第28話 護衛の意味


 爆発と共に生じた轟音が俺の鼓膜を震わせる。

 咄嗟に耳を指で塞いでいなければどうなっていたことか。


 荒れ狂う爆風とほぼ同時に、粉塵が巻き上げられ視界が塞がり、押し寄せるそれを前に俺も目を瞑らざるを得なくなる。


「くっ――――!」


 そんな目くらましの中、襲撃者がその身体に纏っていた鎖帷子くさりかたびらが防具から武器に変貌していた。

 爆発の衝撃によってそれらは破片となり、粉塵の紗幕カーテンを切り裂きながら凄まじい速度で周囲へと放射状に飛散していく。


 とんでもない置き土産だ……!


 加害範囲こそ狭いが、白兵戦レベルの至近距離で真正面喰らっていれば、とんでもないことになっていた可能性がある。

 実際、撒き散らされた破片のいくつかが俺の身体を掠め、頬や腕からは鈍い痛みと共に血が流れ出る感覚が生じていた。


 ……しかし、妙だった。


 あれだけの規模の爆発を、かなりの距離で受けたのだ。

 にもかかわらず、俺が負傷したのは身体の一部のみ。

 明らかにそれ以外の――――ともすれば重傷に陥りかねない場所にも当たっているはずなのだが、痛みもなければ破片が身体に当たった衝撃さえもなかった。


「どういうことだ……?」


 次第に粉塵が晴れていく中、つぶやきながら顔を庇っていた腕をどけると、俺の目の前には“あの黒衣”が壁となるかのように展開していた。

 しばらくすると、パラパラと表面に食い込んでいた金属片が地面へと落下するのが見えた。


「そうか……。が守ってくれたのか……」


 小さな声で話しかけると、俺を守る壁となっていた黒衣はそれに呼応するかのように元の羽織へと戻っていく。


 早速、コイツに助けられてしまったな……。


「しかし、道連れにしてでも殺す気で仕掛けてきたのか。いやはや、敵ながらたいした覚悟だよ……」


 粉塵か完全におさまり、周囲にはもう他に敵がいないことを気配から把握した上で、静かに起き上がりながら俺は小さく漏らす。


「だ、大丈夫か、ジュウベエ殿!」


 叫ぶような声を上げ、鎧を鳴らしながらこちらに駆け寄ってくるリーゼロッテ。

 その顔色は蒼白になっていた。

 

