第11話 昇格祝い
三級の証を受け取り、ギルド支部を出た俺はザイテンの街を進んでいく。
途中、行きつけの酒場が見え、足が知らぬ間にそちらへと向かいそうになるが今日は理性を総動員して我慢する。
故郷で最近出回り始めたという澄み酒も飲み口が良くていいのだが、この大陸の
エールと呼ばれる麦から作った酒は、安物だとたいして美味くないものも多い。
だが、それを樽でしっかり寝かせたものともなれば、香りは
しかも、わりと少ない量でも十分に酔えるのだ。
それと塩茹でした青豆や、鶏の腿肉に味を染み込ませて香草でじっくり焼いたモノをツマミにするとこれがまた……。
おっといかん。足が酒場を向いてしまうではないか。
今日の依頼の報酬で酒は浴びるほど飲めるが、それでは家に帰るのが遅くなってしまう。
酒の誘惑を必死で振りほどき、俺は家を目指す。
「お、今日はいいものを買っていくじゃねぇか、ジュービー。三人分か?」
途中、すっかり馴染みとなった肉屋などで買い物をするのも忘れない。
そして、コイツも俺の正しい
「まぁ、少しいいことがあってね。それに、たまにはいいものを買わないと親父からの扱いがぞんざいになるだろ?」
「んなことしねぇよ! まぁ、売り上げに貢献してくれる上客は神様みたいなもんだがな! はははは!」
冗談めかして言うと肉屋の親父が豪快に笑う。
「ところでよぉ、おめぇは
肉屋の親父――――ルッツがいきなり小声になりながら、俺へと顔を近づけてくる。
「さてな」
小さく笑うが、俺は答えない。
「なんだよ、はぐらかしやがって……。ハンナちゃんなんて
内容がきわどくなるにつれてルッツが近付いてくる。
おっさんに近付かれて嬉しいと思える趣味は持っていないのだが、とりあえず絶対防衛線を越えてはいないのでここは我慢。
「おっさんが無理するんじゃねぇよ。ていうか、愛人囲えるほど肉屋に金なんてあるのか? それと、あんまりしょーもないことしてると、おかみさんに言っちまうぞ?」
俺からの反撃を受けたルッツは途端に両手を振って俺から離れていく。
こんだけ感情が表に出るんじゃコイツに浮気は無理だな。
「おっと、それは勘弁してくれ! くそぅ、いいよなぁ。流れてきて一年やそこらなのに家はあるわ、女はいるわで……。おめぇ、冒険者よりも
家はべつに俺のじゃないし、女ってなぁ……。
「女って部分を否定するつもりはないが、剣を振っている方が性に合っているんだよ」
しかし、これで「ターニャともそんな悪くもなさそうなんだが」なんて言った日には、肉切包丁でも飛んできそうだ。
「おめぇ、異国の騎士みたいな家の出なんだろう? いいのかよ、禁欲とかよぉ」
「精神修行がしたけりゃ僧侶にでもなるべきだな。精は女に放つものだろう」
故郷じゃ稚児ばっかり好むヤツもいたが。
「かー! とんでもねぇヤツだ! うらやまけしからねぇ!!」
まったく……。俺も含めて男という生き物は、いつまでも若くあろうとすると同時に、どうしようもなくバカなのだろう。
しかし、そんな他愛のない会話を交わしてくるルッツの姿を見て俺の唇が自然とほころぶ。
「はいはい、女遊びするならほどほどにしとけよな。俺は帰るぜ。またな」
あまりここで油を売ってもいられない。
俺は適当に切り上げて商店街を後にする。
そうして歩き出した俺だが、直後くらいから首筋にわずかに刺さる気配を感じていた。
しばし考える。
「……なるほどな。まぁ、妙な考え起こされても困るし……」
余人が聞けば、いったい何を言っているんコイツはと気の毒に思われそうな意味をなさない小さなつぶやき。
それと共に俺は進路を変更し、夜は飲み屋や娼館などで賑わいを見せる方向へと向かっていく。
