第30話 新たな依頼
「……ジュウベエ殿。まことに勝手な願いだとは承知しているが、引き続きわたしの護衛を受けてはいただけないだろうか」
唐突に俺はリーゼロッテからそう切り出された。
当然のことながら、「はいそうですか」と返事はしない。
道中リーゼロッテを狙う暗殺者からの襲撃こそ受けたものの、無事に公都オーレンブルグへと辿り着くことができた俺たちは、そこで「依頼終了。それではさようなら」といくとばかりに思っていた――――いや、“そうあって欲しい”と願っていた。
結局、あの襲撃の後、俺はリーゼロッテから彼女がどのような状況下にあるかについて聞かされることになった。
公都までの護衛役を引き受けた時点で、俺はリーゼロッテが大公の娘であることは知っていた。
ここまではいい。
だが、まさか彼女が次期大公を巡る後継者争いに巻き込まれているとは知らなかったし、できることなら知らないままでいたかったくらいだ。
ザイテン参事会の連中は、コレを掴んでいてそれぞれの手勢を派遣したのだ。
なぜ俺に言わなかった……。
こうして、自分から必要以上に深く踏み込んでしまったことで、さっさとお役御免になりた俺の願いは叶えられることはなくなってしまった。
くわえて、「あらためてアンデッド討伐の件も含めて礼をさせてほしい」と言うリーゼロッテに押し切られ、冒険者を通すには過分ともいえる豪奢な内装の応接室へ通された時点で凄まじくイヤな予感を覚えることになったのだが時すでに遅し。
礼を言われてようやくひと息つけたと思った瞬間、いきなりこのように切り出されたわけだ。
まぁ、言い方は悪いが、断りにくい場所へと誘い込まれたようなものだろう。
「護衛の継続にございますか……」
対する俺とハンナは、リーゼロッテとはテーブルを挟んで真向かいに腰を下ろしていた。
ちなみに、イレーヌはあの後単独で先行して商業ギルドに向かったのでひとりだけ難を逃れている。
……なんとも運のいいヤツだ。
さて、俺と同席することになったハンナだが、元々忍として主君と同列の席に座ることもなかったためか、やや落ち着かない様子で時折身体を静かに動かしていた。
城内へ入る前に忍び装束から私服に着替えていなければ、もっと落ち着かなかったに違いない。
「あぁ、そうだ」
発せられたリーゼロッテの返事に、俺は違和感を覚えつつも、まずは出された紅茶に手を伸ばす。
“過去の経験”からこういう場には慣れているので、特に落ち着かないといった感情はない。
いくら素性やらこの国のゴタゴタについて知り得たからといえ、いきなり口封じに毒を盛るような可能性はないと思ってはいる。
もしそのつもりならば、こちらを警戒させるような会話はせずに世間話に留めておくはずだ。
もちろん、リーゼロッテにそのつもりはないといっても、出されたものが必ずしもリーゼロッテの意図するものであるという保証はない。
なので、そのための対策もあらかじめ施しておいた。
収納の魔道具として俺の身体に同化している
まぁ、今のところその手の反応は出てきていない。“向こう”もそこまでバカではないということか。
……うん、いい茶葉だ。
「今のわたしを守れるのはジュウベエ殿しかいない。あれだけの力量をお持ちであるなら……」
考えを落ち着けようと静かに紅茶を啜り、茶葉の生み出す芳醇な香りと深い味を楽しみながら、俺はリーゼロッテの言葉について考える。
個人的に言わせてもらうと、“あれだけの技量”を持つと評されるからこそ、それを基準として見られる場合に降ってくる面倒事を俺は避けたいのだ。
しかしながら、なにやら進退窮まっている様子のリーゼロッテには、こちらのそうした感情まで配慮してくれるだけの余力は残されていないようだった。
「失礼ながら、それはどういうことでしょうか? こうして公都までお戻りになられたのです。冒険者のような素性のわからない者を雇わずとも公国内――――それこそ騎士団から人員を募ればよろしいのでは?」
俺が口を開かないからか、ハンナが代わりに口を開く。
同時に、俺の感じていた違和感の正体がわかった。
当たり前の話だが、国の中央である公都には、
リーゼロッテが頼ろうとしているジュウベエ・ヤギュウという男は、いかに腕が立つとわかっていても異国出身でその身元もたしかではないのだから。
