第16話 場違いな者たち


 その次の日、俺はいつものように冒険者ギルドに顔を出した。


 こころなしか周りから向けられる視線がいつもと違うように思えたが、まぁ昇格したというのが大きな理由だろう。

 殺気の類でもないならば、特に気にするべきところでもない。


 ギルドの施設には、所属している冒険者の名前が木の板で掲げられており、特級から五級までの各場所に金具に引っ掛ける形でかけられるようになっている。


 昨日の昇格によって、俺の木札は三級のところへ新たにかけられており、さすがにそこまでいくと辺境と呼ばれることもある地方都市であるザイテンでは並ぶ人間の数もそれなりに少なくなってくる。


 実際、準二級は十人もいないし、二級は二人だけだ。

 そこから上ともなると、もはや“来るべき日”に備えた


「やっぱり、似ているな……」


 思わず俺の口からつぶやきが漏れる。

 どうも、だけは八洲の剣術道場にいるような懐かしさを覚え、つい目を細めてしまったのだ。


 ところで、なぜこのようなことをギルドが実施しているのかというと、誰々は〇級というのがこれを見ればひと目でわかるからだそうだ。

 階級間でのトラブルを防止するのが狙いだと、俺が最初に登録した時に説明があったが、逆に言えば冒険者とはそれだけ揉め事が起きやすい職業なのだろう。


 本人が身に着けている認識票を見ればわかる話だとは思うのだが、俺のように面倒くさがって刀の鍔に引っ掛けてあったりする人間もいるので周知させようとしているに違いない。


 そして、掲示板に張り出された依頼を見ていくが……。


 「トミワ村近くにできたゴブリンの巣の駆逐」、「湿地帯に住み着いたリザードマンの討伐」、「山奥に出るというアンデッドの偵察。可能であれば浄化または討伐」……などと魔物関係の依頼ばかりだった。


 うーん、コレと言って目を引くものはないな……。


 えり好みをしていると言われればそれまでだが、正直なところ魔物などの討伐は勇者一行との旅の中で十分にやってきたと思っている。


 盗賊や魔族の討伐などがあれば受けても良いのだが……。

 まぁ、前者はともかく辺境で後者はほぼあり得ない。

 魔族と戦いたいならまた北へと向かうべきだろうが、今しばらくはこの地でゆっくりさせてもらうつもりだった。


「あとは指名されんことを祈るだけか……」


 誰も受ける冒険者がいなかったり、当初よりも危険度が高いと判断された場合には、三級以上で現在依頼を受けていない人間に指名依頼が出されることがあるが、この依頼の難易度ならきっと誰かしらが受けていくことだろう。


 べつにここで俺がどうこうしなくても、どうしてもと指名された時に受ければいいだけだ。


 いずれにせよ今日はハズレかな……。

 そう思って外に出る。


「参ったな……」


 予定がすっかり空いてしまった。


 しばらく悩んだ末、イレーヌのいる商業ギルドかハンナのいる傭兵ギルドに顔を出してなにか仕事を受けようかと思ったところで、俺の視界にとある集団の姿が映る。


 見た瞬間、場違いな連中がうろついていると思った。


 歩くたびに聞こえる金属同士の触れ合う音。


「騎士か――――?」


 思わず俺は口に出していた。


 ザイテンの街は、はっきり言ってしまえば辺境だ。


 それゆえに強力な魔物や魔族が現れることもなく、街を守るのは参事会の直轄となる衛兵隊が街の城壁を中心にこの街を守っている。

 だから、その中心にいる軽装ながらもひと際立派な騎士の鎧に身を包んだ女が、同じく鎧を纏った数人の供を連れているのを見て何事だろうかと俺は訝しんでしまった。


 おそらく、俺以外にも同じことを考えているのだろう。

 周りでもギルドに依頼を受けにきた冒険者や、街を行き交う市民たちがチラチラと場違いな女騎士たちの方に視線を送っていた。

 

「妙ですね……」


 真後ろからの声。


「……人の言葉を横から取るんじゃない、ハンナ」


 わかっていても心臓にはよくない。

 静かに振り返りながら俺は溜め息を吐く。


「あとな、背後から近寄るなって何回も言っているだろう?」


 さすがに背後からそろりそろりと接近されていることには気が付いていた。

 ハンナも俺が気付くようにワザとやっているのだ。


 実際、本気で気配を消してこられると“過剰反応”しそうになるから絶対にやめろと念押ししてある。

 せっかく真面目に生きているのに、街中で反射的に抜刀なんてアホな真似はしたくない。


「おっと、これは失礼しました」


 俺の言葉におどけてみせるハンナ。

 あれは彼女なりのスキンシップらしいが、実にが出ていて落ち着かない。


「というか、ハンナ。こんな時間に出歩いているけど、仕事はどうしたんだ?」


「ご心配なく。今は休憩時間ですよ。……しかし、こんなところに騎士様が現れるなんて、いったい何事なのでしょうか?」


 なにやら神妙な顔になるハンナ。

 そう俺に水を向けるものの、自分だってとっくに想像くらいついているだろうに。


「まぁ、いずれにしても、ろくでもないことだけはたしかだろうな」


 俺は声を小さくして鼻を鳴らす。

 たいしたことかどうか――――それは俺にはわからないが、ある程度なら想像もつく。


「ろくでもないことですか?」


 俺につられたようにハンナも声が小さくなる。

 その際こちらに近付いてきたため、身につけている香の匂いが俺の鼻をわずかにくすぐる。


「そうだ。あんなこれ見よがしの格好をしてうろつくなんて、それを身分証明代わりにしてでも行いたい何かがあるってことだ。昨日も訊いたが、べつに戦があるわけでもないんだろう?」


