幕間 ~その頃の勇者たち①~


 鋭い白銀の閃きが虚空に走る。

 打ち下ろされた《聖剣》の一撃によって、魔物――――オ―ガが胴体部を斬り付けられてくぐもった悲鳴を上げた。


 しかし、今一歩踏み込みが足りなかったのか、あるいは剣閃に速度が乗っていなかったのか。

 少なくとも一撃で仕留められるだけの傷を与えるには至っていない。


 少年――――《聖剣の勇者》デュランはそれを見て小さく歯噛みした。


「デュラン、無茶だ! オーガを一撃で倒そうとするのは!」


 背後から仲間の叫び声が上がる。


 セントリア王国でも有数の戦士であるジリアンが、デュランの背後をカバーしつつ気オーラで強化した拳の連撃によって襲いかかってきたホブゴブリンを怯ませる。

 防御を貫いてまでダメージを与えようとする無茶な真似はしない。確実な方法で敵を倒すことがジリアンの戦闘スタイルだった。


「どけ! 邪魔だっ!」


 叫びを気合いに変える。

 そこからさらに強く一歩を踏み込んで右拳を放つ。


「ゴギィッ!!」


 腰の捻りを利かせて本命の一撃が、ホブゴブリンの頭部を陥没させた。

 それによって目や鼻、そして耳から血と他の液体を流れ出したホブゴブリンは地面に沈んでいく。


「ジリアン! 離れて!」


 アリエルの叫びに呼応するように、間髪入れず続いた回し蹴りが炸裂。

 ジリアンの側面から飛びかかって来ていたコボルトが空中で顔をひしゃげさせて吹き飛んでいく。

 その際、コボルドの爪がジリアンの足をえぐっていくが、それを無視して後方へ飛ぶ。


火炎渦爆烈フレイム・エクスプロード!」


 同時に、詠唱の終了を告げる発動の言葉と共に、アリエルの杖から放たれた魔法が前衛ふたりが身体を張って引き寄せていた魔物たちへと着弾。


 敵集団の中で爆発が起き、直撃に巻き込まれた魔物たちから悲鳴が上がる。

 突然生じた強烈な爆風によって、四肢を引き千切られた魔物たちは、周囲へと吹き飛ばされていく。


 詠唱に時間のかかる高位攻撃魔法が決まった瞬間だった。


 これで半数近い敵を倒したことになる。


 それでも――――


「ダメだ、敵が多い! ここは一度態勢を立て直そう!」


 しかし、ジリアンの声はデュランには届いてはいない。

 ここで敵のリーダーを潰さなければという強迫観念にも似た意識に支配されていた。


「おおおおおおっ!!」


 仲間の引き留める声を掻き消そうとするかのように、大きく叫んだデュランは目の前の敵へと肉迫。


 こんな調子で魔王を倒せるのか――――。


 そんな考えがデュランの脳裏をよぎるが、すぐに雑念だと振り払う。


 立ちはだかるのはデュランよりも倍近い巨体を持つオークロード。

 その巨大な肉体に似合わぬ高速で振るわれた棍棒が唸りを上げて迫ってくる。


 勢いの乗った一撃を受け流せず、デュランは《聖剣》の腹でなんとか受け止める。

 《聖剣》という決して破壊できない武器だからこそできる技だが、それによって突進の勢いを完全に殺がれてしまう。


 事前に《聖女》ルクレツィアがかけてくれた衝撃を拡散させる守護の魔法プロテクションがなければ、より大きなダメージを受けていた可能性が高い。


「ぐぅっ……!」


 自分の身体が思うように動かせないもどかしさ。

 それが唸りとなってデュランの口から漏れ出る。


 なぜだ? 俺は《聖剣の勇者》だぞ? 勇者でもなんでもないは、もっと軽やかに動いて敵を倒していた……! 何が足りないんだ……!


 格下だと思っていた相手が、自分よりも強かったのではないかという疑念。

 それによって焦る気持ちばかりが先行していく。


 事実、そんな焦りの感情がデュランの剣筋には如実に現れていた。


 デュランの剣は一見しただけでは勢いがあるように感じられる。

 しかし、いざ敵に攻撃を仕掛けるとなると“重さ”がまるで足りていなかった。

 敵に刃が到達してもそのままの勢いで相手を斬り、倒すことができないのだ。


「激竜突!」


 援護に放ったジリアンの蹴りがオークロードの側面から急襲。

 腰のあたりへと直撃し、巨体の姿勢をぐらつかせる。


 内心の焦燥感が大きくなる中、デュランはこれを好機チャンスと判断。


 ついにここまで温存していた“奥の手”を解放した。


「我が血の求めに応じ、魔を討つべく吼えろ! ゼクシリオン!」


 《聖剣》ゼクシリオンを正眼に構え叫ぶデュラン。

 剣が持つ真名と担い手である勇者の魔力をキーとして《聖剣》の力を解放する。


 握る《聖剣》の刀身から突如として迸る光。

 魔の血が流れるものに対して絶大なる力を誇る《聖剣》の“真の姿”だった。


 《聖剣》から身体に流れ込んでくる力によって、それまでの思考が上書きされ昂揚感が生まれてくる。


 恐怖や迷いを打ち払い大きな“勇気”へと変える力――――まさに勇者という存在に相応しい“加護”だ。


 身体の奥底から湧き出てくる力に、デュランの口元が笑みに歪む。


「魔の存在は、塵に還れっ!!」


 デュランから放たれるゼクシリオンの一閃。

 刀身を経て迸った魔力が長大な刀身を形成し、これによってオークロードが再び振り下ろした棍棒ごと胴体を真横に両断される。


「ぶおっ……?」


 間抜けな声と、それに次いで浮かび上がる自分の身に何が起きたか理解した驚愕の表情。

 それを顔面に貼りつかせたまま絶命したオークロードの上半分が地面に倒れていった。


 解放された《聖剣》の聖なる力をその身に受けたからなのか、斬られた死体はそのまま灰に変わって虚空へと消えていく。


 残った魔物たちは指揮官たるオークロードを失ったことで動きが大きく乱れ、個々に撃破される危険性を察知したらしくすぐさま逃げ散っていった。






~~~ ~~~ ~~~






「勝ったな……」


 《聖剣》を元に戻したことで、途端に押し寄せて来る疲労感と倦怠感。

 肩で小さく息を切らせながらデュランはつぶやいた。


「どうしてあんな無茶をしたんだ、デュラン!」


 声を張り上げながらジリアンが詰め寄ってくる。


 先ほど負った足の傷からは依然として血が流れ出ており、傷を庇うような歩き方になっていた。

 その状態でも彼女はデュランが攻撃を仕掛けるため、オークロードの隙を作ろうと無茶をしたのだ。


 だが、戦いに勝った昂揚感に未だ包まれているデュランはジリアンの負傷にはまったく気付いていない。


「ちょっと、ジリアン……」


 さすがにマズいと思ったのか、アリエルが止めに入る。


 いつか見た光景に似ていると、傍で眺めるルクレツィアは内心でマズいと感じていた。


「わたしたちは五人から四人に減ったんだぞ? それなのにデュランの進み方は前と変わっていないじゃないか。それじゃあ……」


 ジリアンの言葉が途切れる。


 しかし、絶対に

 そうするとデュランは途端に機嫌が悪くなる。

 この数か月の旅で、女性陣三人はそれをイヤというほど学んでいた。


「ジリアン、まずは傷の治療をさせてください」


 内心で渦巻く複数の感情によって続く言葉が出てこないジリアン。そんな彼女の下へとルクレツィアが歩み寄ってきた。


治癒の光ヒール


 彼女の唱えた回復魔法がジリアンの傷を静かに塞いでいく。


 そこで、はじめてデュランは仲間の負傷に気が付くが、今さらどのように声をかけていいかわからなかった。


「無茶って……。ちゃんと敵は退けただろう?」


 ばつが悪くなってぶっきらぼうに返すデュラン。

 敵には勝利したはずなのになぜこんなことになっているのか――――今のデュランにはわからなかった。


 迷わず前に出ていくがいなくなったことで、敵の大軍と戦うようなこともなくなった。

 だからと言って戦いが楽になったわけではなく、むしろその欠けた一人分の負担が各自に回りつつあるが、“鬱陶しい他人”を気にしなくていいだけ気持ちの面では楽だった。


 デュランとしては、単純に人が抜けたぶん自分が多くの敵を倒せば済むことだと単純に考えていたくらいだ。


 ――――そうだ。《聖剣の勇者》がただの剣士なんかに負けるはずがない。


 この時、デュランの中には《聖剣》の力がもたらした昂揚感がまだ残っていた。


 あの力さえあれば、魔物や魔族なんて――――。


 この世界を救った勇者の血を受け継ぎ、自分もそうなるよう先代までの功績を聞かされ育ってきたデュランにとって、自分が魔族を討ち滅ぼすのは


 ――――あの男は、自分よりちょっとばかり年上だから経験も多かっただけなのだ。同じ舞台でなら俺の方が強いに決まっている。


 デュランは最終的にそう結論付けていた。


「それとも逃げた方が良かったのか? あの数の敵を相手にできなければいつになっても魔王なんて倒せないだろ? それに、見ただろ俺の力を」


 もちろん、まだ満足な戦い方ができているとは思っていない。


 だが、《聖剣の勇者》の血族たる自分が真の勇者として覚醒していけば、こんなものではなくなるはずなのだ。


 そう、この力があるのだから――――。


 ある種、楽観的に考えているデュランだが、彼に同道する仲間たちはそうは思っていなかった。


 ユキムラが抜けて戦力が目に見えるほど格段に下がっている……。わたしとデュランだけじゃアリエルの詠唱時間を守ることが難しくなっている……。


 高位魔法の発動に時間がかかり過ぎてるわね……。牽制に手数を稼ぐにも、今は前衛が足りていない……。


 せめて、わたしに攻撃魔法が使えたなら……。クジョウ様……。今頃はどこで何をされて……。


 今回の戦闘で浮き彫りになった根本的な問題。

 しかし、パーティーのリーダーたるデュランにはそれを気にした様子はまるで見受けられない。


 そんなデュランを見ながら、それぞれが思いを心の中で巡らせていたが、それが口を突いて出ることはついぞなかった。


 一度口に出してしまえばどうなるかという不安と彼女たち自身の事情。

 それらが彼女たちの口を重くしていたためだ。


「安心しろよ。本国に言って騎士団から精鋭を回してくれるよう頼んである。すぐに戦力だって前以上に跳ね上がるさ」


 そう言って《聖剣》を背中の鞘に納めるデュラン。

 鞘に嵌った際に奏でられた金属の音が、仲間たちの背筋に小さな寒気を生じさせていた。



 こうして、を境に生じた小さな綻びは徐々に大きくなりつつある。


 だが、それが致命的な物になるとは、この時誰も気が付いてはいなかった。


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