第14話 人間、趣味でも作らないとおかしくなる気がする


 母屋を出た俺は、一度離れへと荷物などを置きに行く。

 それまで着ていたものを脱いで、ゆったりとした室内用の着物へと着替える。


 さすがに無銘とはいえこの刀とて安いものではない。

 そのため、魔道具マジックアイテムである空間収納具へと移す。

 これが高価な物を持つ者にとっては世界で一番安全といわれる盗難対策だ。


 通常は袋や鞄などに空間魔法を付与しているらしいが、俺の場合は実家に遺されていた腕輪を持ち出――――譲り受けてきている。


 一見するとなんの変哲もない銀色の腕輪だが、神代から伝わる緋緋色金ヒヒイロカネと呼ばれる金属で作られているらしい。

 内側に彫り込まれた刻印により使用者の微弱な魔力を感知すると、輝くばかりの赤い金属へと変化し、使用者の肉体と同化して肉体付近の任意の場所に出し入れが可能な空間を出現させられる。

 これを保有しているため、空間収納の魔道具を持っていることを相手に悟らせずに済む。


 まぁ、ある意味では今の俺にぴったりの便利道具なのだ。


 手桶の水で顔を軽く洗い、鏡の前で顔を拭く。


 イレーヌに言われたことを思い出しながら、鏡の中に映った自分の顔を見る。かれこれ二十数年の付き合いがあるものだ。


「そんなに雰囲気が違っているものか……?」


 こうしてあらためて自分の顔を見てみると、俺は八洲人の中でも比較的目鼻立ちは細めである。

 眉は太刀を思わせる切れ長の弧を描き、その下にある黒の瞳が宿る目の線は自分でも鋭いほうだと感じる。

 意識して崩そうとしなければ余人に威圧感を与えてしまうこともあるだろう。

 無造作に伸ばした髪を後ろでくくっているが、これを大陸風に短くしたりするともっとひどい凶相になってしまいそうだ。


 軽く嘆息してから足袋を脱いで裸足になり、それから家用の草履へと履き替えると、ゆったりとした足取りで母屋へと戻る。






~~~ ~~~ ~~~






「そろそろ“節”が切れそうだな」


 開けた戸棚の中身を見ながら俺はつぶやく。


「おや、もう切れそうですか。であれば、また仕入れてこなければいけませんね」


 テーブルで待つイレーヌは承知したとばかりにメモを取る。


「いつも悪いなぁ」


「いえいえ、おかげでわたしはジュウベエ様のお料理を食べることができますので」


 にっこりと笑うイレーヌ。

 こういうところが男をダメにする才能を持っているのではと思う瞬間だ。俺も気を付けないといけない。


「そういうものか? ……しかし、こういう時に商業ギルドと付き合いができてよかったと思うな」


 八洲近海でとれる青魚から作られる“節”と呼ばれる乾物は作ろうとする料理の基礎となる。

 俺はどうしてもこれが欲しかった。


 この大陸の料理とて酒に合わせるとなればべつに問題ないのだが、やはり故郷の味というのは忘れがたいものである。


 そのため、商業ギルドに所属しているイレーヌに無理を言って取り寄せてもらっていた。

 大陸ではそういった味の出し方にそれほど需要がないため、イレーヌが勤める商業ギルドのネットワークを利用して、東からやって運ばれてくる荷物に混ぜて持って来てもらっている。


 鍛冶士に作ってもらった削り器で“節”を削り、カンナくずのようになったそれを湯を沸かせた鍋に入れ、適当な布で越して出汁をとる。


 さわやかな海の香りがこれから作られる食事に豊かさを添えてくれる。


 これは汁ものでもなんにでも使えるので多めに作っておき、それから吸い物と主菜・副菜と作っていくのだ。


 俺の冒険者としての稼ぎは、まずイレーヌへの家賃を支払うことに使われる。

 これをやらないと本気で穀潰しになりそうなので受け取ってもらっているのだ。


 それ以外となると、ほとんどが酒、そしてこの八洲の味を再現するための調味料の取り寄せ、および大陸各地の香辛料などをはじめとした食品関係に消えているといっても過言ではない。


 ……まぁ、単純に料理が趣味になっているとも言えるのだが。


 いずれにしても、食事は身体を作り、心も豊かにしてくれる。

 人間の三大欲求のひとつとはよくいったものだ。


 下級冒険者の中には食費を削ってまで新たな武器や防具を買おうとする者が散見されるが、身体が最高の状態になかったとしたら最大限の効果パフォーマンスを発揮できるとは思えない。

 もっとも、俺がそこまでを他人に口にする権利はないので忠告したこともなかったが。


「今日はいい日だ。せっかくだし、ちょっとがんばってみるかね」


「わぁ、ジュウベエ様のお料理が味わえるのは楽しみです!」


