第12話 死に狂えない路地裏


 前へと進み出ながら俺は首を左右に動かして軽く肩を鳴らす。


 刀は抜かない。

 それをやると


 冒険者同士のトラブルともいえるが、ギルドが本腰を上げないギリギリの線だからこそ、イーヴォたちも剣などの武器を持たずに来ているのだ。


 あるいは、剣での勝負じゃなければ勝てると思われている可能性がある。


 ……ずいぶんと舐められたものだ。


 他の連中から舐められないようにしていたつもりだったが、人間は自分にとって都合のいい事実しか見ようとしないこともある。

 それを失念していたようだ。


「強がりはよせ。この人数だぞ? たまたま不意討ちで――――」


「そう思うんならそうなんだろう。お前らにとってはな」


 イーヴォの言葉を遮って、俺は挑むような言葉を向ける。

 ここで俺を土下座なりなんなりさせて、その上で袋叩きにするのが目的なのかもしれないが、実にまわりくどい。


「ところで……俺を再起不能にするって言うなら、当然ながら自分たちが再起不能にされる覚悟もあって来たんだよなぁ?」


 買い物をしてきた荷物を近くの木箱の上に置き、こちらに向けて溢れんばかりの殺気を漲らせている男たちを睥睨へいげいしながら俺は訊ねる。


 ……まぁ、そう訊ねてはみたものの、こいつらにそんなものがあるなんて俺も思っちゃいない。


 数を頼りにする人間は、なぜか必ずといっていいほど油断をしてくる。

 たしかに人数頭の危険は分散されるのだが、相手が自分ひとりに対して向かってきたら対処する間その計算は成り立たなくなる。


 これがどうして……いや、わからんからやっているのか。


「この人数を相手にぬかしやがって!! やっちまえ!!」


 イーヴォの声を合図として、一斉に飛びかかってくる男たち。

 この路地の広さを考えれば、一気に迫って来ては満足に武器を振るうこともできないのだが、頭に血が上っている連中はそこまで考えが回っていない。


 俺もゆっくりと歩きながら間合いを詰める。 


「スカしやがって、ヨソモンがよぉぉぉ!」


 なにやら私怨が混じっていそうな言葉を叫んで一番手に突っ込んできた男。


 角材の振り下ろしを繰り出す直前に、俺は相手の内側へ侵入。

 膝を外側から踏んで強制的に体勢を崩させ、放った蹴りで身体を吹き飛ばす。

 顔面から壁に激突し鈍い音を立てると、壁に真っ赤な顔の跡を付けて地面に沈んでいく。


「「死にさらせ!!」」


 続く両側からの棍棒の二重歓迎会。

 唸りを上げて迫るそれを両手で掴み取って衝撃を受け流しつつ、そのまま引き寄せるすぐさま事態を認識できないでいる両方の男の後頭部を掴み、一気に合わせる。


「「うげぇ!」」


 歯と歯のぶつかる音から始まる男同士の熱烈接吻キス

 凄まじく気色の悪い光景だ。賠償を請求したくなる。


 頭部同士が衝突したことによって脳を揺さぶられたことで平衡感覚をなくし、砕けた前歯と一緒に崩れ落ちる。

 そう簡単に起きてはこないだろうが、トドメに軽く頭を蹴って意識を吹き飛ばす。


「なんでこの人数相手に立ち回れるんだよっ!」


「この人数?


