第15話 夕飯とふたりの忍
最近のハンナは、かつて再会した時のような八洲特有となる濃い目の化粧ではなく、“今の仕事”に合わせてかかなり控えめなものにしていた。
個人的に言えば、こちらの方が十九という年齢相応かつ
イレーヌがワンピースのようなふわっとした服装を好むのに対して、ハンナはある程度身体の線が出るジャケットにパンツを着る活動的な格好を好んでいた。
「まったく……。毎度毎度、食事の時間に合わせたようによく来ますね、伴蔵。
イヤそうな声色を隠そうともしないイレーヌ。
先ほどまでの俺への対応が嘘であるかのように普通に毒を吐く。
「あら、イレーヌ。そんなダサい名前ではなくて、ハンナと呼んでもらえるかしら。
負けじと言い返すハンナ。
しかし、仮にも三代目伴蔵だった人間が“そんな名前”とか発言するなよ……。
「監視とはずいぶんな物言いですね。主君を住まわせる家も持っていない癖に」
「たまたま家を持っていたからって大きな態度に出られては困るわ」
両者の間で、感情の温度が上がっていく。
それを無視して俺はどうしてこうなったのかについて思いを馳せる。
俺がザイテンに流れ着いた時、どういうわけか「ついて来るついでに監視役もする」と当初の目的と手段が入れ替わってしまったハンナだが、今は俺とは別のところで住んでいる。
犬猿の仲ともいえるイレーヌのところに俺が世話になっているため、家を持っていなかった彼女は傭兵ギルドの受付嬢として住み込みで働いているのだ。
さすがにそこだけは伊駕の忍として最低限守るべき矜持であったらしい。
ハンナ本人としては、俺にイレーヌ家への居候を勧めはしたものの、その当時の俺にとって最大の利点である家という
それ以来、対抗意識を燃やしているのか、こうしてしょっちゅうやって来るのだ。
まぁ、ちゃんと酒などの土産を持ってくる上に気持ち程度の金は置いていくので、イレーヌもそれほど嫌ってはいない様子だ。
ともすれば、ケンカするほどなんとやら……というヤツではなかろうか。
しばらくギャアギャアと言い合いを続けている二人だったが、放っておくといつになっても終わるかわらない。
そんな
「お前ら、いい加減にしろ。メシ抜きにされたいのか」
「「すみませんでした……。それだけはなにとぞ……」」
タイミングを見てぴしゃりと言うと、
これだけを見ていると、本当は仲がいいのではないかと思ってしまう。
~~~ ~~~ ~~~
「「「いただきます」」」
三人で席に着いて手を合わせると、そろって食べ始める。
テーブル用ナイフで切っておいた厚切りの肉を口に入れると、芳醇な肉汁が口の中にぶわっと溢れ出す。
それから一拍遅れるようにして、たまりの香りととろけるような甘みが味覚全体に広がってくる。
いい具合に味が染み込んでおり、噛めば噛むほどに味が出てくる。
……うん、自分で作っておいてなんだが、これはいかんな。米が際限なく進んでしまう。
「うわ、なにこれ! このお肉すっごいおいしい……! 焼いてあるはずなのに中はふっくらしてて……!」
「本当に! 濃厚な味がお米とびっくりするくらいよく合って……! これ、ルッツさんのところのですよね?」
「ああ、そうだよ。調理にひと手間ふた手間を加えるだけで、結構味やら食感ってのは変わるもんだ」
簡単に解説をして俺は吸い物を啜る。
いい感じだ。このあたりで出される塩だけ放り込んだようなスープよりもずっと深みも香りもある。
欲を言えばもう少しだけ旨味が欲しい。穢夷の昆布もイレーヌに言って取り寄せてもらおうかな……。
一方、俺の説明をちゃんと聞いていたかも怪しいが、ハンナとイレーヌが凄まじい速度で箸を伸ばしていくため、皿の上に盛られた料理がまるで吸い込まれるように消えていく。
料理を味わっているため無言で差し出される空の茶碗に、お
ふたりとも太っているという表現からはほど遠いくらい身体つきにも恵まれているのだが、いったいどこにそんなに入っていくのかと思ってしまう。
「というか、お前たち、そんなに食って平気なのか?」
さすがに回数を経る度にふたりの食べる量が着々と増えてきている気がする。
