしていたことだが、今のところ好意的な視線は皆無だ。


 ある意味では冒険者は彼らの商売敵であるし、それぞれの爵位を持っているかどうかの差こそあれ、あちら側は一部例外こそあれど基本的には貴族だ。

 冒険者へいみん異国人ばんぞくに向ける視線なんてこんなものだろう。


「ギルドからも「非常に優秀である」とのお墨付きもあったことから、ザイテンの街からわたしの護衛役を務めてもらっている。騎士団の人員を失い、補充もままならぬ中では、あらゆる手段に頼らざるを得ないことを諸君らにも理解してほしい」


 現在の立場をあらためて語ることで、リーゼロッテがこの場にいる騎士たちを軽んじていないこと表明する言葉だった。

 ついでに、“あらゆる手段”とボカしたのはこちらへの配慮だろう。


 騎士団との顔合わせとなっているが、実際の狙いは俺の実力を見せつける彼らを納得させることだ。


 言い換えれば、あえて最初に問題の種を炙りだして取り除いておこうという筋書きだ。


「僭越ながら、それには承服いたしかねますな」


 案の定、集団の中から野太い声が上がる。


 それと共に前へ進み出てきたのは、身の丈一.九メルテン近い大男だった。

 先ほどから、体格のよい人間が揃う騎士たちの中でも異様に目立っていたためデカいデカいと思いながら見ていたが、まさか異を唱えてくるのもこの男だとは……。


「ランベルト……」


 リーゼロッテの表情が一瞬だけひきつったのを俺は見逃さなかった。


 ランベルトと呼ばれた騎士は、一言でいえば武人を絵に描いたような男であった。

 所々に白髪の混じる栗色の髪を側頭部で刈り上げ、強靭な意思を表すかのように太い線を描く眉。同じく栗色に近い大きな瞳も修羅場を潜り抜けてきた鋭さを秘めている。

 特注と思われる大型の鎧を着こんでいるが、その中に隠された鍛え上げられた筋肉が鎧をここまで変形させたのではないかと思わせるほどの巨躯である。

 熊のような身体に背負うは、何を斬るのかと思うほどの大剣。


 はっきり言って、「コイツ本当に騎士か? 山賊か、いいとこ傭兵の親玉じゃないのか?」と問い質したくなるような外見である。


「いかにリーゼロッテ様が認められようと、我々は実力もわからないような者とくつわを並べることはいたしかねます」


 この通り、冒険者ごときが……くらいの意識を持っていそうな連中の考えを、根底から変えるのはかなり難しい。

 俺が八洲の武家の出だということを強調したとしても、大陸外の人間を蛮族くらいにしか思っていなければたいした効果も見込めない。

 ならば、手っ取り早いのは先ほどリーゼロッテにも言ったが腕っぷしで黙らせることだ。


 ……まぁ、


 口元が小さく歪むのが自分でわかった。


「では、ランベルト。どのようにすれば、卿は満足するのだ?」


 ランベルトは、リーゼロッテの方を一瞬だけ見てからこちら向き、獰猛にさえも見える“戦士の笑み”を浮かべる。


「せっかくの機会です、リーゼロッテ様。私は“優秀な冒険者殿”との模擬戦を所望いたします」




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