 このレベルの相手ならまるで足りない。


 鋭く息を吐きながら放った回し蹴りが次の男の側頭部に炸裂。

 直撃を受けた男は錐揉みしながら吹き飛んで、まだ開店していない飲み屋の木製の扉を頭から突き破って動かなくなる。


「ちゃんとあとで弁償しておけよ」


 そんな中、粘つくような殺気を察知。

 視界の隅に短剣ナイフの煌めき。こちらを見る顔には憎悪と恐怖の感情が入り混じっていた。


 手刀を叩き込んで相手の右手首をへし折ると、握っていた短剣が地面に落ちて甲高い音を立てる。

 そのまま突き出した掌で相手の顔面を捕獲。

 何をされるかわからない恐怖に狂乱の悲鳴が上がり、無事な方と折れた方の腕双方を使って俺の腕を掴もうとする。


「ケンカに刃物ヒカリモン持ち出しやがって……」


 そう言いながら相手の頭部を握る五指に力を込めていくと、俺の腕を掴んでいた手がだらりと垂れ下がり、ついに男は白目を剥いて口角から泡を噴きはじめる。

 もうしばらくやっているとたぶん廃人化してしまうので、適当なところで投げ飛ばしてゴミ置き場にぶち込む。


 同時に、背後から突進を仕掛けてこようとしていた新手に振り向きざまの膝蹴りを叩き込む。


 鈍い音が上がり、同時にくぐもった呻き。

 強襲した膝によって顎の骨を粉砕されたことで、直撃を受けた男は意識を失い地面で痙攣を繰り返す。

 攻撃を避けようと姿勢を低くしていたのが逆に仇となった形だ。

 もう二度と物を噛んで食べられなくなった男を見下ろして口を開く。


「これを機に食生活を見直したらどうだ」


 おそらく粥くらいしか食べられないだろうが。


「……まだやるのか?」


 俺は問いかける。


 瞬く間に七人を俺ひとりに潰されたが、それでも男たちは引き下がれない。

 それぞれの顔に浮かぶ表情を見れば逃げ出したいと書いてあるにもかかわらず。


 ここで退けば彼らザイテンにおける地位は修復不可能なまでに失墜する。

 この街で徒党を組まない下級冒険者たちを食い物にする――――それが、自分たちがこの社会で生き延びるための最後の砦だと理解しているからこそ逃げられないのだ。


 その熱意や執念をもう少し別のところに使えばいいものを……。


「ふ、ふざけやがって!」


 どこから持って来たのか鉄のパイプを握る男が迫る。


 軽く上半身を逸らして鉄管の薙ぎ払いを回避。手刀を打ち込んで鎖骨を破壊して、肘の突きを繰り出して前歯をへし折る。


 新たな殺気を感じて二歩ほど後退すると、直前までいた石畳を鉄管が砕いていた。

 奇襲に失敗した相手の腕が痺れているところにすかさず踏み込んで、右拳を肝臓目がけて打ち込んで昏倒させる。


 最後の鉄管を持っていた男の振り下ろしを両腕を交差させ、根元で受けて衝撃を軽減。わずかに骨に響く。

 すぐに両腕を回して打ち払い、相手が後方によろめいたところへ左拳を打ち上げて顎を揺らし、がら空きになった鳩尾みぞおちへ前蹴りを叩き込む。

 つま先がめり込んだ男は、胃液を吐いてその場にうずくまると動けなくなる。


「うおおおおおお!!」


 叫び声をあげて近くにあった木箱を持ち上げる巨漢の姿。

 まだ何もしていないのにどこか勝ち誇ったような顔をしているので俺は呆れそうになる。


「潰れちまえっ!!」


 そして、その重量物が俺目がけて振り下ろされる。


 破砕音と共に木箱が砕け、中に入っていた小麦粉と思われる粉が宙に舞う。


「……そんなに力自慢がしたければ、土木現場で働け」


 常人を容易く即死させられる一撃を放ったことで笑みを浮かべていた巨漢の表情。

 それが俺の言葉で凍りつく。


 零れ落ちてくる白い粉塵の中で俺は笑っていたと思う。


「そんな……」


 迫り来る木箱を相手に、脚の強い踏み込みから始まり、腰の動きや各関節の動きまでを一連の動作とした正拳を打ち込むことで、俺に当たる前に破壊したのだ。


「お返しだ。耐えて見せろ」


 さらにもう一歩踏み込み、巨漢の腹部に掌底を叩き込む。

 最後に軽く捩じって内部を破壊。

 声すら出せず、巨漢は血反吐を吐いて地面に沈んでいく。


 コイツで最後だ。


「うそだろ……」


 愕然とするイーヴォ。

 彼は立ちつくしたまま、こちらに向かってくる素振りもない。


 いや、逆に三級にまで昇格できたからこそ、俺の戦う姿を見て彼我の実力差がわかってしまったのかもしれない。


 どう足搔いても俺には勝てないということを。


 結局、このような事態を招いたのは、本気で相手を潰すために戦力の分析などをしなかった怠慢からだ。

 過去に成功したことがあるゆえの慢心。それがイーヴォたちを破滅させた。


「ザイテンの数少ない三級冒険者が減ることはギルドも避けたいだろうが、俺かお前なら俺を選んでもらえる自信はあるぞ。お前、考えなしにやりすぎたな」


「クソったれぇ……!!」


 自身の勢力を叩き潰した俺の指摘を受け、イーヴォは歯を軋ませる。

 勝てると思った相手から返り討ちに遭わされて部下まで失った。

 この時点でイーヴォの人生は終わったも同然だ。


「お前は食い物にしてきた人間のことなど覚えてはいないだろうが、やられたほうはお前にやられた行為はすべて覚えているはずだ。眠れない夜を過ごすといい」


 単身になれば今まで恨みを買ったヤツらからの報復は必至で、さすがにあれだけ搾取しておいて生き延びられるとは思えない。

 俺が想像する以上のひどい目に遭遇できるのではなかろうか。


 その想像を巡らせたのか、イーヴォの顔が蒼白になる。一人や二人なら返り討ちにもできるだろうが、いつ襲われるかわからない極限状況でどれだけ耐えられるか。

 普段なら守ってくれるであろう部下たちも俺がたった今潰してしまった。


「まぁ、俺が手を下す必要もないな……」


 軽く脱力して放ったその言葉に、イーヴォの瞳に安堵の色が生まれる。


「でもケンカ売られたし、殴っとくか」


「えっ」


 なんとなく気に入らなかったので、脱力姿勢から全身を使った平手打ちを繰り出す。

 肉と肉がぶつかる小気味のいい衝撃音が人気のない路地に大きく響き渡った。


「がっ……!!」


 予備動作なしで放ったため、イーヴォは回避すらできずまともに左頬に喰らって吹き飛んでいく。

 その際、激痛のあまり喉が詰まって声にならない苦鳴が迸っていた。


 平手打ちは肉体への出血を伴うようなダメージが少ないくせに、とにかく痛みが強烈なので、こういうイヤガラセには絶好の攻撃となっている。


 あまりの痛みだったのか、イーヴォは地面に倒れたまま小刻みに震えて気絶していた。


 これでしばらくは起きないだろう。あとは誰かに発見されれば


「まったく、運動にもなりゃしない……」


 木箱の上に置いてあった荷物を抱えると、今度こそ俺は家に向かって歩き出す。


 さぁ、早く帰らんと大変だ。


 

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