第27話 狙われた姫騎士
「貴様ら、何者だ!」
俺の背後から発せられたリーゼロッテの
しかし、それに襲撃者たちは答えない。
返事の代わりの鋭い突きが、戦闘の襲撃者の流れるような踏み込みから俺へと急襲。
敵の素性にあたりをつけつつ、敵の攻撃を片手に握った狂四郎の側面を滑らせて逸らす。
相手の先を突いた一撃を軽くいなされたことで、俺と対峙する襲撃者が覆面の向こうで目を剥いたのがわかった。
その隙を逃さず、空いている左腕を旋回させ
顎の骨が砕ける鈍くも生々しい感覚。それが俺の手首へと伝わってきた。
「ぶぐっ……」
くぐもった呻きが聞こえる。
顎を通して打ち込まれた衝撃によって襲撃者の脳が揺れ、動きが鈍ったところで右手の太刀を振るう。
翻った狂四郎の刃は、ガラ空きとなった首筋を舐めるように斬り裂き頸動脈を切断。
勢いよく噴き出す血液が視界の邪魔になるため、相手の身体を蹴り飛ばして道を作り出す。
さて、俺が相手にすべきはどちらだ?
「ジュウベエ殿!?」
敵を迎撃するべく前進を続ける俺の背に向けて、リーゼロッテの声が投げかけられるが立ち止まるようなことはしない。
このような場では、騎士が名乗り合ってから戦うような悠長な真似をしている余裕はないのだ。
「ひとまず刺客を退けるのが先です!」
短く叫んで俺はリーゼロッテに警告を促す。
「……承知した!」
さすがに状況を理解したのか、短い返答と共に二人目の刺客を相手にすべく前進するリーゼロッテ。
戦闘用に意識を切り替えたのか、澱みのない足遣いを見せる。
「ゆくぞ!」
女性が使うにしては幅広の両手剣を自在に操り、怯むことなく相手に目がけて打ち込んでいく。
金属同士が奏でる剣戟の
リーゼロッテの一撃が見た目以上に重いのか、対する襲撃者もその手に握る片手剣では、受け流すというよりも両手を使って受け止めるのがやっとといった感じだ。
最初に奇襲こそ許したものの、その後のリーゼロッテの動きは俺から見ても拙いものではない。
むしろ、純粋な剣技だけなら、あの《聖剣の勇者》デュランにも及ぶのではないかとさえ思う。
さすがは《火葬剣》との呼び名がついただけのことはある。
けっして親の七光りでそう呼ばれているわけでないことは容易に窺えた。
「誰に依頼をされた!」
返事を期待しているわけではないのだろうが、リーゼロッテは襲撃者への問いを気合い代わりに叫んで剣を振るう。
重量物をあれだけ扱えるということは、対アンデッドの浄化魔法だけではなく“
なるほど、その複合技が《火葬剣》ということか。
さて――――
「急いでいるところ悪いが、先に俺の相手をしてもらおうか」
リーゼロッテが戦っている気配を感じつつ、俺は大地を蹴って前進。
こちらを無視してリーゼロッテに向かおうとした三人目に斬り込む。
目的はあくまでも妨害だ。
間合いはギリギリだったが、牽制の意味合いを込めて一閃。
「……ちっ!」
速度を優先して放った一撃を、襲撃者は小さな舌打ちと共に後方宙返りで間合いを確保しながら躱し、着地と同時に逆手に握った片手剣で構えを取る。
――――コイツが一番やる。
強敵を引き当てたかすかな喜びを胸の内に感じつつ、俺は迷うことなく一気に前へと進み出る。
そこで首筋に小さな違和感。
視界の隅で剣を構えようとする襲撃者の袖が小さく翻ったのが見えた瞬間、一気にぞわりとした感覚となって背筋を駆け抜ける。
咄嗟に横へ跳ぶと、直前まで俺がいた空間を通過する数本の鈍い銀色の輝き。
「……暗器か。らしくなってきたじゃないか」
自然と俺の口元に笑みが浮かんでくる。
「……大抵は、今の一撃で仕留められるのだがな」
身元を特定されぬよう声を変えているのだろう。
しわがれているためわかりにくいが、こちらの存在を憎々しいと思っている響きは伝わってくる。
「あぁ、いい一撃だった。たしかにあれを回避するのは至難の業だろう」
暗器による攻撃を非難するような真似はしない。
べつに、俺は自身が太刀を使うからといって、相手にまで純粋な剣と剣の戦いを求めているわけではないのだ。
少しでも油断をしたり、相手の策に引っかかってしまえば、途端に形勢が引っくり返される危うさこそが“戦いの醍醐味”だ。
一期一会――――殺し殺される戦いの中では、二度と同じ死合いに巡り会うことはできない。
だからこそ、その一刹那が輝くのだ。
そんな俺の感情の波が伝わったのか、わずかに襲撃者がたじろいだ気がした。
しかし、すぐにその感情を振り払うように、左手で腰の後ろから短剣を逆手に抜く。
それを順手に持ち替えた片手剣の柄に添えると、大地を蹴ってこちらへ向かって突進してくる。
素早く間合いを詰めた襲撃者から、上段からの振り下ろしが放たれる。
速度の申し分ないその一撃は、あくまでも
