第18話 “ついでに”盗賊も狩る

「おうおう、薬草でも取りに来たのかい、にーちゃん?」


 緑が生い茂る森の中、俺は早くも頭痛を堪えていた。


「しかし、こんなとこまで来ちまうなんてなんとも運がねぇなぁ。同情しちまうぜぇ」


「まぁ、そのみょうちくりんな剣も含めた身ぐるみ全部置いていけばだけどな。そしたら、命だけは助けてやるかもしれねぇぜ?」


 俺を取り囲んだ十人ほどの男たちから下卑た笑みが俺へと向けられる。


 放たれた言葉とは違い、どう考えても友好的――――さらにいえば、生かして帰す気があるようには見えなかった。


 ザイテンの街を出てくだんの山へとやって来た俺は、面倒くさいので堂々と山道を歩くことにした。

 そもそも、今回は魔物の討伐が目的ではないので、あえて獣道に入る必要もない。


 そして、ものの半刻もしないうちにである盗賊たちから取り囲まれることとなった。


「余所者がこんなとこをうろついてちゃいけねぇなぁ」


 こちらの感情に揺さぶりをかけて喜んでいるのがわかる。


 異国人がこんな辺鄙なところまで来るとすれば、だいたいは冒険者の仕事だ。

 しかも、この山は魔物の出現報告が少ないため、考えられるのは薬草採取の依頼くらいで、そんな依頼を受ける人間は基本的に戦闘力にも自信がない。

 そう考えているらしいこいつらからすれば、俺みたいなヤツは絶好の獲物に見えるのだろう。


「こんな遠くの国にまで来て盗賊に遭っちまうなんて災難だなぁ、おい?」


 まったくそんなことを思っていないのは、少なくとも数日は洗っているかどうかもわからない小汚い顔に浮かぶ、およそ人情味からは程遠い笑みでよくわかる。


 殴りたくなる笑顔とはこういうものを指すのだろうか。


 しかし……ここまで周囲を警戒する様子が皆無な姿を見るに、盗賊たちは付近にアンデッドが出ることは知らないようだ。


 あるいは、そのアンデッドも本当にたいしたのことのない――――それこそ無視しても問題のないレベルなのかもしれない。


 だが、もしそうだとすると、騎士団がギルドの依頼をぶんどってまでこの山に向かった理由がわからなくなる。


「なぁ。お前ら、このあたりでアンデッドを見かけなかったか?」


 考えてもわからないので素直に訊ねてみた。


 だが、相手はバカにされたと思ったのか、一斉に黒く日焼けした顔を赤くし始めた。


「テ、テメェ……自分の立場がわかっていやがんのか……?」


 苛立った盗賊が口元をひくつかせ、こちらを威嚇しようと剣の柄に手をかけて鞘から引き抜こうとした瞬間、俺は刀を抜いていた。


 それはただ刀を抜いて撫でただけの軽い斬撃――――のつもりだった。


 相当遅くして放ったのだが、目の前で威嚇しようとした盗賊は反応することすらできず腕を斬られていた。


「ぎゃっ!」


 腕を斬りつけられる痛みに、男が悲鳴を上げて剣を取り落とす。

 その際、斬撃を受けた盗賊の腕からわずかではあったが鮮血が飛び散った。

 

