第25話 逃げ出したいこの空気
「アンデッド討伐で騎士団が全滅ぅ!? いったい、なにと戦ったらそんなことになるんだ!?」
驚愕の叫びを上げた
イルナシドを斃し、リーゼロッテから頼まれた臨時の護衛役を引き受けた俺は、そのまま共に山を下りザイテンのギルドへまで同行した。
そして、俺とリーゼロッテだけが同時に戻って来たことを受け、すぐに顔色の変わった
というか、なぜ俺がここに同席させられているのかがわからない。
……いや、イヤな気分が先行してそう言っただけで、実際にはわかっている。
事実関係の確認をする際に、少しでも客観性を上げておきたいからだろう。
「いや、失礼。あまりの驚きにお見苦しいところを見せてしまいました、リーゼロッテ様。それで、その個体とは……」
居住まいを正して問いかけるボルドー。
ちなみに、この部屋に入った時点で、俺に対してもリーゼロッテの素性が告げられていた。
ギルドに着いた時に「お前はここまでだ」と言わなかったことから、リーゼロッテとしてもそれは承知の上だったのだろう。
予想通りの高位貴族――――それも大公の娘と聞いて、俺は納得すると同時になんとも言えない首の据わりの悪さを感じていた。
「……あぁ、相手はレイスだった」
「あの
リーゼロッテの言葉を受けて、ボルドーの眉が顰められる。
ある意味では当然の反応だった。
レイスは八洲でもその存在が知られるアンデッドではあるが、完全装備の騎士団であれば倒せないほどのものではない。
もちろん、対アンデッド装備は必須ではあるが、それでも倒せない霊体系アンデッドともなれば、もはや
八洲でも過去に朝廷に叛き討伐された将や、帝の血統にあたる親皇が政争に敗れて大怨霊化からの半邪神となり、古都がとんでもないことになったなどの記録があるほどだ。
イルナシドとて、復活して生者をほとんど喰らっていない状態だったからマシだったが、完全体であれば歴史に名を刻むほどの災厄となった可能性は高い。
「しかも、なぜこのような場所にいたのかわからないくらい強力な個体だった。辛うじて、わたしの対アンデッド用の秘術で倒すことができたが、それでも奇襲を受けたため同行した騎士たちが……」
言うまでもないことだが、リーゼロッテが痛切な表情で語る内容に、“真実”はほとんど含まれてはいなかった。
だが、一級か特級クラスの冒険者が相手にしなければいけないような古代帝国の帝が
しかも、三級冒険者にすぎないはずの俺がそれを倒してしまったこと。
また、ギルドの依頼を横槍同然に持って行った騎士団がひとりを除いてすべて殺害されてしまったこと――――。
これらの要素が複雑に絡み合った結果、不死者の帝たるイルナシドは“凶悪なレイス”に変えられた。
そして、それを大公の娘である《火葬剣》リーゼロッテが辛うじて討ち滅ぼし、たまたま盗賊を討伐して近くにいた俺が護衛を引き受けてザイテンに帰還した……という、事実を知る者からすればめちゃくちゃな筋書きに書き換えられたのだった。
「まさかそんなことが……」
内容が嘘だとは知らぬボルドーは、深刻な顔をしてリーゼロッテの話に耳を傾けていた。
とはいえ、ここで正直に語ってもなぁ……。
真実を隠す行為に俺としても思うところがないわけではなかったが、今回の場合は例外中の例外だ。
すでに終わった事態を蒸し返すことによって、この地域における緊張感をいたずらに高めるのは避けるべきと判断して、俺は道中リーゼロッテに対して提案をしていた。
リーゼロッテもはじめは少し迷っていたものの、最終的にはその考えに同意してくれた。
少なくとも国に対する報告ともなれば内容は異なるものとなるはずだから、こちらはこちらで問題ないと考えたのだろう。
それに、もしもここで下手を打てば、一瞬にして危険地域に格上げとなったザイテンは物流が滞り、人口の流出に伴って冒険者も他へ移ってしまい、盗賊や魔物などの脅威が劇的に高くなってしまう。
それではアンデッドを討伐したことを公表する意味がない。本末転倒だ。
……まぁ、少なくとも特定の誰かが損害を受けるようなことはない理由となったはずだ。
決して、後々自分の負荷が高くなりそうなのがイヤだったからではない。……ないのだ。
「だが、それでもそのレイスと盗賊の脅威を大きな被害が出る前に排除できたことは……」
ボルドーは途中で言葉を切る。
ここは素直に成果を喜びたいところではあるが、部下を喪ったリーゼロッテの手前配慮を見せたわけだ。
さすがに、長年に渡って冒険者ギルドの副支部長を務めているだけのことはあって、その辺の処世術に長けているといえよう。
冒険者ギルドのみならず、各ギルドはかなり独立性の高い組織となっているが、それでも貴族以上の社会階層を相手に徒手空拳で挑めるほどのものではない。
しかし、だからといって
そう、実に微妙なバランスの上に成り立っているのだ。
「……ああ、この国の安定には繋げられた。もちろん、そこに“冒険者ギルドの惜しみない協力”があったことは深く理解している。大公の名において、その功績については可能な限りの協力をさせてもらおう」
リーゼロッテも齢は若いがそのあたりを理解しているようで、鷹揚に頷いた上で意図的に話題を変えた。
というよりも、無理矢理政治の話にシフトさせた。
ある意味、本題はここからだろう。
――――要は、公国側の“火消”だな。
ふたりの会話を傍観していた俺はそう評する。
自分たちがギルドの依頼を横取りして大失敗しかけた事実。
それを有耶無耶にする代わりに、ギルドに対して今後便宜を図る可能性を示唆したわけだ。
……まぁ、具体的には何をするとも言っていないのだが。
「それはまことありがたい限りです。我々もできる限りの協力を致しましょう」
こちらもなにも言っていないようなものだと思っていたら、チラリとボルドーが俺の方に視線を送ってきた。
……おい、なぜそこで俺を見る。
最高に嫌な予感がしたので、俺は高速で目を逸らす。
ちょっと“はばかり”にでも行くと言って席をはずそうかと悩む。
「それで、ボルドー殿。矢継ぎ早で申し訳ないのだが、わたしはすぐにでも公都まで戻らねばならぬのだが……」
なんとも頃合いが悪く、俺が立ち上がろうとする前にリーゼロッテが口を開いた。
「ええ、承知しておりますとも。引き続き、この者に公都まで送り届けさせましょう。見知った顔の方がなにかとよいでしょう」
おいいいいいいいい!? このハゲェェェェッ!!
思わず口を開いて暴言を叫び出しそうになったのをギリギリのところで阻止できたのは、これまでの人生で散々に喰らってきた理不尽な命令。それに対する耐性がついていたからだと思う。
まったく、自分を褒めてやりたくなる。
「それはありがたい。腕利きのジュウベエ殿ならわたしも安心だ」
そして、リーゼロッテもおそらくは敢えて空気を読んでそれを素直に受け入れる。
彼女としても、ここで誰ともわからない護衛役を新たにつけられたくはないのだろう。
そこに俺の感情だの意見だのは一切介在していなかった。
「もちろん受けてくれるな、ヤギュウよ」
「……指名依頼なんだろう?」
肩を竦めかけてそれも停止。
内心を渦巻く感情を一切表に出さぬようにしつつ、俺はゆっくりと首を縦に振る。
もっと早く適当な理由を付けて途中退席しておけばよかったと、俺は心の底から思うのだった。
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