それを狂四郎で受け止めたところで、襲撃者の短剣を握る左手が分離するように動き、獲物に喰らい付く毒蛇のように動いた一撃が、俺の
すぐさま右手を離して、俺は刀を支える腕を左へと強引に切り替え、片手剣の動きに注意しつつも本命である短剣の強襲を回避。
そのまま腕を旋回させ、貫手を襲撃者の首筋目がけて放つ。
曲芸めいた動きに動揺しつつも襲撃者は後退。
その際、死角から繰り出した俺の前蹴りまで回避していった。
さすがに、この程度の攻撃だけでは仕留めきれないようだ。
ますます楽しくなってくる。
「まったく……。それだけの技量があるなら、暗殺者なんかやってないでお前が魔王討伐に行ったらどうだ。なんなら紹介してやるぞ」
自分で言いながら苦笑しそうになる。
目の前の襲撃者に言っても仕方がないのだが、やはりあの旅の無茶苦茶ぶりを今でも根に持っているのか、思い出すとついついボヤきたくなる。
しかし、コイツなら勇者パーティーに加入してもわりと問題ない働きができると思う。
ちょうど近接戦闘や隠密行動のできる人間が不足しているはずだ。
「ふざけた男だ……。同道した騎士団が壊滅したと聞いたから大した依頼ではないと思って来たものの、まさかこんな護衛がいるとはな……」
今さらのことではあるが、やはり狙いはリーゼロッテらしい。
もしも俺を狙って放たれた刺客なら、もう数倍の手勢を差し向けてくるはずだ。
「そう腐るな。それもまた“
嘯く俺の言葉に、襲撃者は小さく鼻を鳴らすだけで言葉を返さなかった。
「だが、我らにも矜持がある。ここで退くわけにはいかん」
返事の代わりに襲撃者の口から放たれたのは、自身に言い聞かせるような言葉。
それが再開の合図となった。
双方がどちらからでもなく動き出し、距離を詰める中で握る剣が高速で振るわれる。
刃と刃が交差し、甲高い金属音が鳴り響く。
こちら以上に、相手は剣をいなして隙を作ろうとする戦い方を選んでいる。
事実、俺が思っていたよりも刀を相手にした受け流しが上手い。
だが――――
「真正面からの剣同士のぶつかり合いには慣れていないな!」
俺の斬撃を封じたいのならば、速度に特化するか超重量の一撃で迎撃するべきだ。
そのための手段を目の前の襲撃者は持っていない。
迫り来る鋭い突きを躱しながら、俺は相手の懐目がけて踏み込みつつ前蹴りを放つ。
それを襲撃者は同じく放った右足の蹴りで迎撃。
双方の体術は大きな差がないのか拮抗状態となる。
まだだ!
さらに強引に地面を踏みつけるようにして間合いを詰め、袈裟懸けを放ち相手の握る片手剣の刀身に叩き込む。
ひときわ甲高い音を響かせて刀身が切断される。
「剣を……!」
突如として自分の得物が破壊されたことで襲撃者は動揺を隠せない。
しかし、態勢の立て直しは早かった。
残った剣を投げ捨てながら、襲撃者は俺の追撃を回避すべく後方へ飛ぼうとする。
「遅い!」
その動作へと割り込むように、俺は素早く手首を返して重心を前に移動させながら、斜め右上へと抜ける狂四郎の一撃を放つ。
「ぐっ……」
着地と同時に漏れ出る苦鳴。
間一髪でこちらの斬撃から逃れたように見えたが、狂四郎の刃が通過して斬り裂かれた黒装束の下からは、同じように切断された鎖帷子と溢れ出る大量の血液に染まる肌が覗いていた。
流れ出る鮮血の多さに、襲撃者が片膝をつく。
「はじめからこちらを複数で狙うべきだったな」
この状況まで追い込んでも、暗殺者という人種は生きているだけで何をするかわからない。
俺は襲撃者にトドメを刺すべく、刀を軽く構えながら静かに歩み寄って行く。
「無念だ……。まさか、我らがただのひとりとて仕留めることができないとは……」
ゆっくりと立ち上がって襲撃者が漏らした震え混じりのつぶやき。
それと共に、今まで気配さえなかった大きな魔力の流れがその身体から発生し始める。
そして、それに応じるように膨らむ剣呑な気配。
襲撃者の目が緩い弧を描く。覆面の下で凄絶な笑みを浮かべたのがわかった。
「しかし……これで少なくとも貴様だけは――――」
「それはさすがに往生際が悪いぞ!」
相手の意図を察した俺の背中に極大の悪寒。
強く大地を蹴って、後退ではなく一気に相手へと接近を選ぶ。
全力に近い一撃で狂四郎を振るい、相手の両足を大腿部で骨ごと切断。
激痛に苦鳴を上げる襲撃者を地面に蹴り倒しながら、俺自身も後方へと地を這うように無我夢中で飛ぶ。
「伏せろ、リーゼロッテ!!」
距離はあるがそれでも俺は叫び、両手で耳を塞いで口を開けながら腕で顔面を可能な限り覆う。
直後、襲撃者の身体が閃光に包まれ、内側から膨れ上がるようにして爆発した。
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