 イレーヌの喜びの言葉を聞きながら、袖をまくった俺は調理を進めていく。


 この大陸では肉食を忌避する文化がないので、俺としては助かる。

 やはり獣肉を食べると次の日の身体の漲り方が違う。


 厚く切った豚の肉を鉄鍋に放り込むと、肉が焼ける小気味いい音が響き渡る。

 そのままさっと熱を通して両面にこんがりと焼き色を付けていく。

 細かく切ったたまねぎを投入して肉の下でしんなりさせつつ、塩と胡椒で味を軽くととのえ出汁と酒を入れて、肉の内部にもしっかりと熱を通すため鍋に蓋をしてしばらく放置。


 いい感じになったら蓋を取って、さっと湯通しして短く切ったほうれん草を入れて、柔らかくなり過ぎないようかるく火を通す。

 最後に乾燥ニンニクの粉末を臭み消しに少しだけ入れてさっと混ぜて味見。


 あたりに香ばしい食欲をそそる香りが漂い、味見という名のつまみ食いをしたくなるが、まだ調理の途中だ我慢しなくてはいけない。


「わ、いい匂い……」


 イレーヌの声が聞こえた。


「うーん」


 もうちょっと何か欲しいな……。


 八洲のたまりを入れて火を通して香りをより豊かにさせつつ、少し足りないかなと思った塩を追加して再度味見。

 ……うん、これはいい具合の塩気だ。酒も進む。


 皿へは先に野菜を入れ、最後に肉を主役として据えるように置く。


 よし、まず一品目は完成だ。


 続いてセロリをできるだけ薄く切り、塩で揉んでから軽く絞って水気を切り、オリーブで作られた油と酢と少量の砂糖と塩胡椒で軽く調味すると、独特の癖も一気に消えて箸休めなのにやたら箸が進む。

 こっちじゃ酢漬けピクルスと呼ばれることもあるそうだが、俺からすれば浅漬けみたいなものだ。あっさりした味が料理のアクセントになる。


 残った出汁に醤油を少し入れて調整して吸い物の完成だ。

 発酵食品である八洲穀醤みそを使った味の濃い汁物でもよかったが、主菜の味を濃くしているので今日は出汁の香りが効いて塩気もなるべく薄めでほっとする味付けにした。


 準備ができたので土鍋で蒸らしていた米を引っくり返す。

 あたりに漂う炊きたての米の香りが食欲をさらに刺激してくる。


「お、いい感じじゃないか」


 ここより少し南の国で稲作をしているらしく、故郷のものほどではないが主食に据えられるだけの米が手に入るのは非常に大きい。


 いつか八洲の品種を持って来させて、もう少し美味い米を食べられないかと考えていたりもするが、さすがに農業にかかわることなので、今のしがない冒険者である俺からすれば壮大な野望でしかない。

 ……まぁ、夢は大きくってヤツだ。


「ホントいつ見ても手際がよろしいですわね、ジュウベエ様は」


 イレーヌは俺が調理する姿を眺めて感心したような声を漏らす。


 いつもは俺ではなくイレーヌが作ってくれるのだが、たまにこうして調理担当をさせてもらっている。


 最初はさせられないと言われたが、時々でいいのと八洲料理を中心にするということで折れてもらった背景がある。

 せめて家事のひとつでもせねば、本当に家臣にタカるヒモ主君になってしまうと思ったからだ。


 まぁ、最近は八洲料理以外のものも覚えて、俺が台所に立つ機会も増えつつあるのだが……。


「先の将軍家なんて言われた時代もあったが、結局俺たちの頃には幕府の内情は火の車だったからな。狩りをして主菜を増やすなんてこともあったし、調理も自分で作った方が早かった」


「末期はそんなにも……」


「まぁ、毒見なんて面倒なこともされなかったから暖かい飯が食べられただのは良かったかな……」


 テーブルに作ったばかりの料理を並べながら俺は昔を懐かしみながら答える。


 あの頃の実家はほとんどなかった。本当に

 はっきり言うと、まだ九条家を興した後くらいの生活の方がマシだったくらいだ。

 金を出してくれる人間ものずきがいたからな。


 志半ばで倒れたひとりの覇王のことを俺はひっそりと思い出す。


 そうして過ぎ去った昔のことを思い出しながら、俺は料理に合いそうな酒を用意していく。

 最後に、魔道具である小型氷室で冷やしていたガラスの杯を取り出す。


 八洲の味を作りつつも、実際には折衷料理になってしまった。……まぁ、いいか。


「あらあら、なんだかいい匂いがしますね」


 玄関の扉が開く音と共に声が聞こえてきた。


 ……そろそろ来ると思っていたところだ。


 視線をそちらに向けると、大陸様式の服を身に纏った伴蔵――――ハンナが入ってくる姿があった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る