第17話 指名依頼


「さて……ここまで舞台を整えたんだ。詳しく訊いてもいいんだろう?」


 ギルドの応接室に通された俺は、向かい側に座る禿頭の厳めしい顔つきをした壮年の男のほうを向いて切り出す。

 こちらに向けられる鋭い視線。


 ギルドの副支部長ボルドー・バルテンのものだ。

 直接言葉を交わしたことはないが、何度か顔を見たことはある。


 元二級の冒険者で、高齢を理由に引退した後このザイテン支部の副ギルド長に就任したと聞いている。

 長い現場経験と功績、その人望から迎え入れられた存在で、現役冒険者に対しても大きな影響力を持っているという。


「ジュウベエ・ヤギュウ。まずはこの度の三級昇格おめでとう。これで、晴れてお前もギルドによって身分が保証され、多少の制限はあるが家を借りたり購入したりすることもできるように―――――」


 三級昇格で得られる特典の説明――――要するに本題ではない前置きから話は始まった。


 さすがに大半を俺は聞き流す。

 あらかじめ理解していることを説明されるのはどうにも退屈でならない。


 とはいえ、ここで急かすような真似をしないのは処世術である。


「もっとも、お前はなぜか三級昇格よりずいぶんと前から商業ギルドや傭兵ギルドの職員と面識がある上に、定宿すらないようだが……」


 不意にこちらの私生活プライベートについて言及してくるボルドー。


 まぁ、三級まで昇格させたとなれば、多少はこちらの素性に関しても調べて当然か……。


 だが、


 なぜ俺が彼女たちと接点があるのか――――。


 おそらく、ボルドーとしてはそこが一番知りたかったのだろうが、こちらが異国の出身なのであまり細かくは辿れていないようだ。

 そもそも本名でもないしな。


 しかし、それを俺本人にここで伝えるのは牽制のつもりだろうか。


 思うにこれは「三級に昇格したからといって調子に乗るなよ?」という牽制を兼ねてもいそうだ。

 そして、調子に乗った結果がイーヴォだ。ヤツの存在にはギルドも頭を抱えていたことだろう。


「まぁ、それはいい。この場での余計な詮索は不要だろう」


 俺の真意を問うような視線を感じたのか、ボルドーは軽く手を上げて難癖をつけるわけじゃないと示した。


「……実際、お前は優秀だ。、三級として見ても文句のない実績を過去からすでに上げ続けている」


 受けた依頼の内容まで把握しているのか。

 だが、そうでもしていなければ、指名依頼なんてシステムも成り立たないだろう。


「それに、素行に関しても、特に問題があるとはターニャからも聞いていない」


 わざわざ後半部を言葉にしたのは、こちらへ来たばかりの時に絡んできた“新人潰し”――――五級・四級冒険者の肩書を利用したアホどもを、ひっそりボコボコにしたことへの関与が疑われているからだろう。


 やられた側は、やった側おれと同様に、四級以下の“市民権”を持たない人間であったこと。

 また、たったひとりに半殺しにされたことが知られては、今度は自分が潰される側に回ると恐れてギルドに訴え出ることもしなかったのだ。


 だが、人の口に戸は立てられないように、だいたいの事情は噂としてすぐに冒険者たちの間へと伝わり、結局彼らはザイテンにいられなくなり余所へと流れていった。


 まぁ、今の今まで追求がなかったのも、低ランクで身内を食い物にする問題児がいなくなったので、ギルドとしても大事おおごとにするつもりはないと踏んでいる。


 さすがに“昨日の件”がもうバレたということではないと思いたいが。


「……どうにも迂遠だな。指名依頼の話じゃないのか」


 俺は軽く頭を掻く。


 さすがにいつまでも雑談に付き合ってはいられない。

 ここへ呼んだ以上は要件を言うように俺は促す。


「そうだったな。許せ、前置きが長くなるのは年寄りの悪い癖だ」


 にやりと豪快な笑みを浮かべるボルドー。その表情にこちらを侮っている様子はない。


「盗賊の討伐依頼だが、はっきり言って。だが、問題はその場所だ。アンデッドが確認された山道近くを根城としているらしい」


 ふむ。それのどこが問題なのだろうか。


「そして、アンデッドが出るという山へ薬草採取に出かけた五級冒険者二名が、行方不明となっていると先ほど連絡があった」


 俺の疑問に答えるようにボルドーが口を開いた。


「これだけならまだいい。ところが、先ほどこの国に属する騎士団が大勢でギルドにやって来て、「アンデッド討伐はこちらでやるから手を出すな」という一方的な通達をされた。


 続けて放った言葉部分で、ボルドーの声には先ほどまでとはうってかわって不快感が滲み出ていた。


 なるほど、のことか……。


 俺は先ほど街で見かけた連中のことを思い出す。


「国が冒険者ギルドに干渉してくるとは、なんとも穏やかじゃないな」


「そうだ。我々には依頼を達成する義務があり、それは国からの独立権さえあると言っても過言ではない。いくら国が相手といえど、割り込むにはそれなりの理由が必要だ。詳しい説明を求めたが突っぱねられたよ」


 憮然とした口調で語るボルドー。

 言葉にこそ出してはいないが、なにか裏があるのは間違いないと俺もボルドーも表情で表していた。


「なるほどな。ある程度はわかった。盗賊の討伐ついでに騎士団の目的を調べて来いってことか」


「いや、違う。私は盗賊団の討伐を指名依頼しただけだ。その際、近くに“公国の偉い騎士団様”がいるもしれないから注意しろと伝えただけでな。……まぁ、可能であれば盗賊討伐に関する報告は、別途提出してほしいところだが」


 ……いちいち回りくどいことをしやがるおっさんだ。

 だが、こういうやり取りは嫌いじゃない。


「なるほど。俺の認識違いだったようだ」


 わざとらしく肩を竦めて俺は立ち上がる。


「では、さっそく討伐に出かけようじゃないか」


「頼んだぞ。お前はまだ三級になったばかりだ、無理はしなくていい」


 よく言う。盗賊の討伐は急がないが、騎士団の後は急いで追いかけてついでに目的を探って来いということじゃないか。


 ……まったく、どちらが本当メインの仕事かわかりはしないな。


 もちろん、ボルドーの発言が建前を並べているだけということは理解している。


 しかし、ここでギルドが俺に目を付けた以上、これを利用しない手はない。


 副支部長との関わりができるならば、今後の昇格にも影響が出ることだろう。

 それに、


 辺境の街では限界もあるだろうが、ここで経歴を重ねて国の中央へ出ていくという方法もある。

 信秀は自由に生きていいと言ったわけだし、冒険者としての格を極めようとしてもべつに構わないだろう。


 いつの間にか、のんびり生きるとか言っていたのもどこかへ行ってしまいかけている。

 我ながらなんとも業の深い人間だ。


 そんなことを考えながら応接室を出ると、俺を待っていたのか廊下にターニャが立っていた。


 副支部長が直々に依頼してくるなどということ。

 そして、それを三級に昇格したばかりの人間が受けることが、いったいどれだけ異例なことか理解しているだけに不安に駆られるのだろう。


「ジュービーさん、お気をつけて……」


「ああ、無理はしないよ」


 心配そうな表情を浮かべるターニャに向けて笑みを浮かべながら告げると、俺はそのままギルドをあとにした。


 ――――さて、開けた蓋の中にはなにが待ち受けているのだろうか?

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