「よう、ジュウベエ……」
しばらく進んで、右に曲がるとかけられる声。
見れば路地いっぱいに広がるように十数人の男たちがいた。
どいつもこいつも極めてガラが悪い。
多少は身ぎれいにしていることさえ除けば、盗賊の類とあまり変わらないんじゃないかと答えたくなる風体をしていた。
人相が悪かったり、人から好かれない態度をよせばいいのに全身から発しているのだ。
まぁ要するに、街の中を歩いているだけで眉を顰められるような連中だ。犯罪者スレスレと言ってもいい。
「三級に昇格したんだってなぁ? 景気が良さそうじゃねぇか」
問いかけられるが、その先に続いても良さそうな「おめでとう」のひとこともない。
「飲みの誘いにしちゃあ、持ってる物が物騒だな。そこは花束か酒じゃないのか?」
どいつもこいつも手に握っているのは棍棒や角材。遊びに来たわけではないことは明白だ。
思わず呆れ交じりの微笑みを浮かべたが、まぁ普通に考えると笑えない事態だろう。
「バカなこと言ってるんじゃねぇぞ。いつもいつも舐め腐った態度をとりやがって……」
俺の態度が気に入らなかったようで、苛立たしげに舌打ちする中心の男。
右目の斜め上を走る傷跡が特徴の巨漢、三級冒険者のイーヴォだった。
齢三十を過ぎようとしているが、この辺境では三級まで昇格できればいいところになる。
無理をして準二級を目指さなくても、それなりに食っていくことだってできる。
しかし、彼らはその地位を利用することに精を出していた。
十数人で徒党を組み、
ところが、誰もそれを被害としてギルドに届けないため、ギルドとしても深く踏み込めず半ば放置されている状態だった。
その背景には、被害者たちがこのザイテンで冒険者として活動できなくなることを恐れているのがある。
たしかに、この辺境で冒険者がやれないとなれば、もっと競争の激しい地域へ移動するしかなく危険が増す。
魔物などに殺されるくらいなら、理不尽に耐えて生きていこうと考える者は存外に多いのだ。
「テメェはアホどもがやった“新人潰し”にも生き残って、三級にまで上がって来やがった。さすがにこれ以上デカい顔をさせるのも目障りになって来ててな。そろそろ本格的に動こうと思ってよォ」
ニヤニヤと笑うイーヴォたち。
この時点で自分たちの勝利が揺らがないとでも思っているのだろう。
「まぁ、二度とそのみょうちくりんな剣が握れないようにはしてやるからよ。残念だったな、三級昇格日が冒険者最後の日になるなんて」
すっかり自分のペースになったと勘違いしたひとりの男がニヤニヤと笑いながら近付いて来た。
そして俺の右肩にポンと手を置いた――――瞬間、俺の右手は動いていた。
腕を軽く回しただけの勢いで、襲い掛かった裏拳が顔面を直撃。
拳は鼻骨を容易く砕き、そのまま内部へとめり込みながら威力を解放。完全に不意を突かれた男は鼻血を噴き出しながら後方へと飛んでいく。
狙ったわけではないが、ゴミ置き場に突っ込んでそのまま動かなくなる。
まぁ、少なくとも死んではいないだろう。
「これで少しは親しみやすい顔になったんじゃないか? 娼館でモテるかもしれないぞ」
一瞬のうちに終わった俺の凶行により、イーヴォたちが色めき立つ。
「テメェ……!」
威嚇するようにそれぞれが手にした武器を構えるが、まともな剣術の経験もないのか構えからしてイマイチだ。
近所の悪ガキのケンカだってもう少し気合が入っていると思うが。
ならば、少し気合いを入れてやろう。
「で? “中堅者狩り”だって? だったらこっちは“中堅者狩り狩り”をしてやるよ、バカヤロー」
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