第32話 朱に交わらせるのも選ぶべき
明くる日、俺はリーゼロッテの用事へと同行することになった。
「襲撃を受けた次の日くらい、大事をとっておられても良かったのでは?」
余計なお世話だとは思いつつも、俺は先を進んでいくリーゼロッテに進言する。
「ダメだ。手勢となってくれていた騎士団を失ったからといって、期日まで城にこもっているわけにもいくまい。それこそ
人員を失ったからと動かずにいれば、相手に先回りされてますます身動きが取れなくなる。
貧すれば鈍するとは言うし、なにかしら動くしかないということか。
「いずれにせよ、ジュウベエ殿は護衛としての役目をしっかり果たしてくれればそれでいい」
こころなしか、少しばかりリーゼロッテからの言葉にトゲが含まれているような気もする。
今の言葉を口にしたからではないだろう。
「まぁ、昨晩の刺客程度であれば、大した問題ではありませんがね」
“本命”が出てくるのはいつのタイミングかまではわからないが。
そう思ったが、この場で口に出してリーゼロッテを不安がらせることでもない。
「余裕たっぷりなようで心強い限りだ。しかし、ハンナ殿は傍におらぬが問題なかろうな」
……なぜそこでハンナの名前が出るのか。
一瞬怪訝に思うが、すぐに俺の中の勘がその理由を察知する。
これは……やはりそういうことか。
同時に俺は朝の一場面を思い出す。
朝になってのそりのそりと起きてきたリーゼロッテは、眠そうな目をこすりながら俺とハンナが話しているところに現れた。
すると、こちらを見た途端になにやら顔を赤くしていたような気がするので「風邪でも引いたか」と問いかけると、微妙に狼狽えた様子で違うと否定された。
もしかして……と思ったところで、ハンナが昨晩の襲撃について報告し、それを聞いたリーゼロッテの顔色が変わったことでその場は終わっていたが……。
つまり、昨日のハンナとの“アレ”が聞こえていたのか。
まったく、
よく見れば、なにやらまたぞろ思い出したのかリーゼロッテの顔は赤くなっている。
「拙者は特に問題ございませんが? それよりも御身の顔色が――――」
「わ、わたしのことはいい……!」
顔を覗き込むようにして放った俺の言葉を受けて、リーゼロッテは顔をさらに真っ赤にする。
こういう顔を見るとついつい意地悪したくなるが、あまりいじめないほうが良さそうだ。
まぁ、仮にも今は依頼主だしな。
俺は素直に身を引いて護衛の距離に戻る。
「おほん! ……これから、わたしが擁する第三騎士団――――簡単に言えば、アンデッド討伐に同行した人員の母体となる集団だな。そのメンバーに召集をかけた」
気を取り直すように咳ばらいをひとつして俺へそう告げると、表情を切り替えて歩みを再開するリーゼロッテ。
俺も今度は黙ってそれに続く。
何をするかはいちいち訊くまでもない。
おそらく、アンデッド討伐の報告的なものを行うのだろう。
……それと“今後どうするか”について、か。
少なくとも、本来であれば「たかが辺境のアンデッド」と思っていたところを、洒落にならない規模の被害を出してしまったのだ。
今後のことを考えれば、組織の再編や人員の補充など早急に動かねばならないことがあるはずだ。
「その中で、新たに護衛役として雇った貴殿を彼らと引き会わせることになる。わたし専属の護衛をしてもらう以上、ジュウベエ殿には彼らから認められてもらわねばならん。でなければ、このまま護衛を継続してもらうことも困難となろう」
なるほど、そうきたか――――。
城の中にいるにもかかわらず、あくまで部外者でしかない俺を“そんな場”に同行させる時点でおかしいとは思っていた。
まぁ、なんとなく予想はしていたことだが。
「紹介のみならず、騎士たちから認められろと」
「そうだ」
いささか抽象的な発言ではあったが、リーゼロッテが俺に“何を期待しているか”は理解した。
だが、それには前提条件から問題がある。
「拙者は構いません。しかし、想像が間違っていなければ、誰かしらと一戦交えることになると思われますが……」
はっきりと断定口調で「それでもいいのか?」と返した俺の言葉に、リーゼロッテは立ち止まり、小さく溜め息をこぼしながらこちらを振り向く。
「やはり、そうなるか……」
そう漏らしたリーゼロッテの表情が曇る。
想像すらしていなかったという様子ではないことから、あまり考えたくないことだったのだろう。
「ええまぁ。……逆に質問を返すことになりますが、御身はもしも拙者が実力を見せていなかった状態でギルドから紹介されたとして、公都までの護衛役を頼みましたか?」
あからさまな物言いになるので言わなかったが、こちらは三級冒険者でしかも異国人だ。
普通に考えて、貴人が護衛として選ぶ基準をまったく満たしてはおるまい。
「……こう言ってはなんだが、公国出身の準二級や二級冒険者に変えてくれと言っていただろうな」
苦々しい表情ながらも、リーゼロッテはそこを素直に認める。
俺が今こうしてリーゼロッテの護衛役として公城内を歩けているのは、彼女が俺を認めたからにほかならない。
それにしても、すべてはあの山で俺が彼女を助けたという“実績”があるからだ。
ここで“たられば”の話をしても仕方ないが、仮にギルドへの報告通りに、騎士団は壊滅したもののリーゼロッテがアンデッドを倒してザイテンに戻って来ることができていた場合、俺が彼女の護衛役に選ばれた可能性は皆無に等しい。
あくまでも、“俺の実力を見た上でザイテンまで戻りながら会話をした”という過程を経たことで、リーゼロッテのジュウベエ・ヤギュウという男に対する理解が深まったからなのだ。
「であれば、騎士団の面々はそれと同じような目で拙者を見ることでしょう。その中で、彼らの認識を変えるには“それ相応のこと”をせねばなりますまい」
それこそ、一発カマすくらいのことは必要になるだろう。
文官相手にやれと言われたらちょっと困るが、騎士相手ならいくらかやりようもある。
「そ、それは、どうしても必要なことなのか……?」
どうにかならないか?という表情を浮かべるリーゼロッテ。
だが、俺は静かに首を振る。
どうにもならないことは、リーゼロッテ自身が一番よく理解しているはずだ。
それは俺の問題ではなく、リーゼロッテ側の問題なのだから。
「拙者が本気を出す必要まではないでしょうが、騎士団の実力者を打ち負かすくらいでなければ彼らも納得はしますまい」
俺はリーゼロッテに向けてはっきりとそう断言する。
この国の騎士――――第三騎士団とやらが、基本的にどのような考え方をしているかは知らないが、基本的に自ら魔物を狩ろうと動く集団である以上、そこには武闘派が多いと勝手に想像している。
ならば、実力で証明するしかあるまい。
「……わかった。やり過ぎないでいてくれるならば、そうしてくれても構わない。多少の怪我であれば目を瞑ろう」
そう言った後で「これも必要なことなのだ……」と自分に言い聞かせるように小声で繰り返すリーゼロッテ。
もしかして想定外の事態に弱いタイプなのか?
「なるほど、承知仕りました」
言質は取った。
リーゼロッテからの承認の言葉を受けて、俺は小さく拳を打ち鳴らす。
「く、くれぐれも穏便に頼むぞ……」
こちらの様子を見たリーゼロッテが不安そうな表情を浮かべているが、俺はそんなに信用がないのだろうか?
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