第7話 南へ西へ
「ぶえーっくしょい!」
いきなり大きなくしゃみが出た。
よもやどこかで噂でもされているのだろうか。
「ったく、いったいどこの誰だ……?」
と思ったが、正直なところ心当たりは死ぬほどあるし、恨みに限っては八洲一国だけで見ても売りたくなるほど買っていると思う。
特に夜刀神の連中あたりでは、凝縮され過ぎていてえらいことになっているに違いない。
……まぁ、気にしない方向でいこうか。きっと風邪だ、風邪。
「魔王城のあたりは寒かったからなぁ……」
さてさて、魔王を倒したはいいもののこれからどうしたものか。
俺は南へと足を進めながら小さく鼻をすすり悩む。
「少なくとも、八洲はなしだな……」
故郷に帰るのは論外だ。
またぞろ面倒なことになるし、たぶん従兄弟の信秀に死ぬほどイヤな顔をされる。
というか、下手するとたぶん大規模な戦が勃発する。
なので、必然的に八洲からの移民が多い東もダメだ。
知り合いを頼ることもできるだろうが正直気が進まない。
八洲出身の者はこの大陸で、小さくない
そんな中、俺の素性を知る者――――あの
旗頭にされるのはまっぴらご免だ。俺が火に油を注いでどうするのか。
「かと言って、南に行くのもちょっとマズいだろうなぁ……」
勇者
間違いなく面倒なことになる。
仮にだが、《聖剣の勇者》デュランと揉めたことでパーティーを抜けてきましたと言えばどうなるか。
海外からのある意味では“客”が放り出されたとなれば、間違いなく国際問題となる。
八洲を蛮族の国と思っている王国が素直に非を認めるかどうかは定かではないが、少なくとも周辺国からの疑念は向けられることになるし、魔王討伐が終わった後は間違いなく人類国家間で微妙なことになる。
「だったら……いっそ誰も知らないところくらいがちょうどいいだろうな」
ならば、いっそ魔王軍との戦いもほとんどない西の方に流れてしまおうかと思う。
魔王を倒してからすでに数日が経過したが、時折見かけたり遭遇する魔王軍の動きに変化のようなものは見られない。
おそらく、魔王が何者かによって討伐されたことは魔族むこうの内部で伏せられているのではないだろうか。
まぁ、考えてもみれば当然だ。
たとえなにがあっても、「
そんなことになれば魔王軍は一瞬にして瓦解してしまう。
そうなると、魔王軍は総大将不在のまま代行者が動かしていると見ていい。
「もしも強いヤツなら斬りに行こうかな……」
自分の口から漏れ出た言葉を聞いて、俺は慌てて頭を振る。
……いやいや、やるべき義理は果たした。もう俺には関係のないことだ。
話を戻すが、勇者を討ったり人類圏を滅ぼすのはべつに魔王じゃなくても構わないのだ。
そういう意味では俺がやったことと同じである。
むしろ、勇者による魔王討伐なんてものにこだわる方がおかしいと思っていたのだが、おそらくそれはこの大陸の
各国が保有する戦力の中でも、勇者に迫る――――あるいは強さで上回る人間は《聖剣》という“鍵”を除けば、多くはないなりにも間違いなく存在しているはずだ。
そこへ異国の怪しげな
そう考えると、人類圏の都合であんな風に戦わされているデュランたちには少なからず同情を覚えてしまう。
……今さらか。いずれにしても、もうこれ以上そういったものには関わりたくない。
そんなことを考えながらひたすら西へ南へ進んでいくと、数日の後にひっそりと大陸西部を目指して進軍しようとしていた百ほどの小規模な魔族の軍勢を見つけた。
後方攪乱の奇襲部隊か……?
