第2章~火葬剣の女騎士~

第10話 冒険者ジュウベエ


「おめでとうございます、ジュービーさん! これで三級に昇格ですよ! 一年も経たずに三級に昇格するなんてすごいじゃないですか!」


 冒険者ギルド、ザイテン支部の受付嬢であるターニャの屈託のない笑顔が俺を出迎えた。


 まーた俺の名前を間違えているのか……。


「あぁ、ありがとうターニャ」


 内心での苦笑いを表には出さず、俺はできる限りの感情をこめて、にこやかな微笑みを返す。


 この大陸の人間の美醜について、俺はあまり詳しくはない。

 だが、俺の感覚でいえば彼女のことは美人だと思うし、それ以上になんともこう人好きのする容姿をしているように見える。


 肩甲骨の辺までありそうな薄い水色に近い髪を後ろで束ねており、同じ系統の水色の瞳が輝く。

 やや目尻が垂れているから、おっとりとしている印象を受ける感じだ。


 ただ、その微笑みの真下――――カウンターには狩ってきた豚鬼オークの牙がずらりと並べられていた。


 魔物を狩ったことを証明するために、特定の部位を持ってこないと報酬が支払われない仕組みとなっているからだ。


 しかし……俺は思う。

 この豚鬼オークの左牙が討伐の証明部位となるのはいいとしても、緑小鬼ゴブリンであれば左耳、犬鬼コボルトは尻尾と続いていき、盗賊に至っては本人かどうかを判定するため首から上を持ってこいと言われるのだ。

 はっきり言って、戦の時のみ手柄首を取ろうとする俺たち八洲人を“未開の蛮族”扱いできないような惨状になってはいやしないだろうか?


 ついでに言うと、ターニャが浮かべる笑顔との格差ギャップがこれまたひどい。


「……いや、やっぱり嬉しいもんだな、昇格ってのは」


 内心の思いはやはり顔には一切出さず、俺は顎を撫でながら感慨深げにつぶやく。

 まったくの嘘ということではないが、それでもさすがに俺が本気を出していないことを知られるわけにはいかなかった。


「今度は準二級を目指してくださいね!」


「そうだなぁ。まぁ、大変だと思うが頑張ってみるよ」


 俺がザイテンの街に流れ着いて一年ほどが経った。


 俺は冒険者に登録していたついでとして、この街でもその職業で暮らすことにした。

 というよりも、やはりどこに行ったところで明らかに見た目から異国人よそものかつ素性不明である俺が就ける仕事など存在しなかったからだ。


 来たばかりの頃はなるべく目立たないようにしようかなんて考えたりもしたが、早々にそんなものは無理だという結論に達した。


 身体の動きを阻害するだけの粗末な鎧で身体を守り、鋳造品のナマクラ――――慣れない直刃の剣で戦うなど、最初は良くてもいつか絶対にボロが出る。

 それを誤魔化して後で面倒なことになるくらいだったら、最初からそれなりのところに落ち着くように行動した方がいいに決まっている。


「意外といってしまうんじゃないですか? ジュービーさんはスロースターターでもきちんと昇格できるっていう期待の星なんですから!」


 うーん? 褒められているのか、それは?


 ……まぁ、いずれにしても選択は間違っていなかったと思う。

 よわい二十半ばで冒険者に登録した若くもない異国人が、まさか弱っちいないなんて思われたら絶対面倒なヤツらに絡まれる。


 これは大陸に来た時にデュランから聞いた受け売りの知識だが、冒険者とはそういう“底辺御用達の職業”と一部では思われているらしい。 


 そもそも、《冒険者》と呼ばれる職業はこの大陸特有のもので八洲には存在していなかった。

 最下級は五級から始まり、四級、三級、準二級、二級、準一級、一級、そして最上位として特級まである――――ざっくり言えば何でも屋じみた稼業だ。


 これは俺が実際に冒険者をやってみて出した結論だが、この制度は基本的には“貧民を救済するための措置”だと考えている。

 貧困ゆえに、犯罪者になるか娼婦になるか奴隷になるか野垂れ死ぬしかない人間を、国のため世界のため“有効活用”するべく、異世界より現れたという初代 《聖剣の勇者》が考案したと伝えられている。


 勇者が養成機関を出た人間がなれるわけではないように、なんらかの才能というものは意外と本人さえも知らない形で埋もれていることが多い。

 それを最低限の“投資”によって上手く回収しようとするのがこの冒険者制度だ。


 同時に、俺のようなの人間が身を隠すための隠れ蓑ともなるし、やはりその制度を悪用した犯罪者も紛れ込んでいるという。


「でも、正直な話ジュービーさんがこんなにすごいとは思っていませんでした。最初は得体の知れない異国の人がこんな辺境に流れてきたわけですし」


 ずいぶんはっきりと言ってくれるものだ。

 だが、けっしてターニャも皮肉で言っているわけではないと理解していたので、俺としては素直なだけ好感が持てた。


「はっきり言うなぁ……。でも、いつもターニャが親切に対応してくれるおかげだよ。俺みたいな故郷を飛び出して来たような人間にもな」


 俺の名前ぎめいをいつになっても正しく発音してくれないのはともかくとして、こうして真剣に喜んでくれるターニャを見ていると微妙に罪悪感が湧いてくる。


 だが、一度魔王を倒して世界を救っているっぽいから許して欲しい。


「もう、すぐにお世辞ばかり並べるんだから!」


 バシーンと肩を叩かれる。

 怒ったような素振りを見せてはいるが、その水色の瞳はまったくもって正反対の感情を浮かべていた。

 おそらく、それなりの感情――――好意に近いものを持たれているんだろうなとは思う。


 だが、あまり深く付き合おうとなるとなかなかに難しい。


 ターニャは、なんで冒険者ギルドの受付嬢なんかやっているのかわからないほど性格がいい上に見た目もかなりいい。

 そりゃ荒くれ者どもの人気者アイドルにもなる。


 ここまで言えばもうわかると思うが、彼女を狙っているであろう人間は冒険者のみならずこの街にごまんといるとのウワサだ。

 現に俺の背中には彼女と親しげに話しているというだけで、複数の殺気じみた視線が向けられている。


 少し話は逸れるが、地方都市――――いや、地方の街にギリギリ入るであろうザイテンであれば、三級冒険者でもそれなりに立派な存在として見られる。

 ここまで来ると冒険者といえども真っ当な市民として扱われる水準で、報酬を税金として天引きされる代わりに、ギルドを通して家を借りることもできるようになるからだ。

 たった階級ひとつの差ではあるが、まるで信用が違うということになる。


 まぁ、準二級に昇格すれば、この視線ももう少しマシなモノになるとは思う。

 さすがに準二級ともなると昇格が難しいだけにスゴ腕扱いをされ、地方では冒険者の顔役に近い扱いになる。

 昇格のために功績のみならず幹部職員からの推薦も必要になり、ギルドが全面的に身分を保証するようなものだ。

 たしか二つ名なんかも名乗れるはずだ。


 ともかく、今の俺がターニャと接近しようものなら、どのような目に遭わされるかわからない。


 それ以前に、がいるため、あまり考えなしなことはできないのだが……。


「でも、三級ともなれば危険な依頼も増えてきます。あまり無茶をしないでほしいのですが……」


「そりゃごもっとも。ターニャを笑顔を曇らせたくないからな。善処はするよ」


 さすがに一年も経てば繰り返し言われはしなくなったが、やはりこの鎧を身に纏わないスタイルはターニャからも相当にドン引きされているようだ。


 ――――“全身全霊の一撃を以って敵を討ち、できらざればただちに死せよ”。


 この大陸の一般的な冒険者からすれば、俺の戦い方はアホが死にに行こうとしているようにしか見えなかったのだろう。

 案の定、最初は「魔物との戦い方すら知らない余所者」とバカにされまくったが、それらはすべて功績を上げることで表面上は黙らせた。


 今でこそ制御可能な範囲に収まっているが、はじめの頃なんかは身体能力も制限する“呪いの腕輪”を使ってでも咄嗟の瞬間に本気が出てしまわないように制御していたこともある。

 使う刀にしても、俺が故郷から予備として持ってきていた手持ちの中から、拵えこそしっかりとしているが無銘のものに変えて目を付けられないようにと注意は払っていた。

 

「本当ですか? 商業ギルドや傭兵ギルドにも顔を出されていると聞いていますし、わたしは心配ですよ」


「あぁ、そっちは“知り合い”がいるからな。大丈夫、べつに生き急いでるわけじゃないし無理はしないさ」


「ならいいんですけれど……」


 どうもターニャは納得しきれていない様子だった。


 それはきっと俺の戦い方を耳にしているからだろう。


 防御を捨てて回避もしくはカウンターで仕留めようとする俺の戦闘スタイル。

 それはこの大陸においては異形のものでしかなく、俺の戦い方を見たザイテンの冒険者たちからはいつしか《死に狂い》と呼ばれるようになっていた。


 奇しくもそれが、故郷で太平の世になったにもかかわらず“戦を捨てきれない侍”を呼ぶ言葉と同じものだったのは皮肉としかいいようがなかった。


 元々は武士道の解釈のひとつであったが、魔王を討伐して自由の身になれてもなお、戦いを捨てきれないでいる俺はたしかに“死に狂い”なのかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る