 しかし、戦闘で負傷した様子もないことから、護衛役がこんなところでやられてしまっては困ると思ったのが主な要因だろう。

 本当に顔に出やすいのだなと思う。


 あまり見つめていても礼を失するので、静かに視線だけを背後のほうへ動かすと、二人目の襲撃者が血を流して地面に沈んでいるのが見えた。

 自由に動けているからそうだとは思ったが、リーゼロッテも単身で敵を退けることができたらしい。


「ええ、問題ございません。これといって怪我もありませぬ」


 小さな負傷はあったが、すでにその傷は恒常的に体内を循環している“オーラ”によって身体機能が活性化され塞がりつつある。

 昔から傷の治りは早い方だったが、魔王ザイナードを倒して以来それが異様に早くなったような気がする。


 やはり、ヤツの魔力を取り込んでしまったのが大きいのか。

 だんだん自分が人間離れしていっている気がするな。


 まぁ、さすがに所々が小さく破れた着物だけはどうにもならないが。こればかりは仕方がない。


「それはよかった」


 俺が普通に答えたことで、リーゼロッテは安堵したような表情を浮かべる。


「そちらもご無事だったようで」


「ああ、ジュウベエ殿が手練れを引きつけてくれたおかげだ。しかし、あれはいったい……」


 ひと息ついたという感じだったが、すぐにリーゼロッテは表情を引き締めて先ほどの爆発の跡に目を向ける。


「おそらく、相手を道連れにすべく“呪印”のような魔法を仕込んでいたのでしょう。まさか最期に自爆するとは拙者も思ってはおりませんでした……」


 さすがに今回は肝が冷えた。


 自爆前提で突っ込んでくる風眞フウマの決死組じゃあるまいし、最後の最後でとんでもないことをしてくれた。

 あの襲撃者の首魁よりも戦いに優れた人間や魔物・魔族はごまんといるだろうが、自身の死の瞬間までを武器にして挑んでくるとなるとまた“別の強さ”となる。

 襲撃者はたとえ自分が死んでしまっても暗殺対象さえ倒せれば勝ちとなるが、それと対峙する方は負ければ相手が生きていようが死んでいようがそれで終わりなのだ。

 双方の勝利条件が前提から異なっている。これほど恐ろしいことはあるまい。


 リーゼロッテの相手があちらであったならと考えるとぞっとしない。


「自らを犠牲にするなど……」


 普段が魔物や盗賊を相手にしていたのなら、このような敵を刃を交えることはないのだろう。

 自分が戦っていた場合と想像したのか、ふたたびリーゼロッテの顔色が悪くなっていく。


 その一方、俺は心の内に生じる興奮にも似た昂ぶりを感じていた。


 人間であってもこんな戦い方を見せてくれるヤツらがこの大陸にはまだまだいるのか。

 いやいや、


「“暗殺者”は四人だけか……? いや、他にも……」


 リーゼロッテが小さく漏らし、周囲に視線を巡らせる。


「いえ、もう付近に気配はありません」


「……なぜそれがわかるのだ?」


 俺が適当に答えたとでも思ったのだろうか。

 リーゼロッテは怪訝な表情を浮かべながらこちらに顔を向けて訊ねてくる。


 自分が狙われている――――いや、実際に襲われたという意識から必要以上に神経質になっているのだ。


「それこそ付近に潜む敵があれだけではないと、わかっておりましたから。……そっちは終わったか?」


 戦いを終えたばかりの余韻――――まだほのかに身体の中で燻る戦意の炎を感じながらも、俺が誰もいないはずの空間に向かって問いかけると、森の木々の中からふたりの影が現れる。


 忍の装束に身を包んだハンナとイレーヌだった。

 足元には襲撃者の仲間と思われる黒装束の死体が四つ転がっていた。


 いやに襲撃をかけてきた人数が少ないと思ったが、やはり伏兵がいたか。


 実際、戦っている途中で俺の耳は付近からわずかに響く剣戟の音を拾っていた。


「周囲に潜んでいた敵はこれですべてです」


「御身の戦いの邪魔をしようとしていたので、僭越ながらこちらで片付けさせていただきました」


 そう告げて、ハンナとイレーヌがそれぞれ持っていた短刀 《忍冬すいかずら》と《竜胆りんどう》を鞘に収める。


「いや、ありがたいことだ。助かった」


 軽く相好を崩しながら礼を言うと、ふたりの表情もやわらかなものへと変わる。

 さすがにリーゼロッテがいるので、いつもの調子とまではいかない。


「さて――――」


 狂四郎を鞘に収めた俺は、リーゼロッテを正面から見据える。


「公都までの護衛ということでお引き受け致しましたが、御身が狙われているとは存じ上げておりませなんだ。これは如何なる理由でございまでしょうか?」


「えっ」


 俺からの“不意討ち”を受け、しまった――――という表情を浮かべるリーゼロッテ。

 ここぞという時に感情が表情に出てしまうようだ。


 実のところ、最初に襲撃受けた時点で、俺は“リーゼロッテが狙われているもの”と勝手に判断した上で彼女に話しかけていた。

 緊急時の会話ではあったが、もし違っていたとしても俺が焦ってそう言ったものと誤魔化すことはできるし、事実であればそのまま話を進めることができる。


 そんな言葉の誘導を受けたため、リーゼロッテも俺が自身の事情を承知していると錯覚してしまったのだろう。

 戦闘後に見せた一連の言動はそれゆえだ。


 「説明していただけるだろうか」と続く部分は言葉にしなかったが、こちらの表情を見たリーゼロッテの表情。

 それが盛大にひきつっていたのを俺は見逃さなかった。




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