第23話 黒き殺意と白の刃

 ――――はじめから、狙いはか!


 俺は瞬間的に本能から生じた直感に逆らわず、大きく仰け反るように飛んで回避。

 直前まで俺が居た場所を、形を変えた十文字槍のような漆黒の物体が通過していた。


 その際、腕をわずかに黒衣の槍が掠めていき、赤い血が虚空に舞い踊る。


「ずいぶんと手癖の悪い布切れだ……」


 たいした負傷ではないと出血は無視。


 あの衣は、あくまでも竜のように振る舞っているだけで、術者の意思に応じて形をいくらでも変えてくると踏んでいて正解だった。


「ほぅ……。先ほどの者たちを屠ったこれすら躱してのけるか。ますます面白い。そのほう、我を前に名乗ることを許そう」


 不死者がこちらにより強い興味を持ったように問いかけてくる。

 

「ユキムラ・クジョウ――――。今の俺が名乗るべき名前ではないがな」


 女騎士との間に十分な距離があることを確認した上で、軽く鼻を鳴らしながら答えると、黒衣の向こうで鬼火が静かに揺らめいた。


「武門の出か。ならば我も名乗りを上げようではないか。我が名はイルナシド・テラ・アルメナラン。今は無き帝国の始祖である。刃を交えることすら光栄に思うがよい」


 ……なるほどな。俺同様に、コイツも“前時代の遺物”か。


「そいつは畏れ多い」


 俺は笑みを浮かべながら狂四郎を八双に構える。


「なに、無理に言葉を飾る必要はない。力づくで跪かせよう」


 この戦いを楽しんでいるような言葉と共に、黒衣の内側からふたたび放たれる黒い火球の連弾。

 それを最小限の動きだけで躱して俺は黒衣の不死者――――イルナシドに迫る。


 ここで新たな攻撃が――――来ない。


 ということは、このまま進めけば


 だが、だからといってここで攻撃を断念することはあり得ない。


 俺は自身を奮い立たせるように口元を大きく歪め、構うことなくその“未知”の中へと飛び込んでいく。


「普通はそこで退くであろうに。やはり獣じみた男よな」


 感心したように――――いや、むしろ呆れたような言葉を漏らすイルナシド。


 不死者が見せた人間臭さに、俺はますます愉快になってくる。


「そうかい。なら、早く人間に昇格したいものだな」


を相手取れるようなら考えてやろう」


 そう言い放ったイルナシドの両腕を、黒衣が包みこむように覆っていく。


 いや、それだけではない。

 身体を覆い隠すローブのような形となっていた黒衣が、身体の線そのものへと密着するようなものに変わっていくではないか。


 しかも両腕――――手首から肘までの部分には、片刃の曲刀にも似た黒光りする刃が腕に平行するような形で生え、新たな間合いを持つ双剣となっていた。

 八洲の太刀とは反りや形状が微妙に違うが、腕の動きと同化すればかなりの切れ味を誇るであろう。


「次から次へとなんとも面白い衣だな、それは。便利そうで欲しくなるくらいだ」


 軽口こそ叩いて見せるが、背筋には寒いものが走っていた。


 アレは


「もはや蛮勇の類だな。だが、死の間際にもその減らず口が変わらず叩けるか見ものだ」


 宣告と共に高速で振るわれる右腕の刃。


 飛燕のような横薙ぎの一撃を、俺は急激な制動で回避。

 すぐさま反撃の一撃を叩き込むが、イルナシドの掲げた左の刃で受け止められ、金属の重々しい音が響く。


 衣の密度を上げて金属並みの硬度にしている!? なんというふざけた魔道具だ!


 長年の戦闘で培ってきた経験がそう結論付けるが、その時にはすでに別の勘が放った警告を受けて俺は後方へと飛んでいた。


 風が生じて前髪が大きく揺れる。

 瞬く間に形状を変えた刃が黒の大鎌となって、俺が直前まで居た空間を薙ぎ払っていた。


 だが、長大な刃を振れば隙も大きくなる。


 すぐさま地面を蹴るように飛び込んでイルナシドの間合いへと侵入。

 形状を変えた黒の大斧が俺の肩口を狙って振り下ろされる。

 地面を踏みしめて振り上げた狂四郎が受け、甲高い金属音と鍔の鳴る音が俺の耳に刺さった。

 それぞれの持つ得物の角度が変わり、超至近距離での戦いになる。


 だが、すぐに相手を仕留めるには剣勢が足りないと気付いた双方が同時に離れ、去り際に横薙ぎの刃同士がぶつかる。


 イルナシドの振るう刃を狂四郎の一閃で迎撃。

 相手の衣は金属でもないというのに、虚空に生じる火花が幻想的ですらあった。


「やるものだ。普通は得体の知れない攻撃に接近を躊躇するものだが……」


「あいにくと逃げ回るのは趣味じゃないんでな」


 こちらの力量を認めるようなイルナシドの発言に、俺は笑みが止まらなくなってくる。


 客観的に判断しても、近接戦闘ではこちらの技量がやや優勢だ。

 とにかく、相手の得意とする間合いには持ち込ませないことしか俺に勝機はない。


 ふたたび地面を蹴って距離を詰める。


 一気に駆け抜けんとする俺の正面で、イルナシドの黒衣が形状を変え分離。漆黒の長大な槍となって射出される。


「どれだけ便利な道具だ!」


 矢を超える速度で迫るそれを、俺は突撃の勢いを緩めず狂四郎の刀身側面を滑らせて強制的に軌道を変える。激しく生じる擦過音と火花。


 甲高い音が非常に不愉快だが、今はそんなことも言ってなどいられない。


 ギチギチギチギチ――――狂四郎の鍔が自身の刀身が傷つく悲鳴を上げているように鳴る。


 今は我慢しろ!


「アレをよく回避したものだ」 


 歓迎するとばかりに襲い掛かってくる死の気配。

 左右から振るわれる刃の乱舞を狂四郎で流れを変えてすべて受け流す。


 同時に背後からの殺気と気配。

 それが先ほどの槍がこちらへと同様の速度で戻って来ているのだと理解した瞬間、全身が総毛立つ。


 こちらを挟撃するつもりか!


 その場で瞬間的に脚部へとオーラを集中。それを一部体の外へと放ちながら俺は一気に跳躍する。


 空中で後方へと宙返りをしながら、背後から迫っていた槍をギリギリのところで回避。

 イルナシドが放った槍を自身と同化させる瞬間、動きが一瞬であっても阻害されると確信していたがゆえに、空中で無防備になるわずかな時間を守りきることができた。


 あとは――――


「詰めが甘い」


 そして、俺が着地する場所へと急襲するイルナシドの漆黒の大斧。


 回避のしようがなかった。

 受け止めるべく刃を掲げるが、着地したばかりで踏ん張りがきかない。挟撃ではなく、むしろを狙われていた可能性が高い。


 甲高い金属音と共に、俺の握る狂四郎が弾き飛ばされた――――。


「見事な軽業を見せたが、これで終わりだな、蛮族――――いや、ユキムラ・クジョウと名乗ったか」


 狂四郎を弾き飛ばされ、脇差は木の幹に刺さったまま。

 徒手空拳で挑めるような相手でもなく、まさに絶体絶命。


 イルナシドがこちらを仕留めるべく、ふたたび刃へと姿を変えた両腕を静かに掲げる。


「どこの馬の骨かは知らぬが、ここまで戦いを楽しむことができたのは久しくなかった。褒めてつかわす」


「ああ、。古代のみかどよ」


 この状況で放たれた俺の笑みを受けたイルナシドの表情が困惑に固まる。


 そう、同時に、右手が太刀――――《傀伝斬おおでんた》の柄を強く握り締める。


「魔道具を!?」


 純粋に剣を振るう速度を見るならば、イルナシドは俺に及ばない。


 不死の王が放った叫びと同時に、水平に振り抜かれた傀伝斬の刃。

 その銀閃は、黒衣の向こう側に潜む不死者アンデッドとなったイルナシドの肉体までを深く斬り裂いていた。


「バカ、な……」


 駆け抜けた姿勢から水平回転。

 背後を振り向き、俺は破邪の太刀 《傀伝斬》を油断なく構える。


「収納の魔道具を使って、武器を仕込ませていた、だと……。そんなことを考える者が、いるとは……」


 思いがけない魔道具の使い方を目の当たりにして、呻くような声を放ってイルナシドは地面に片膝をつく。


「戦いは、常に変わり続けているものだ。昨日までの戦い方が今日も通用するとは限らない」


 武器を身体に隠し一体化させて振舞い、ここぞという時に使う“隠器術”。

 八洲の忍が得意とする忍術の一種だが、これはそのちょっとした応用だ。


 空間収納の魔道具から抜き身の太刀だけを出現させ、それと攻撃の動作を限りなく同化させて一撃を喰らわせる隠し剣 《鬼神爪きしんそう》。

 いくさで身に纏う具足ではなく、着物を着ているからこそ初動を隠すことができるある種の奇襲技だ。


「常道のように説くが、これは奇襲だろう……」


 わずかに咎めるような響きが声には含まれていた。


「まぁ、そちらも衣で腕を隠していたんだ、?」


 肩を竦めて返す。

 すでに俺は身体から力を抜いていた。たしかな手応えを感じていたからだ。


「はは、そうか…………。いや、認めよう。我の――――負けだ。間合いに侵入を許した時点で、既に貴様の爪牙は我が喉元に届いていたのか……」


 イルナシドは身体から力を抜き、構えを解くと静かに負けを認めた。


 俺が斬りつけた箇所から流れ出る大量の光の粒子。

 蛍火のようなそれらが、ふわりふわりと舞うように静かに空へと立ち昇っていく。


「見事なり、異邦の剣士よ……」


 それは、この戦いの終わりを告げる言葉だった。



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