 そのへんには詳しいはずのハンナに訊ねると小さく頷く。

 昨日の今日で状況が変化したということはないはずだし、もしそうなら真っ先に俺のところにハンナが報せに来ているはずだ。


「なら、こんな辺境でいちいちやるもんじゃない。侍が具足を身に着けて歩くようなものだ」


 それに、ひと目でだとわかる格好を誇示する人間なんてのは、だいたい面倒な事情を抱えているに決まっているのだ。


 とはいえ、あまりジロジロと眺めていると変な因縁でもつけられかねない。

 目線を逸らそうと思ったところで、一番豪奢な鎧に身を包んだ女騎士がこちらを一瞬だけ見た。


 蒼の瞳と俺のそれが交差する――――が、すぐに外れる。


 どうやら俺たちをただの異国人としての物珍しさから見ただけのようだ。


 しかし、このまま街をうろついていてもなんだか面倒なことに巻き込まれそうな予感がする。この勘はあまり外れない。


「あ、ジュウビーさん!」


 今日は大人しく家に帰ろうかなと考えていると、またしても背後から声がかけられる。

 声でわかる。ターニャのものだ。


 一年経ってもダメだったのだ。もはや名前を訂正する気力もなくなっていた。


 ゆっくりと振り返って、俺はこちらへと駆け寄ってくるターニャを見る。


「あ、ハンナさんもご一緒でしたか。もしかして、傭兵ギルドのお仕事を受けられたりしましたか?」


 しばし考えたが、横合いでハンナが小さく首を振ったのを見て俺は口を開く。

 とりあえず、緊急で俺に受けて欲しい依頼の類はないらしい。


「いや、たまたまそこで会っただけだ。どうしたんだ?」


「急で申し訳ありません、指名依頼です。盗賊の討伐が入りました」


「指名依頼ですか? わざわざ探しに来られたので? そんなことをせずとも、その場で募れば誰かしらが……」


 俺の代わりに、ハンナが怪訝な表情を作る。


「いえ……。こう言ってはなんですが、このザイテン支部で盗賊討伐をはじめとした対人戦闘依頼を受けてくれる冒険者のかたがそもそも……」


 ターニャの言葉はどうにも歯切れが悪い。


 いや、この時点で言いたいことはわかっていた。


 対人依頼が得意ということは、言い換えれば人との戦い――――つまり、


 ひとたび冒険者に登録したからには、ランクの低い者たちは世間から人間扱いされるべくなんとか三級を目指してある種の“市民権”を得ようと目指す。


 しかし、それだけの欲求があっても、彼らはなるべくランクを上げようとする。


 戦う力のある者は魔物などの討伐を主にこなすし、戦闘に向かない者は薬草採取や便利屋的な依頼を受けることが多い。

 少なくとも、商人の護衛などならまだしも、盗賊退治などを自分から進んで受けようとする人間は限りなく少ないのだ。


「なるほど……。引き受ける人間がいないんだな」


 これは、基本的に“人を殺めることを忌避する意識”が働いているからだと俺は思う。

 それは盗賊や傭兵などの道を選ばなかった人間として、当然ともいえる反応だ。


 むしろ、そういう意味では俺のほうが異常なのだろう。

 戦乱の八洲に生まれ、先の幕府将軍家に類する人間として、俺はよわい十五より戦に参加してきた。 

 はっきり言って今さらのことである。


 ……まぁ、そんな背景をわざわざターニャに語る必要はない。


「……わかった、受けよう」


「あ、ありがとうございます!」


 ターニャはひと安心したとばかりに息を吐き出す。


「だが、指名依頼にしてもそれを言いに来たとなると、よほどの急ぎなのか?」


「いえ、盗賊の討伐自体を急ぐものではありません。しかし、ちょっと……」


 ターニャは言葉を切ってハンナのほうをちらりと見る。

 なるほど、部外者には聞かせにくい話か。


「わかった。とりあえずギルドで話を聞こうか」


「ええ、助かります」


 空気を読んだ俺の発言に、ターニャは安堵の表情を浮かべた。

 やはりあまり余人には聞かれたくない話らしい。

 

「でしたら、わたしはこれで失礼します」


 ハンナも事情を察したとばかりに、小さく一礼して去っていく。


 その際、ターニャには見えないよう俺とハンナは軽く目配せを交わしていた。



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