「こ、この野郎! やりやがった!」


 それを皮切りに周りの盗賊たちから殺気が放出される。


 しかし、彼らは気が付いていない。


 目の前の盗賊は腕を斬られ呻いているが、これは威嚇が目的ではない。

 最大の目的は、適当に動いただけの俺の斬撃速度を見せつけること、それにくわえ、相手の腕の健を切断することにあった。


「大人しくしていれば楽に死ねたものを……!」


 盗賊たちが見せた反応は逆上しているだけ。

 つまり、彼らの中には俺の実力を見抜けるだけの技量を持つ者がいないということになる。


「そうか、少し期待外れだ……」


 そして、それが理解できないから逃げようとする者もいない。


「面倒だ、殺して奪えばそれでいい! 俺たちを舐めやがって……。嬲って殺すぞ!」


 頭目らしき男の掛け声を受けて、配下の盗賊たちが一斉に間合いを詰めてくる。


 ……しかし、


 魔物と戦う時に向けられるモノは、ただの生存本能かなにかは知らないが、“殺意”ではなく邪魔者を排除し捕食するだけのつまらないモノだ。


 それに比べて、人間から向けられる殺意はどうだ。

 こちらの存在を憎み、妬みそねみ、嬲ったり蹂躙したり、悲鳴を上げさせ、糞尿を撒き散らさせて己の優越感を満たそうと向けてくる。

 その“殺意”の


 おかげで、遠慮なく刀を振るうことができる。


 もしかすると、刃のひとつくらいは偶然届くかもしれない。可能性は低いとわかっているのに、そんな淡い期待を抱いてしまう。


「邪魔だ」


 すぐ手前で、俺に腕を斬られた恨みのこもった視線を向けていた男は、回し蹴りを喰らって近くの木へと首から衝突。首だけが明後日の方向を向いて動かなくなる。


 それを見て、こちらへ迫っていた盗賊たちの足が一瞬だけ遅くなった気がした。


「では、参る」


 短く告げ、内心から溢れそうになる感情のままに、俺は前に進みながら殺到する盗賊たちを見据えて刀を一閃。

 すでに間合いに入っていた俺の刀は、最接近していた盗賊の腹部を斬り裂いていた。


「ひ、ひああああああっ!?」


 腹圧に押されて飛び出てくる小腸を見て、その盗賊は狂乱の悲鳴を上げながら地面に座り込んで突っ伏してしまう。


 それを無視して、鮮血の尾を引いて旋回した刀をぎょっとした顔をこちらに向けている男へ垂直に振り下ろす。


 二人目の肩口から喰らいついた刃は、胸骨を一気に叩き斬りながら心臓を両断。

 ショックで絶命して崩れ落ちた死体を乗り越えて俺は進んでいく。


「野郎!」


 人間が振るうにしてはかなり大型の斧が振り下ろされるが、どうも扱いきれていないと判明。

 脅威判定を下げ、その場で半身になって俺は攻撃を回避。地面に斧が勢いよく突き刺さる。


 そこで伸びきった両腕の肘部分を蹴り上げてやると、一気に肘が本来曲がらない方向へと折れ曲がった。

 喉から飛び出る絶叫を聞き流しながら、貫手を喉に叩き込んで気道を破壊。


 その場で軸足を入れ替えながら後方上段へ蹴込みを入れると、踵が五人目の顔面にめり込み骨が粉砕される鈍い音が聞こえる。

 くぐもった呻きと共に、盗賊はじたばたと暴れながら地面に倒れて動かなくなった。


「調子に!」

「乗る!」

「なぁっ!!」


 そこで背後から俺へと浴びせられる複数の殺気。


 なるほど、一斉に襲いかかる捨て身同然の攻撃か。……いいぞ、それくらいでなければ俺に刃は届かない。


 一気に大きな円を描くように刃を旋回させると、同時にこちらへ攻撃を仕掛けようとしていた三人が、ほぼ同時に腹部から胸部を深く斬り裂かれて鮮血の海に沈んでいく。


「じょ、冗談じゃねぇ! やってられるか!」


「あ、テメェ――――」


 最後の一人が逃げようと背中を向けたところで、俺は刀の柄に仕込んでいた針のように細い短刀を投擲。

 首筋に深く突き刺さり、走り出したままの勢いで倒れるとぴくりとも動かなくなる。


「せっかく数に物をいわせていたんだ。声などかけずに襲うべきだろうが。……まぁ、いい教訓になったようだな」


 そう言いながら、俺は静かに目を向ける。

 あとには、逃げ出そうとした手下(故人)へ罵声を浴びせかけた状態で硬直した頭目だけが取り残されていた。


「……さて。もう一度訊くが、ここらでアンデッドを見なかったか?」


 瞬く間に八人を仕留め、ついさっきまで殺し合いを演じていたとは思えない声色で訊ねると、なぜか頭目は顔を蒼白にしてその場にへたり込んでしまった。

 かすかな臭い。ズボンの中央に染みができていた。


「し、知らねぇ! なにも見てねぇよ!」


「そうか。なら、もう少し奥に行くべきか……」


 ひとりごちると、頭目がこちらを見て口を開いた。


「お、教えただろ! だから――――」


「ああ、もう死んでいいぞ」


「えっ?」


 そのまま狂四郎を一閃させて首を刎ねた。


 驚愕のまま凍り付いた表情で転がっていく頭目の首。

 遅れたように切断面から血が噴き出し、身体が地面へと倒れていく。


 ギルドに依頼が出るほどに暴れた盗賊が、なぜ討伐に来た冒険者を相手に命乞いが通じると思ったのだろうか。


 魂を喰らえて満足そうにしている狂四郎を鞘に納めようとしたところで、遠くからの魔力の気配。かすかに叫び声のようなもの聞こえてきた。


「……やはり、が本命だったか……」


 方向はどちらだと俺は意識を研ぎ澄ませる。


 ……ダメだ。木々が音を反響して正確な位置を拾うことができない。


「――――ハンナ。わかるか」


「はい。お任せください、ジュウベエ様」


 俺の声に応じて木の上からふわりと地上に舞い降りてきた影。

 それは忍の装束に身を包んだハンナだった。

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