……だが、「素性がわからない」とか当人でもないハンナから言われるのはいささか釈然としない。
ちょっと傷つきそうになる。
「それは、できないのだ……」
俺の内心での思いをよそに、リーゼロッテの表情が苦渋に歪む。
「私と兄上、どちらが次期大公となるかを決めるために設けられた期間中は、貴族に限ってはそれが始まる際にそれぞれの下に集まった若手を中心とした人員を動かすことしか許可されていない」
言葉を続けるにつれ、リーゼロッテの表情が険しくなっていく。
……なるほど。最初に支持する派閥を明確にさせ、その後は表立っての鞍替えを認めないということか。
人員を動かすことのみに言及されているということは、たとえ相手派閥の切り崩しを図っても誰が宗旨替えをしたか、パッと見ただけではわからないようにしているわけだ。
おそらく、候補者が手持ちの駒だけでどれだけのことができるのか、また敵の派閥を切り崩すための人心掌握術があるのか、さらには全体を把握する洞察力を試すのが目的なのだろう。
「それはまたなんとも……」
陣営の人員が大幅にいなくなってしまった今となっては、悠長に敵対派閥の切り崩しなどやってはいられまい。
いや、下手をすれば離反者だって出かねない状況だ。
はっきり言って、手足を縛られたようなものである。
さすがにこれ以上の面倒事を避けたいと思っている俺も同情したくなってくる。
……しかし、こんな試練を考えた人間は相当に性格悪い。まぁ、大公その人なのだろうが。
会ってさえもいないのに、リーゼロッテの親父に対する苦手意識がついてしまいそうだ。
「先般のアンデッド討伐にて同道していた騎士団の人員を失った時点で、文官を除けばわたしが今の時点で動かせる国の人間はほとんどいなくなってしまったのだ……」
おいおい、暗殺者を差し向けるにはうってつけの状況じゃないか。
……いや、そもそもそれが狙いなのか。
あの
「では、その抜け道が冒険者ということでしょうか?」
積極的に口を開こうとしない俺の代わりに、さながら副官のように訊ねるハンナ。
俺の不利益とならない限りは自由に振る舞っても構わないと、ついてくると言った時から許可しているので特に問題はない。
「ああ。わたし個人がジュウベエ殿を雇い入れる分には、ルール上ギリギリの線だが問題はない。この辺りも、大公が身分といったものを気にせず実利を取れるかどうかを見るために設けた抜け穴なのだろうがな」
リーゼロッテは困ったような笑いを浮かべる。
このような状況になったこと、また外部の協力を仰がなければいけないこと、さらに続けて俺に難題を頼み込んでいること、そういった感情が織り交ざっているようだった。
「あらため、伏してお願いする。ジュウベエ殿、この依頼を受けていただけまいか。わたしは今の兄上に負けるわけにはいかないのだ……!」
迷うことなく、俺とハンナの前で深く頭を下げるリーゼロッテ。
隣ではハンナが息を呑む音が聞こえた。
これだけの地位を持つ人間が、たかが冒険者ひとりに頭を下げるなどいうことは異例なんてものではない。
つまり、それだけ追い詰められている上に、大公になろうとする強い意思があるのだろう。
再度、俺は思考を巡らせる。
正直に言えば、このままザイテンに戻ってもやることがあるわけじゃない。
今のところ冒険者としてのめぼしい依頼もなかったし、傭兵の仕事も同様になさそうだ。
一年間過ごした思い入れはそれなりにあるが、べつに二度と戻れないというわけでもない。
しかし、ここにいればリーゼロッテを“あの手この手”で失脚させようと暗躍する手合いと戦うこともできそうだ。
きっと面白い事態になる――――そう俺の“勘”のようなものが告げていた。
……なるほど、面白そうじゃないか。
チラリとハンナを見ると、最終的な判断はこちらに委ねているのか静かに瞑目していた。
「わかり申した」
小さく膝を叩き、リーゼロッテを正面から見据えて俺は口を開く。
「御身のような方にそうまでされて断ったとなれば武士の名折れ。護衛のお役目、謹んで受けさせていただきましょう」
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