本人らが言うには、忍として鍛えているため基礎代謝量が凄まじく、身に着けた筋肉を維持するためには大量の食事を必要とするらしい。
それは俺だって同じはずだが、こいつらふたりは明らかに俺よりも食べている。
「平気かどうかではなく、ジュウベエ様のお料理が美味しいのがいけないのです!」
「そうです! これを食べないなんてとんでもない!」
もはや反論というかこちらに向けられる目が
理屈じゃないらしいので俺もそれ以上深く突っ込むのはやめにしておき、自分の皿に手を伸ばしていく。
「そういえば、傭兵ギルドのほうは特に変わりないか?」
ひと段落したところで酒杯を傾けながらふと訊ねてみると、自分の前にあった皿の料理を駆逐し終わったハンナがこちらを向く。
……おいおい、口元に米粒がついてるぞ。
仕方がないので手を伸ばして取ってやると、ハンナはくすぐったそうな顔をする。
「オホン……!」
イレーヌからのわざとらしい咳払い。
ハンナは少しだけ不満そうな顔をして表情を元に戻す。
「……ええ。小競り合いは一部の国の内部では起きているようですが、大規模な戦の気配は今のところありません」
何代かに渡ってこの地に暮らしていたイレーヌと違い、生活の基盤を持っていなかったハンナは俺と共に冒険者にはならず傭兵ギルドに所属することになった。
ハンナなら俺と同じペースで中級冒険者まで難なく上がれただろうが、同じタイミングで現れた
普段はギルドの受付業務を中心にやっているとのことだが、たまに「ちょっと出かけてきます」と言って数日間留守にすることもあるため、おそらくは忍としての経験を売り込んで雇われたのだろう。
妙に羽振りが良いこともあるので、その可能性は高い。
とはいえ、そのあたりは俺も深く追求するような真似をしたことはない。
「商業ギルドのほうでも流通に影響らしきものは出ておりません」
俺が問いかける前に、察したイレーヌが補足を入れてくれる。
「そうか。まぁ、なにかあれば教えてくれ。片手間とはいえ傭兵ギルドにも登録しているからな」
「承知しました」
冒険者に登録しているとはいえ、こんな辺境ではそうそう大きな依頼は起きるものではない。
そのため、時々傭兵ギルドの依頼を受けて小競り合いに参加したこともあるが、小競り合い規模の戦など、はっきり言ってしまえば国や貴族同士の筋書きありの戦みたいなものなので退屈極まりなかった。
騎士同士が名乗り合って一騎打ちしているのを見ながら野次を飛ばすだけとか、はっきり言って傭兵のやるべき仕事ではないと思うのだが……。
耐えかねた俺が、「出ていって相手をぶち殺してはダメか。絶対に勝てるぞ」と訊いたら取り纏め役に全力で止められた。
……まぁ、いずれにせよ各地域での情勢が明らかになっていれば、早い段階から傭兵を送り込むことができる。
時として街はおろか国まで跨ぐことのある傭兵だ。
情報の早さが依頼を得られることに直結する。
冒険者が個人と個人の依頼の奪い合いなら、傭兵は所属する街と街の依頼の奪い合いなのだ。
「まぁ、戦なんてないのが本当はいいんだがな」
ついつい思考の脇道に逸れかけていた意識を戻すと、様々な感情の混ざり合った笑みがふと浮かんでくる。
「「ジュウベエ様……」」
そんな俺を見たふたりの声が重なる。……ほんと仲いいな、お前たち。
乱世であるならともかく、この大陸は依然として魔族の脅威はあるものの南部はこの一年でそれなりに平和になったと言われている。
「魔王軍になにかがあったのでは……」とか、「《聖剣の勇者》が魔王軍を駆逐しつつあるからだ」とか、そんな噂だけは聞こえてくる。
はっきりとした理由は誰にもわからないらしいが、いずれにせよ少しずつ人類圏の国々に余裕が生まれつつあった。
「八洲じゃ戦に明け暮れ、大陸に来てからもずっと戦いばっかりだったが、しばらくはこんな日々が続いてもいいんじゃないかって思ってるよ」
いずれにせよ、こうして温かい食事を作って、それを一緒に食べられる人間がいるのはいいことだ。
俺はかれこれ一年ほど続けたこの生活が満更でもないと思っていた。
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