「……まぁ、こんなのは気休め程度かもしれないが……」
どうしようかと深く考えるよりも早く、俺は狂四郎を抜くと
狂四郎が奏でる嬉しそうな鍔の
~~~ ~~~ ~~~
「て、敵襲ぅぅぅっ!」
たったひとりの人間から不意打ちを受けただけで、魔王軍は大混乱に陥っていた。
水平の一閃から喰らいついた狂四郎の刃が
「なんだこい――――ギャアッ!!」
「いったいなにをしている! 相手はたかが人間一匹だぞ!」
失礼な。人を虫けらみたいに言いやがって。
不快感も露わに、俺は敵軍の横合いを食い破るようにして崩れさせ、近くにいた十数体の魔物や魔族を一刀で数体まとめて斬り殺していく。
「ガアアアアアッ!!」
大斧を掲げて間近に迫っていた
同時に引き抜いていた大業物の脇差 《
「コ、コイツ、バ、化物かぁ……」
「だから、お前らが俺に言うなと」
頭部から唐竹に両断した
軽やかに舞う刃の勢いに乗り、俺はそのまま敵の本陣へと乗り込んでいく。
「ばかな……。突破された……だと……」
驚愕に固まる側近と思われる魔族たちをそれぞれ一刀の下に斬り捨てながら、俺は長大な槍を持つ屈強な敵将へと迫る。
「おのれ、人間ごときが小癪な真似をっ!!」
最後の一人を仕留めたところで敵将が動いた。
唸りを上げて襲いかかる長槍の一撃。
それを大きく踏み込んで穂先を回避し、内側から跳ね上げるように狂四郎で迎撃する。
閃いた刃が穂の中央から内部に入った鉄芯ごと斬り飛ばし、そのまま翻った刀を振り下ろして槍を握っていた右腕を肩口から
「その人間ごときに斬られる気分はどうだ」
血を撒き散らしながら宙を舞う腕を尻目に、そのまま追撃とばかりに下腹部を蹴り飛ばして相手を地面に倒す。
「ぐ、な、なぜ、お前のような人間がこんな辺境の地に……」
血の噴き出る肩口を残った手で押さえながら、魔族は呻く。
狂四郎の切っ先を突きつけた俺を睨み付けているが、その瞳には恐怖の色が映し出されていた。
「ただの通りすがりの侍だ。だが、首は置いていけ」
なんちゃらとかいう魔王軍幹部らしき者の首を、狂四郎でスパっと刎ね飛ばしながら俺はつぶやく。
「まぁ、この程度しかできないが、勘弁してくれよな……」
ひとりでに声が漏れ出た。
たまたま俺の進もうとした方向にそいつらがいたわけだが、そこで傍観せずに倒そうとしたのはなぜだったのろうか。
後になってから考えれば、勇者のパーティーを抜けたことに対する自分なりの償いのつもりだったのかもしれない。
~~~ ~~~ ~~~
「ジュービー・ワギョー?」
いきなり怪しげな名前になった。
どうも八洲の言葉はこの地の人間には発音しにくいらしい。
「ジュウベエだ、ジュ・ウ・ベ・エ!」
「はぁ、そうですか……。それで、ジュービーさん。これであなたは五級冒険者として登録ができました。特級目指して頑張ってくださいね」
「アンタの人生など心底どうでもいいけどね」という感情の伝わってきそうな声。
毎日繰り返している作業だからだろうか。名前を間違えたくらいでうるさいぞとでも言いたげな受付嬢の言葉に、俺は若干イラッとしたもののなんとか耐える。
「……ありがとう。適当に依頼を受けさせてもらうよ」
引きつりそうになる表情の筋肉を大人の対応で制御して俺は答えた。
……どうしてこんなことになっているのか。
簡単だ。さすがにあてもなく旅を続けていたらと手持ちの金がなくなってきたのだ。
しかしながら、明らかに異国人とわかる俺ができる仕事など限られている。
盗賊……は論外なので、そうなると傭兵か冒険者くらいしかない。
色々と考えた末に、俺は近くの街にあったギルドの支部で冒険者へと登録。
そのまま適当に最短
「余所から来た根無し草が、冒険者に
冒険者を意味する青銅の
指で軽く弾くと鈍い音。
しかし、まさかこの大陸で冒険者登録をしないでいたことが、このような形で自分に利するとは思ってもいなかった。
ついでに、「ジュウベエ・ヤギュウ」という故郷ヤシマでは大将軍家筆頭大老にして剣術指南役を務める将家の世嗣が代々引き継ぐという幼名に似た――――いや、そのものの名前で登録してやった。
なにかあった時はすべて責任をかぶせてやればいい。
「ったく、柳生のクソジジイめ……」
あの
というか、あいつのせいで先代大将軍たる大御所の首を取れなかったのだ。ある意味では宿敵ともいえる。
ついでに言うと、“今首を取りたい話題の人間”で上位に存在している。
……まぁ、ちょっとばかり話は逸れてしまったが、どうせ
コソコソと隠れたりするよりも、かえって俺がどこにいるのかある程度わかるようにしていた方が良いというものだ。
「思えばずいぶん遠くへ来たもんだ……」
そうして最終的に流れ着いたのが、大陸の西の果てに近い街ザイテン。
サントリア王国からも遠く離れたなんたら公国の中にあり、俺がここで偽名を使って何かしていたとしてそれがあちらに伝わることもないだろう。
……目立ちすぎなければ。
まぁ、いずれにしてもここでデュランたちの
「とりあえず、腰を据えようかと思う場所も見つけたし、いい加減故郷にどうなったか伝えられたら手っ取り早いんだがなぁ……」
そんなことを考えていたら、次の日の夜には大将軍家の“影”から直接の接触があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます